帰郷と旅立ちと
おまたせしました。
タネをあかしてみればなんのことはなかった。
ミューナを連れ去った鎧型戦車は最初から十五機の一機として参戦していて、自軍がこういう事態に陥ったときにミューナのそっくりさんを連れて逃げ帰る指令を受けていたのだと。
「そんなことはもはやどうでもいいんです、ガドール大佐」
ライカたち一同はいちどエイヌに戻り、捕虜として同行させているガドールに尋問を行った。
取り乱すことはなくなったが、ミューナを連れ去られたことへの不安は、クレア自身でも驚くほど強く、ガドールへの尋問も厳しい口調になっている。
「わたしが訊いているのは、なぜそちらにミューナ・ロックミストの風貌に酷似した兵士がいたのか、ということです」
ミューナ、という名をガドールはいちど深く咀嚼し、
「やはり、あの金髪の女性はミューナ姫殿下ご本人なのですか?」
「……はい。あの子は六歳のときにこちらへ亡命したミューナ元姫殿下です。いまはわたしの養女として生活していますが、おそらくこの騒乱が終わったら想い人と添い遂げるでしょう」
最後の情報はいらなかったかも、と若干の後悔はガドールのひと筋の涙にかき消された。
「そうですか。大切に育ててくださったのですね……」
「ええ。とても素直でよい子です」
「わたしは、新兵の頃に姫殿下付きの警護隊に配属されていました。国は、王家も含めて決して裕福ではありませんが、姫殿下と王妃殿下陛下の麗しいお姿は生きる糧でさえありました」
なにそれいいな、とのつぶやきをガドールは聞き逃さなかった。
「先王妃殿下の逝去は、姫殿下はご存じなのですか?」
いちど、ため息を吐いて。
「あの子は母親の死とそれに伴う国内の混乱を避けるためにこちらへ亡命してきた、と聞いています。あの頃は六歳でしたから、理解はしているでしょう」
安堵とも落胆とも思える表情を浮かべ、「そうですか」と力なく返すガドール。
「そういえば、乳母殿はどうされているのです?」
「ああ、ここエイヌの枝部で事務職をやりながら平穏に過ごしていらっしゃいますよ。ミューナとは年始の挨拶ぐらいはしているようですが、お互い普段の生活で手一杯のようで」
苦笑しながら返すクレアにガドールも苦笑する。いまは尋問の時間ではなかったのか、と。
やや恥じたように、こほん、と咳払いをしてクレアは口調も改める。
「保護者談義はこのぐらいにして。あのそっくりさんは、なんなんですか」
ガドールからいちど視線を外し、自分の手の平を見つめながら握って、開いて。
「わたしたちは、拳で語ります。機械の鎧超しでもそれはできると自負しています。けれど、あのそっくりさんからはなにも感じませんでした。恐ろしいぐらいに」
この三十数年、拳術と共に歩んできた。
自分たちにとって拳術はもうひとつの言語であると師匠からも何度となく言われてきたし、自分も指導するときは伝えるようにしてきた。
「はじめてなんです。冷たいとかそういうのじゃなく、一切なにも感じなかったのは」
無垢な少女のように怯えたクレアの目を見て、ガドールは意を決したように言う。
「彼女たちに個別の名前はありません。現国王の親衛隊として制作された、クローンです」
* * *
時間は少し戻る。
「ねえ。あなたたちって、わたしの妹なの?」
鎧型戦車の左手に足を乗せ、後頭部にある手すりを掴んだ姿勢でミューナは問いかける。
相手は同じ姿勢で鎧型戦車の右手に掴まる、自分のそっくりさん。
向かう先はおそらくレオニクスだろうと踏んで、まずは情報を集めることにした。
まずは彼女たちの素性から、と問いかけても、そっくりさんは反応すらしない。
──んっと、こういうときは……。
自分の言動に反応がないのは自分に興味がないからだ、と学舎院時代のライカと自分の関係を思い返して話題を変えてみる。
「わたし、ミューナ・ロックミスト。風の神殿で働いてるの」
鎧型戦車の名の通り、彼らの足裏にはキャタピラが格納されており、長距離や悪路の移動などに使われる。いまミューナたちを抱える鎧型戦車はそれを使って荒野を土煙をあげながら進んでいる。
「昔はミューナ・リオ・レオニクスって名前で王女さまやってたらしいの」
とはいえ、自分の過去について覚えていることなどほとんどない。ただ母親とおぼしき女性に毎日のように暖かなまなざしを向けられていたことぐらい。
「えっとね、わたしたちの世界は精霊たちがいてね」
話すのは得意じゃないけれど、自分でなんとかするって決めたのだから、とミューナは話しかけ続ける。
「精霊たちと歌ったり踊ったりして闘う訓練をずーっとしてるのね」
「だから鎧型戦車とも生身で闘えたの。すごいでしょ」
むふん、と自慢げに鼻を鳴らして見せてもやはり反応はない。
誰かと話すことは好きなのだが、反応がないのは辛い。
なので改めてそっくりさんを見つめる。
硬い表情と全身に漲る緊張。ああいう態度をする人たちに覚えがある。
そっか、と得心する。
この子たちは軍人で、まだ任務中だから私語をしないのだと。
ならば邪魔をしてはいけない、とミューナは口を閉じることにした。
たぶん、いまからどれだけ話しかけても、絶対に口を開かないだろうから。
──でもあとどれぐらいかかるんだろ。
六人で生活していたころは、ほとんどの時間帯で誰かが喋っていたから聞き役でも楽しかったけれど、無言のままの時間をどれだけ過ごせるかは未知数だ。
* * *
「休暇、じゃなくて出張扱いになったそうです」
イルミナに別れを告げた翌朝。
二人きりの六人部屋でユーコは憮然とした態度でライカに告げた。
「お、おう」
「じゃあ、忘れ物はないですね?」
「大丈夫だよ。……てかユーコ、おまえ昨日の荷造りしてる頃からずっと怒ってるだろ」
「わたしも休暇願いのことでイルミナさまから呼び出しを受けましたから」
普段の朗らかな姿からは想像もできないほどにユーコは頬を膨らませて続ける。
「よそのご家庭のことに他人が口出しすることがとっても無礼なことだってことは理解しています」
「ん?」
「でも、わたしはライカさんと一年以上一緒に暮らしてるから、少しは言っていいって思うから言います」
「だからなんだよ」
「お母さんを泣かせるのは、よくないって思います」
んだよもう、と自分の頭を乱暴にかきむしり、
「どこまで聞いた」
凄むような口調になったのは、意識してのことだ。
普段なら、自分のことで凄まれたのならば、ユーコも怯んだだろう。
けれど、いまは違う。
毅然とした憤りを乗せてライカを圧し返す。
「わ、わたしが執務室に行ったとき、ライカさんの背中が遠くに見えました。だからドア越しにも聞いてないですし、イルミナさまも特別なことはなにもおっしゃってないです」
「だったら、」
「目の端に涙の跡がありました。それで、大体のことは察しました」
「あのなぁ。お前が想像してるようなことはやってないぞ。まあ多少は口論はしたけどな」
「だったら、あの涙はなんなんですか」
じろり、と下から睨み付けられ、ライカは大きく息を吐く。
「母さんはあたしのことになると感情的になりすぎるんだ。去年も一昨年も心配かけたのにまたいなくなるのかって、な」
ウソは言っていないとユーコは感じる。
良くも悪くもライカはウソを言えない人だと、いままでの共同生活で身に染みている。
「確かに、ライカさんは自分の身を案じなさすぎます。イルミナさまにも目を離さないようにしてください、って何度も念を押されました。だから、わたしのことはお目付役って思ってください」
むふん、と荒く鼻息を鳴らし、じろりと睨み付ける。
「いや、お前が付いてきてくれるんなら動機はなんでもいいけどよ」
「けど、なんですか」
「なんでお前までそんなにあたしのこと心配するんだよ」
それまで、ユーコは努めて冷静であろうとしていた。
けれど、ライカのこの一言は怒りを決壊させるには十分すぎる内容だった。
「そういうとこです! ライカさんを心配するひとがもうひとり増えるぐらいいいでしょうが!」
爆発しすぎた感情は、ユーコの瞳から大粒の涙を溢れさせる。
──またかよ、もう……。
「あ、いまめんどくさい女だって思いましたね! ぶん投げますよ!」
一緒に暮らしはじめた頃はあんなにオドオドしてたのにな、と懐かしく思いながらゆっくりと頭を撫でてやる。
「もう! ちっちゃいこみたいにしないでください!」
「悪い悪い」
お互いに言い出したはいいが、ふたり旅は正直不安だった。
けれど、出発前にいろいろと言い合えたことでそのわだかまりも解消できた。
だからきっと、うまくいくと互いに感じた。
感想などなどお待ちしております。




