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アイリスは肩を前に出し、自身の横幅を最小限に絞る。
刃が目前に迫るがアイリスは退かない。刃はこの目で見えているし、何なら心の目も開いているくらいだが、それでも逃げるつもりはない。
刃の車輪は横並びになっていて、まるで馬車が通った後のようなわだちを作っている。
車輪同士の間に生じた隙間の幅は――ちょうどアイリスの体が入るくらいだった。
「――!?」
車輪が通り過ぎる瞬間、アイリスの全身が緊張で凍り付く。
微動だにしないアイリスの左右を、高速回転する刃が触れるか触れないかの距離で掠めていった。そして遠くへ去っていく。
かすかに髪と衣服が削れて焦げた臭いがする。――だけど命は無傷だった。
そして正面にいたのは――無防備なリリアーヌ。
流石の彼女も度肝を抜かれたのか、ほんの少しながら目を見開いてアイリスを見つめている。だけど時が経つにつれて、その瞳はゆっくりと細められていく。
そして彼女は昂った。
アイリスは背中に氷塊を突っ込まれたような寒気を感じて、短剣を投げつけようと思っていた手を止める。
リリアーヌは笑っていた。正確には目を細め、ほんのわずか――見てもわからないレベルで――に口角を上げているにすぎない。
それでも明らかに彼女は笑っていたのだ。まるで手足をちぎった虫の痙攣を見て愉悦に浸る子供のように。
リリアーヌの肉体は霧散して、いくつもの薔薇の花びらとなって零れ落ちていく。
「御美事ですわ」
間合いを取ったリリアーヌは、はるかに高い天井にいた。まるで蝙蝠のように――重力のくびきから解き放たれたかのように天井に踵をつけてその場に立っている。
長い髪も重力を忘れてリリアーヌの背中をくすぐっている。そんなのありえない。まるで手品を見ているかのようだった。
「武器の扱いは五分と五分――いいえ。貴女に押されていると言っていいでしょう。貴女はとても優秀で、この拮抗は努力の賜物なのでしょう」
そして次の瞬間――アイリスの背後に、これまでとは比べ物にならない殺気が絡みついてきた。
「ならばその努力。わたくしが台無しにして差し上げましょう」
背後から感じる吐息に、アイリスは飛び退きナイフを構える。いつの間にかリリアーヌは後ろにいた。
だけどリリアーヌは武器を持っていなかった。
彼女の足元から一輪の薔薇が咲き、それは二つに増えて、やがて四つとなり、最終的には一面が花畑となっていた。
咲き誇る庭園の中心で、リリアーヌは温度の低い声でつぶやいた。
「黒い茨」
それは彼女の魔法の呪文。




