星空
お待たせしました
細っこい腕だと思った。
腕に浮き出る血管も細く、二の腕だってなんのたるみもない。
だめだと思った。
「このあたりの土地で耕していい場所ある?」
ええと? と小首を傾げるリオでは話にならないと、ミューナは城内へ戻り、農業を扱う部署へ駆け込んだ。
「農具と肥料を貸してください」
見知らぬ、だが見目麗しい乙女に言われ、カウンター越しに座る女性職員は夢うつつな様子で言われるまま農具などを貸し出してくれた。
──お熱でも出てたのかな
当のミューナは女性職員の態度をそう判断したが、自分の容姿を鏡で見てからにしてほしい。
ともあれ、開いている土地の場所を聞き、借りた農具一式をえっちら担いで到着したそこは、ただの荒れ地だった。
よいしょ、と鋤や鍬を入れた背負いカゴを置いて、んーっ、と背伸びする。
「なんでこんなに土地があるのに耕さないの? お腹空いてるんでしょ?」
ミューナの純粋な質問に、野良着に着替えたリオは同じく純粋に答える。
「数年前までは食糧生産船が稼働していましたから。自分で耕す、という発想はないのでしょう」
『機械任せで他人事。自分でなんとかしようとしないから、お隣さんからでも奪おうとげんこつ振り回すのよ』
かつて、彼らとの会談が終わるたびにクレアはそうぼやいていた。そんなひとたちいるのかな、と聞いていたミューナは感じていたが、目の当たりにして事実だと思い知らされて、さすがの彼女もげんなりした。
「働かざる者食うべからずってことば、残ってないの?」
「わたしは、教育を受けていませんので」
こういうとき、オリヴィアなら重っ苦しいため息をついて作業を始めるだろう。
こういうとき、ライカならひとしきり頭をかいて、やっぱり作業に入るだろう。
だから、自分もそうしよう。
「あとで、その食糧生産船にも連れてってね」
「はい」
そこに行けば種ぐらい残っているだろう。
いまはとにかく耕すほうが先だ。
まるで汚れていない、新品同然の鍬を担いで適当にえいや、と振り下ろす。思った以上に硬い。精霊術使えれば、もっと楽に、と思ったがすぐに振り払う。まず自分の手で土地の様子を知っておかないと、と思ったからだ。
鍬を下ろすときはその重さを使えばいいだけだから。
「っと、雨とか、最近、降って、ない?」
「はい。前回の雨は十日前です」
淡々と、ほんのり苛立ちも交えて返すリオに、ミューナは手を止めずに聞く。
「なにか、言いたい、こと、あるの?」
「いえ、その、組み手を教えていただけるのだと、思っていましたから」
「いま、の、リオじゃ、なにか殴っただけ、で骨折れちゃ、いそう、だから」
「は、はあ」
「まず、からだを造るところ、か、ら!」
苦笑半分にリオは微笑み、置いてあった鋤を手に取る。
「気の長い、指導ですね」
「うん。ライカも、他の神殿のひとたちも、たぶん同じようなこと、すると、思うから」
「そう、ですか」
鋤を振るいながら返すリオの表情を、土に向かい合っていたミューナが見ることはなかった。
* * *
夕陽の朱で満ちる荒野に、一輪バイクが二台駐輪している。
「ほんと、なにもねぇな」
腰に手を当てて伸びをしながらライカはぼやく。
「そうですね。精霊たちの声が聞こえないっていうのは想像してましたし、宇宙実習でも多少経験してましたけど、森も枯れてるし、土だって……」
な、と荒れた土地にテントを設営しながらふたりは愚痴る。
「ミミズもモグラもいないんですよね」
「ま、森でも畑でもないからな。雨も降った感じしねぇし。土だけじゃなくて天候不順も起こしてるんだろうな」
「それも、精霊たちがいないから、でしょうか」
あたしは専門家じゃないけどな、と前置きして、
「精霊たちは命を運ぶ。虫たちが花粉運ぶみたいにな。んで、巡らせた命は土地に宿って新しい命を育む。母さんが昔よく話してくれたな」
へえぇ、とにんまり口角を上げるユーコ。
「おまえ、そういう顔するんだな」
「しますよ、そりゃ。壁超えてきょうで二日目ですけど、ライカさんがイルミナさまのこと話すとき、とっても、その、嬉しそうですから」
「そうだよもう。はやく顔見てぇよ」
でもな、と星空が見え始めた東の空へ視線をやる。
「いまは、ミューナだ」
「はい。ですけどそれよりもまずは」
携帯コンロを手早く用意し、慣れた手つきで小型のやかんを火にかける。
「きょうのごはんです!」
おう、と返すライカ。粉末スープと乾パンだけの簡素なものだが贅沢は言えない。
「野草ぐらい生えてると思ったんですけどね」
「ないもの愚痴っても仕方ないし、取りあえず食って寝ようか」
そうですね、と返し、スープをお互いのマグカップに注ぐ。
わるいな、と受け取り、吐息で冷ましつつひと口。
「ミューナも、ちゃんと食えてるといいけどな」
「よく冷静でいられますよね、ライカさん」
「自分でもびっくりしてるよ。ほんとならあのときのクレアさまぐらい取り乱すべきなんだろうけどな」
「あっちはあっちで驚きました。収めたのがオリヴィアさんなのも含めて」
な、と意地悪く笑うライカ。行儀が悪いと知りつつ乾パンをスープに浸して柔らかくしてから口に。しんなりとした口触りに、にひ、と口角が上がる。
もう、と呆れつつ、ユーコは自身の端末に目をやり、現在地などを確認する。
「明日にはレオニクスに入れそうですね」
「ん。……一輪バイクとはいえ、二日半か。荒れ地しかないからひとりだったら、って考えるとゾっとするな」
居住まいを正してしっかりとユーコを見据えて言う。
「ありがとうな、ユーコ」
「そ、そそ、そういうとこですよ! ライカさん、自分がめちゃくちゃかっこいいってこと、自覚してください!」
顔を真っ赤にして叫び返されてライカは戸惑うばかり。
「お、お前だってじゅうぶん……」
「ほらすぐそういうこと言って褒める! わたしみたいな平均値でも、そういうこと言われたら勘違いするんですからね!」
「なに怒ってんだよもう」
「勘違いしないためです!」
意味わかんねぇよ、とユーコのおでこを指で弾いて、ひとまず彼女の怒りはおさまった。
「もー。でも、お役に立ってるなら嬉しいです」
えへへ、と笑ってマグカップの中身を飲み干す。そのまますぐに少量の水で残りを洗い流し、タオルで拭い取る。
「んじゃ歯磨いて寝るか。いい加減水浴びぐらいしたいけどな」
「空気は乾燥してますし、移動は一輪バイクだからいいですけど、やっぱりちゃんとお湯に浸かりたいですよね」
な、と肩をすくめてテントの中のバッグから歯磨きセットを取り出す。かつて先祖が使っていた、水を使わないで済む形式のものだ。
ふたり並んでしゃこしゃこと磨き始める。
「あ、一番星」
「そういうの好きだよな」
「素敵じゃないですか。どんな星にいても、どんな地域にいても、星の営みは続いてくって考えると」
「あたしは自分のことで精一杯だけど、たまには星を見るのもいいかもな」
自分の考えが受け入れられて、ユーコは満面の笑みを浮かべる。
──あたしじゃこういうかわいい顔はできないな
ユーコと星空を見つめながら、ライカはぼんやりと思った。
感想などなどお待ちしております。
次の15話ですが、8月末の更新がかなり難しい状況です。
なので9月の中頃に15話を、16話をいつも通り月末頃に更新になると思います。
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「御堂桜子は鬼ギャルと××修行!」
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