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The Tír na nÓg 〜ティル・ナ・ノーグ〜  作者: 佐藤つかさ
第一章 起
34/222

4-3

 はらりるらりと雨零あめこぼれる。

 

 肌のぬくもりにぶつかるだけで、蒸気となって空に溶けてしまうほどのささめしずく

 それでも湿った空気が港にあふれていた。

 

 コンクリートの床を踏み鳴らす、何重ものブーツの音色。

 歩を進めるは第十師団。召し捕った悪党に縄をかけて、己の城へと帰るのだ。

 立てた襟で表情を――それと、若く整った顔立ちを――隠し、漆黒のコートと同じ色のベレー帽を頭にのせて。

 

 アイリスは謹慎中なので、彼らから距離を置いて事の顛末を一部始終眺めていた。

 そう、彼ら。

 アイリスは第十師団に事のすべてを話して()()()()()

 

 悪に捕らえたのは彼らだ。

 アジトを見つけたのも彼ら。

 作戦を立案し、指揮を執り、直接手にかけたのも彼ら。

 だけど、

 だけど――

 

 すべてのきっかけはアイリスの言葉だ。

 

 

「おい、あんた!」

 不意に声をかけられる。アイリスに駆け寄ってきたのは角刈りの青年だった。

 まだ若く、鍛え上げた肉体の持ち主であることが分かるが、まとっている空気はどこか軽い。

 

「あんただよな? 第十師団ウチに通報してくれたのは? あ、自己紹介が遅れたな。副官のタケシ・コルコヴァだ。よろしく」

 

 思わずアイリスは眉をひそめる。副官にしては若すぎる。どう見ても20代前半だ。

 その考えが全部顔に出ていたのだろう、タケシに苦笑されてしまった。

 

「最近ベテラン勢がごっそり辞めちまったんでな。俺たち若手世代の昇進も早まった。それに加えてテロリストの捕縛とくれば、俺たちの経歴にも()()がつくってもんだ」

 

 ここでアイリスに向き直り、手を差し伸べてくる。

 見てみれば、タケシの表情から軽薄さが消え失せていた。  

 

「部下を代表して感謝する。あんたが救ってくれたんだ」

 

 恐る恐るアイリスは手を握る。

 するとタケシはありがとな、と言って握り返してくれた。少し痛かった。

 

「じゃあな。豊漁祭リーリシアン・ディでまた会えるかもな!」

 

 そう言って、タケシはその場を立ち去って行った。

  

「…………」 

 アイリス・リベルテは、湿り気を帯びた手を軽く握る。

 指の間がかすかに濡れる。見えないけれど、確かに感じる。それは達成感。

 ――嗚呼、やはり夢ではないのだ。

 

 実感する。

 私が未来を変えたのだと。 

 喜ばずにはいられない。握った拳に熱が宿る。たぶん心臓と同じ温度。

 これは成功だ。これは証明だ。

 

 私は――人を助けられるんだ!

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