第13話 任せられない
翌朝。
父と支配人、それに金融商会から来た男が話をしていた。
「失礼します」
ディグセンが中へ入ろうとすると、父が止めた。
「ディグセン」
「はい」
「外で待て」
一瞬、意味が分からなかった。
「俺も聞いた方が――」
「必要ない」
扉が閉じた。ディグセンは廊下に立ったまま、その扉を見つめた。以前なら、そもそも自分からこんな場所へ来なかった。父が何を話しているかなど興味もなかった。今は違う。知ろうと思っている。なのに。入れてもらえなかった。
一時間ほどして、金融商会の男が出てきた。ディグセンに気づくと、丁寧に頭を下げ、そのまま帰っていった。入れ替わるように執務室へ入る。
「父上」
「何だ」
「金融商会は何と?」
「説明は済んだ」
「条件はどうなりましたか?」
「前と同じだ。今のところはな」
ディグセンは安堵した。
「良かった……」
「良くない」
父は書類から顔を上げなかった。
「次はないと思え」
「……」
「今後、商人や金融商会へ勝手に接触するな」
「勝手に、というのは」
「私か支配人の許可を取れ」
「俺は、そこまで信用できませんか?」
父の手が止まった。
「信用してほしいのか?」
「……はい」
「何を根拠に」
返せなかった。
「お前は少し前まで、この家がいくら借りているかしか知らなかった。いや、お前の無知を見る限り、大方それも誰かに聞いたんだろう。その金を何に使っているのかも、どの事業がどれだけの損益を出しているのかも知らなかった」
「だから、今は知ろうとしています」
「知ろうとすることと、任せられることは別だ」
「……」
「お前は昨日、それを証明した」
何も言えない。父はようやく顔を上げた。
「ディグセン。私はお前を罰したいわけではない」
「なら――」
「領民を、お前の勉強に付き合わせる余裕がないと言っている」
その言葉は、怒鳴られるより痛かった。
「失敗して学べばいい。若いうちはそういうこともある。私も何度も失敗した」
「でしたら」
「だが、お前はその前に、取り返しのつかない失敗をしている」
「……」
「マドレーヌ家との婚約を壊し、保証を失った。お前が最初に失敗したせいで、次に失敗する余裕までなくなったんだ」
ディグセンは何も言えなかった。
「今は、一度の失敗で工房が一つ消える。一度条件を間違えれば、百人が職を失う。一度信用を損ねれば、借入条件が変わる」
父は書類へ視線を戻した。
「今のワポーレ家には、お前を育てるために払える授業料がない」
「……」
「だから任せられん」
はっきりと言われた。
「俺は、次期当主です」
「ああ」
「なら、いずれは俺が――」
「その話もするな」
ディグセンは父を見た。
「どういう意味です?」
「言葉通りだ」
「俺に継がせないと?」
「今、決める話ではない」
「父上!」
「お前に継がせるために領地を潰すつもりはないと言っている!」
執務室に声が響いた。ディグセンは動けなかった。
父が息を整える。
「お前は私の息子だ」
「……はい」
「それは変わらん」
「はい」
「だが、それだけで領地を任せられると思うな」
父は書類へ視線を戻した。
「今日はもう下がれ」
「……分かりました」
扉へ向かう。
「ディグセン」
呼び止められた。振り返る。
「一つだけ覚えておけ」
「侯爵家の嫡男だから価値があるのではない」
昨日の商人の言葉が蘇った。所有者の爵位で、倉庫の値段は上がりません。
「侯爵家を残せる人間だから、当主になる価値があるんだ」
ディグセンは何も答えられず、部屋を出た。




