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『これは夢か現実か。迷い込んだ幻想世界。人間の王女と神秘の森の妖精王。巻き起こるは一夜の恋の大騒動。どうぞあなたも夢のような一時を――』
時計が歌っている。
内容は理解できる。今日公演されている舞台。リベルテも見に行ったから知っている。役者の演技も、盛り上げるコーラスも、観客の拍手もみんな覚えている。
理解できないのは、それがなぜ独房で聞こえるのかということだ。しかも時計から。
タネはノア自身の手で語られた。
「中にクリコムを仕込んである。もう一つは劇場に。役者の衣装に縫い込ませてある。私も芝居は初日と千秋楽は見逃さない主義なんだ」
問題なのは、ノアは時計に触れていないという点だ。どうやって起動させた?
触れているといえば、手に握られているスイッチくらい。まさか――
「クリコムと理屈は同じだ。電波に乗せて信号を送り、遠隔操作する」
スイッチを掲げて不適に微笑む。
「未来の技術だよ」
リベルテは思わず拳を握りしめた。つまり爆弾は遠隔操作でいつでも爆破できるというわけだ。予想以上に不利な状況だ。
「爆弾の起爆スイッチは貴方が持ってるってこと?」
「そうだ」
「スイッチは今手に持っているそれ?」
「いいや。別だよ。だがどこかに隠してある」
良い解釈をすれば、起爆スイッチさえ探せば爆弾は止められるということだ。
悪い解釈をすれば、爆弾を目覚めさせるのはノアの気分次第ということだ。
だから何としてもノアから起爆スイッチを奪わなくてはならない。
リベルテは遮光眼鏡の奥から視線を巡らせる。
ベッドの下に何か隠れてる様子はない。
左側には机と時計。横には難しい書物が数冊。
反対側には桶と蓋。多分簡易トイレだ。……まさかあそこじゃないよね?
チクタクと時計の針が聞こえてくる。まるで爆発のカウントダウンが迫っているかのように。
その時、遠くから野太い声が飛び込んできた。
「火事だ! 火事だぞ!」
冒頭の芝居のセリフ
契約と代償と猫と精霊
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Creator:猫乃鈴さん
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