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第4話 侯爵家なら、なんとかなる



「保証を打ち切るだと!?」


 ワポーレ侯爵の怒声が、執務室に響き渡った。ディグセンは思わず肩を震わせた。


「はい……」


「なぜだ!」


「それは……マリアとの婚約を解消したので……」


「マリア嬢だ!」


「……はい」


 父が立ち上がった。


「お前は何を考えている!」


「ですが父上、俺はティリエルを愛しているのです!」


「そんな話を聞いているんじゃない!」


 机が叩かれる。父がこれほど怒る姿を、ディグセンは初めて見た。


「マドレーヌ伯爵家との婚約が、我が家にとってどういう意味を持っていたか分かっているのか!」


「分かっています。ですが、我が家は侯爵家です。保証人が変わる程度で――」


「程度?」


 父の声が低くなった。


「お前は、我が家の借入額を知っているのか?」


「知っています」


 ディグセンは、茶会でマリアが口にした金額を答えた。


「……その金額を知っていて、よくも『保証人が変わる程度』などと簡単に言えたものだな」


「……」


「では、その金が何に使われている?」


「何に……?」


「どの事業にいくら必要で、毎月いくら返済し、利息がいくらかかっているのか。それを知っているのかと聞いている」


「それは……」


 答えられなかった。借金があることは知っていた。だが、その額はつい先ほどマリアから聞いたばかりだった。なぜ侯爵家がそれほどの借金を抱えているのか。その金が何を支えているのかまでは、考えたことがなかった。


 父の顔から怒りが消えた。代わりに浮かんだのは、信じられないものを見るような表情だった。


「お前……金額しか知らなかったのか?」


「俺はまだ家督を継いでいませんから」


「だから学ばせていたんだろうが!」


 再び怒声が飛ぶ。


「お前を何度、事業の会議に呼んだと思っている!」


「ですが、父上がすべて上手くやっていると――」


「私が死んだらどうするつもりだった!」


「それは……」


 言葉に詰まる。父は深く息を吐き、椅子に座り直した。


「そこへ座れ」


「父上?」


「座れ」


 言われるまま、机の前の椅子に腰を下ろす。父は棚から分厚い帳簿を三冊取り出した。目の前に置かれる。


「見ろ」


「何ですか、これは」


「我が家の事業帳簿だ」


「今からですか?」


「今まで見なかったのだから、今から見るしかないだろう」


 仕方なく、一冊目を開いた。数字が並んでいる。収入。支出。人件費。原料費。借入。返済。利息。


「……赤字ではありませんか」


「そうだ」


「こちらも」


「そうだ」


 二冊目を開く。こちらはわずかに利益が出ている。しかし、その額は想像していたよりずっと小さい。


「なぜこんな事業を続けているのです?」


「今、何の帳簿を見ている?」


「西の織物工房です」


「そこで何人働いている?」


 ページをめくる。


「百七十三人」


「その百七十三人を切れば、帳簿は多少きれいになるな」


「でしたら――」


「その者たちはどうする?」


「……」


「次だ」


 保存食加工場。百二十一人。木工所。百二十六人。金属加工場。二百人を超えている。


「こんなに……」


 初めて見た。いや。見ようとしなかっただけなのかもしれない。


「炭鉱が閉じた時、お前はまだ赤子だったな」


「はい」


「ならば、まずそこから話さなければならんようだ」


 父は窓の外へ視線を向けた。





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