兄と妹たちと
おまたせしました。
ミューナ視点です。
「我が妹ミューナが無事戻ったこのよき日に、乾杯!」
広大な、本来なら国賓を招いての晩餐会を行うための部屋に、若くはあるが落ち着いた低音が響く。
「か、かんぱい」
雄大な、雪を冠した山脈が描かれた風景画を背にしたミューナが、おずおずとワイングラスを掲げる。
グラスを掲げる右手は肘までの白い長手袋。そこから続く肩口は上品なフリルがあしらわれ、翡翠色のドレスへと繋がる。
彼女の鮮やかな金髪と引き立て合う配色に、見る誰もが感嘆の吐息を漏らしていたが、ミューナ自身は気もそぞろだ。
──こんなことするために来たんじゃないのに。
なんで自分はこんな格好でこんなことをしているのだろうと考えつつも、ろくな装備もない現状では静かに情報を集めるしかとれる手段もないのだから、と割切る。
「あの、いくつかお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
グラスにはほんのり唇を触れさせただけで中身は口に入れず、ミューナは正面のテーブルに座る男性に問いかける。
男の名はガゥラ・ニト・レオニクス。
血縁上はミューナの兄にあたる、レオニクスの現国王だ。
「ああ。構わないが、いささか他人行儀すぎるな」
ガゥラのがっしりとした体躯と、美麗な顔立ち。そして落ち着いた低音は見る者からすれば恋に落ちたりするのだろうが、血縁者ということもあってか微塵も心は動かなかった。
「いえ、わたしは風の神殿からの使者としてここにいます。国王陛下の御前で無礼な振る舞いはできません」
ミューナ自身、こういう大人としての振る舞いが出来ていることに驚いている。が、深く考えなくても神殿に入ってからいままで見聞きしてきた、母クレアや友人たちの言動がにじみ出てきているのだとわかる。
「そうか。まあ息苦しくなったらいつでも崩してくれていいからな」
「お気遣いは無用になると思います」
「まあいい。では、質問とはなんだ?」
「ええと、まずはわたしをここまで運んでくれた彼女たちのことです」
ミューナをレオニクス本国まで連れてきた鎧型戦車に搭乗していた人物もまた、ミューナにそっくりな乙女だった。
顔を合わせたとき、ミューナに驚きはなかった。
ただ、「だよね」と確認したように頷き、彼女たちの案内に従って簡単な遺伝子調査やヒアリングを受け、気がつけばこのドレスに着替えさせられ、ここに座っている。
そっくりさんたちはいま、白のエプロンが映える漆黒のメイド服に着替え、部屋の壁際に控えている。ガゥラがとくに指示も出していないのにワインのおかわりを注いでいる姿は、ミューナでも不気味に思えてしまった。
「これらには親衛隊のようなことをさせている。私が王位を継いだときに身内からも裏切り者が出て、そのときに作った生き人形だ」
「じゃあ、なんでわたしに似ているんです」
「主な遺伝子は私のを使って作成したが、自分そっくりの存在が多数いるのは、と思い、性別を変えた。それが原因だろう」
この人と自分に血縁がある、とはっきりと言われてミューナは胸の奥がざわめいた。
が、クレアやオリヴィアから学んだあれこれが表には出させず、質問を続けられた。
「先ほど王位を継いだ、とおっしゃいましたが、先王陛下は逝去されたのですか?」
「ああ。母上が他界されてからずっと伏せっておいでだった。それが原因で五年ほどまえにな」
深く目を閉じ、お悔やみ申し上げます、と。自分でも驚くほど他人事として父親の死を片付けた。
そうやって話している間にもミューナの前には料理が運ばれてくる。
「ありがとう」
皿が新しくなるたびにひとこと礼を言っても、自分そっくりの彼女たちから返事はないが気にせずに続けている。
「質問はまだあるか?」
「質問は以上です。が、陛下にひとつお願いしたいことがあるのですがお聞き届けいただけるでしょうか」
へりくだりすぎかな、と内心思ったが、それ以上にこの男を忌避する感情がどうしても上回ってしまう。
ミューナが見聞きしてきた男性のいずれとも違いすぎるこの、ガゥラという男。褒められる点は外見だけ。ねちっこい視線に小うるさい仕草。自分がこういう相手を嫌うのだと初めて知った。
──でもさ、でもさ、このひとたちのボスだって大概アレなんだからね!
母クレアがあの日、少女のように喚いた言葉の意味がいまさら身に染みてきた。
──ライカに、会いたいな。
ため息と勘づかれないように慎重に息を吐いたミューナに、ガゥラは「なんでも言って見ろ」と優しく問い返す。
小さく息を吐いて、割切る。
いまの自分は神殿の使者。
ライカに会えないのは、勝手に出て来た罰だと。
「しばらく、こちらの状況を視察したいと思います。つきましては彼女たちのひとり、……そう、わたしと一緒に鎧型戦車に運ばれてきた彼女に案内などをお願いしたいのです」
* * *
レオニクスを支配していたのは困窮という名の惨状だった。
レオニクスに入ってから王城へ来るまで、また城下町を歩くミューナが目にしたのは、貧困に喘ぐ人々の姿だった。
風の神殿を支える街ファルスも、世界を支える六王家の一角であるエイヌにも貧民層は存在する。それは仕方の無いことだと為政者たちは割り切りつつも支援は続けている。
そして国が荒廃する要因のひとつが貧困層の割合だと学舎院で学んできたミューナには、城下町の大半がスラムだと表現しても差し支えない状況はとても信じられず、歩を進めるたびに強くなるこの嗚咽感が、街全体を包む腐臭が原因じゃないと断言できほどにミューナの心は強い憤怒に包まれていた。
それを少しでも紛らわせようとミューナはそっくりさんに話しかける。
「あなたたちは、なにも思わないの?」
口にして、自分がそっくりさんに苛立ちをぶつけているのだと気付き、しかし引っ込めることはしなかった。
「なにも、とは?」
しかし、彼女は無表情のまま静かに問い返すだけ。
彼女たちは五年ほどまえに動き始めたクローンだとあの男は言っていた。
人や動物たちは、赤ん坊の姿で産まれ、他者との関わり合いの中で精神も肉体も成長させていく。
彼女たちはおそらく、あの姿で生み出され、ただ親衛隊のようなことをさせられ続けてきたのだろうと痛感する。
「ごめん、質問変える。あなたは産まれてからどれぐらいの年数が経ってるの?」
「六年ほどです」
「そっか。ありがと」
産まれて六年。つまり六歳。
自分がライカと出会った頃だ。
──わたしもきっと、あの頃はこんな感じだったのかな。
神殿に来る前、母親からもらっていたあの暖かさ。ライカやクレアからいっぱいもらった他人を好きになる気持ち。
鎧型戦車で運ばれている間、自分は彼女たちを妹なのか、と問いかけた。
他人とは、思えない。
──わたしはこの国と王家と縁があるのだから。
自分に宛がわれた部屋へ向かう途中、ミューナはドレスの裾を翻しながらそっくりさんの前に出て柔らかく言う。
こんなことをしても、この国がよくなるなんて少しも思ってないけれど、そういうことはもっと上の大人たちに任せておけばいい。
でも自分は、たぶんこの子たちのお姉さんなんだから。
「ねえ、このお城って思いっきり暴れてもいい場所ってある?」
自分にできることは、拳で語ることだけだから。
前話と今話の間のオリヴィアの様子を番外編のほうにあげてあります。
https://ncode.syosetu.com/n2573jz/4
番外編4話「浮かれる日々」です。
こちらもよろしければ。
感想などなどお待ちしております。




