語れること
お待たせしました。
わたしは、たぶん、みんなの中で一番弱い。
漠然と考え始めたのは二年目の最初頃にやった、クレアとの多人数組み手。
ほかのみんなは自分で考えて動いていたのに、自分はライカのフォローしかできなかった。
オリヴィアがいなくて不安だったから、と言い訳はできる。
でもそれも立秋祭でライカに手加減されてなお負けて、出来なくなった。
悔しい、という感情すら沸かなかった自分が、本当にライカの隣で腕輪を付けていていいのかわからなくなった。
それでも、拳で語ることは、真似事なのかも知れないけど、できると思うから。
* * *
「リオ、混ざりたくなったらいつでも言ってね」
ここへ来るときに着ていた修練服に着替え、柔軟体操をしながらミューナは軽い口調で言う。
世話をしてくれる彼女を、そっくりさん、と呼び続けるのも不便だから、とミューナはこちらでのミドルネームである「リオ」を与えることにした。
「混ざる、とはなにをするのです?」
「んっと、わたしいまからここで修練やるから。楽しそうだなって思ったら、いつでも声かけて」
「……かしこまりました」
言って深く腰を折るリオ。
オリヴィアみたいにうまく伝えられないな、とミューナは内省しつつ周囲を見回す。
ここはレオニクス軍の屋内鍛錬所。広さは神殿の修練場とさほど変わらないが、床張りの足下は新鮮に映った。
主戦力が鎧型戦車に置き換わっても、その性質上搭乗者の体術も戦力向上には不可欠なため、兵士の鍛錬は行われる。
気がつけば夕食前を迎えたいま、食堂が開くのを待つ兵士たちが興味深そうに中をのぞき込んだり、気にせずにタンクトップ姿で食事前の鍛錬を始める者など様々だ。
「あのひとが亡命してた姫様?」
「らしいぞ。けどあそこまで人形たちに似てるとはな」
「な。まあ本物のほうが美人だけどな」
「言えてる。人形たちは愛想ないからな」
言って笑い合う兵士たちの声は当然ミューナの耳にも届いている。
──男の人だ。いっぱいいる。
自身の生活圏に男性の姿が少ないこともあって、ミューナは兵士たちをまじまじと見つめ返してしまう。それを曲解したのか、がっしりとした兵士が三人、近づいてくる。
なんだろう、と柔軟運動を止めて待つミューナ。
三歩ほどの間合いで三人は歩みを止めて片膝をついて傅く。
真ん中の、岩山のような顔立ちの男が恭しく顔を上げ、
「お初にお目に掛かります。レオニクス軍中尉ジグマと申します」
「は、はあ」
「後ろのふたりはガウェィンとグラスロー。共に少尉です。お見知りおきを」
「よ、よろしく」
「それで、神殿の方々は体術と精霊術? で治安維持を行うと聞きます」
「えっと、だから」
「ガドール大佐が敗れたとの報せはこちらにも届いております」
「なにが、言いたいんです」
話が見えないことに若干の苛立ちを乗せてミューナは少し強く言う。
「申し訳ありません。本題はひとつ。我々と手合わせして頂きたいのです」
「あ、うん。いいよ。型だけ見せても、って思ってたから」
「ならば、遠慮など致しませぬ」
ゆらりと立ち上がり、ボクシング風に構える。ミューナの表情が一瞬曇ったのは、ジグマの身長が彼女よりも頭二つ分高いのに筋肉量があまりにも少ないから。
尉官である彼ですら、あの程度の肉体しか維持できない食生活なのだと白のタンクトップ越しの肉体が語っていた。
「うん。わたしもそのつもり。だから、三人まとめてかかってきて」
できるだけにこやかに。
精霊たちと踊るときのように。
三人が困惑し、それを口下手な彼女が説き伏せるのに難儀したのは言うまでも無い。
* * *
三人と組み手をすることになってミューナが目標に定めたことはふたつ。
修練の楽しさをリオに伝えることと、相手に重傷を負わせないこと。
──精霊術が使えないんだから、投げ技中心のほうがいいかな。
ミューナはそう判断し、投げ技が得意なユーコの姿を思い浮かべる。
ユーコは組み手の時、自分たち以上に間合いを気にしていた。殴るだけならただ腕を振り抜けばいい。が、相手を掴み、重心を崩して投げるためには細心の注意を払う必要がある。
──すごいんだ。ユーコだって。
小さいのにいつも元気に走り回っていて。一対一の修練をやれば、ちょっとの油断で一気に間合いを詰めてあっという間に投げられている。マトが小さいから打撃も術も当てづらいし、投げを警戒すれば伸ばした手で殴ってくるし。
──うん。思い出せた。やれる。
いつも以上に深く長い精神集中を終えてミューナはリオに視線を送る。
「それでは、はじめ!」
教えた通りにリオは右手を高く掲げ、振り下ろす。
「とあああっ!」
まずジグマが正面から正拳突きを放ってくる。左からガウェインが、右からグラスローが追撃に来ている。
鎧型戦車たちとの試合でも見かけた、彼らにすればありふれた連携なのだろうと判断し、まずは正面の正拳突きを、
「ふっ」
からだを左に開きながら受け流し、左脇でがっしりと掴む。精霊術はあくまで補助。自分のからだを爪の先まで意識を張り巡らせる修練はずっと重ねてきている。
「せえっ!」
背を向けながらジグマの懐に潜り込み、右手で一本背負いをうつ。
「ぐっ!?」
ジグマからすれば、正拳突きを放ったと思ったら背負い投げをうたれているのだ。
それでも浮いた左手でミューナの細っこい左肩を押さえつけ、投げのための遠心力を殺し、同時に踏ん張って投げられる寸前で堪えたのはさすがと言える。
「ん、っと」
ぱっとジグマの右腕の拘束を緩め、くるりと腕だけを半回転させ、肘を下に向けさせる。左右からの追撃がもうじき来るけど先にこっちだ。
「がっ!」
掌底によるアッパーの後、すぐさま右の足裏で蹴り上げてジグマの肘を完全に、と思ったが、精霊術による治療ができないことを思い出し、足の軌道を僅かにずらして飛びつき腕ひしぎへ移行する。
「ぐああっ!」
一瞬悲鳴を聞いただけでミューナはジグマの右頬と右脇腹を蹴ってジャンプ。ガウェインへと飛びかかる。
「な、なぁっ?!」
手品でも見せられているかのようなミューナの連続攻撃に、追撃のため間合いを詰めていたガウェインはなんの抵抗も出来ないままフライングボディアタックをもろに食らってしまう。
「ぐべっ!」
両膝をつきながら仰け反って倒れていくガウェイン。その短く刈り込まれた頭にミューナは自分の右手を一瞬置いて浮かせてそこに両脚を滑り込ませる。
「せっ」
ガウェインの胴体を軽やかに蹴って再度ジグマへ。右腕を押さえてうずくまっていた彼の左肩を踏み台にしてグラスローへ。
「はああっ!」
右手を引き絞り、相手を掴むために拳を開いた瞬間、グラスローは両手を挙げ、悲痛に叫ぶ。
「こ、降参! 降参です!」
神殿での修練では絶対に見られない反応だったが、ミューナはグラスローの脇にふわりと降り立つ。
「軍人さん、だよね?」
「ええ。だからこんな訓練でもないことでケガなんかできないですよ」
そういうものかな、と小首を傾げた視線の先にリオが佇んでいる。
──あ、組み手の楽しさ見せるんだった。
なのにいつもの癖で手早く片付けてしまった。
ライカとディルマュラの試合のように互角でギリギリな勝負をするつもりだったのに。
うまくいかないな、と後悔しつつリオに歩み寄る。
「すごい、です。あんなの、見たことないです」
なのにリオは目を輝かせているので、ミューナは余計に分からなくなった。
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