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The Tír na nÓg 〜ティル・ナ・ノーグ〜  作者: 佐藤つかさ
第二章 承
89/222

7-18

 束ねていた紐が千切れて、アイリスの髪がほどけていく。

 貫いていた刃を引き抜かれて、転がり、蹲り、痙攣し、それを経て、ピクリとも動かなくなったアイリスの姿を、リリーシャは何とも言えぬ表情で見つめていた。貫かれていたはずの胸と背中には外傷もなく、他に怪我をした様子もない。レーツェルが自分の頭を撃ち抜いたのと同様に、実際の肉体には損傷を与えないものなのだろう。

 

 髪をほどき、表情の消えたアイリスの姿は普段よりも幾分大人びて見えた。まるで花のように。

 そして花は腐るものだ。

 

「さぁ、始まるよォ」

 何かに酔ったような口調でレーツェルがつぶやき、あらあらとリリアーヌが頬に手のひらを添えていた。 

 

 

 ずるり、とアイリスの背中から漆黒が溢れてくる。

 

 

 闇を溶かして煮詰めてしとった塊のようなそれはみるみる溢れかえって、人の形をとる。

 それはレーツェルが使役していた天使とも悪魔とも異なる形をしていた。

 

 

 ――しいて言うならそう――堕天使。

 

 

 咲き誇る薔薇の庭園の中心で、黒くいびつなそれは月明かりを浴びてそこにたたずんでいる。

 不定形だったそれは、まるでボトルに注がれた水のように形を定め始める。

 長い手足と小さな頭。肩や腰つきは曲線的なシルエットを描き、まるで女性のようであった。

 頭頂部に現れたのは光の輪っかエンゼルハイロゥ

 ――背中から翻るのは大きな翼。舞い降りる漆黒の羽根が、水路に差し込む月明かりの銀と薔薇の花びらで混ざり合う。

 


 その光景は荘厳で、神秘的で、まるで芸術家が生み出した彫刻のようであり――同時にひどく異質だった。


  

「なんなのよ、これ……!」

 思わずリリーシャが口にしていた。

 

 物言わぬアイリスの代理であるかのように、闇を翼をはためかせる

 その翼は、どこかわしのそれに似ていて――肉をむ形をしていた。

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