↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/18

第12話 売ればいい



 領地から戻ったディグセンは、父の執務室へ向かった。西工房の閉じた門。荷物を積んだ馬車。隣領へ移ると言ったスタッツと、その家族。それが頭から離れなかった。


「父上」


「何だ」


「少しよろしいですか?」


 ワポーレ侯爵は書類から目を上げた。


「手短にな」


 ディグセンは持ってきた古い資産台帳を机へ置いた。


「旧炭鉱の資産を調べました」


「それがどうした」


「使われていない倉庫や設備が、かなり残っています」


「ああ」


「売却してはどうでしょう」


 父は何も言わなかった。


「利益の出ていない事業も、売れるものがあるかもしれません。売却代金が入れば借入を減らせます」


「誰に売る」


「商人です」


「どの商人だ」


「それは、これから探します」


 父はしばらく息子を見ていた。


「……まずは値段を調べろ」


「はい」


「支配人を通して、付き合いのある商会に内々にな。売却すると決まったわけではない。話を広げるな」


「分かりました」


 許可をもらえた。ディグセンはすぐに商人たちへ声をかけた。使われていない倉庫。古い運搬設備。土地。さらに、赤字の事業。


 最初に来た商人は倉庫を見て感心した。


「立派な建物ですね」


「炭鉱が動いていた頃は、毎日大量の荷が出入りしていたそうだ」


「なるほど」


「今でも十分使える」


「確認させていただきます」


 二人目も設備を丁寧に見た。三人目も土地の場所を確認して帰った。誰もその場では断らなかった。


 まだやれる。ディグセンはそう思った。使っていないものを売る。利益の出ない事業を、それをうまく使える者へ渡す。その金で必要な事業を守る。なぜ今までやらなかったのかと思った。


 数日後。最初の査定書が届いた。


「……何だ、これは」


 ディグセンは何度も数字を見直した。倉庫の建設にかかった金額の、ほんの一部。二通目はさらに安かった。三通目は、旧炭鉱設備そのものには値段がつかず、金属部品だけなら買い取ると書かれていた。


「ふざけているのか!」


 ディグセンは査定書を机へ放った。領内の商人だから、足元を見ているのではないか。もっと多くの商人に聞けばいい。王都にも声をかければ、この倉庫や土地の価値が分かる者がいるはずだ。


 父からは、値段を調べろと言われている。ならば、一番高い値段をつける相手を探せばいい。ディグセンは支配人を通さず、これまでワポーレ家と取引のなかった商人にまで声をかけ始めた。領内だけではない。少しでも高く買う相手を探そうと、王都の商人にも話を持ちかけた。


「この金額では売れない」


「承知しております」


「この倉庫が建てられた時、いくらかかったと思っている?」


「存じております」


「なら、なぜこの値段になる」


「今、その値段で欲しい者がいないからでございます」


「侯爵家の倉庫だぞ」


「はい」


「何十年も使われてきた施設だ」


「存じております」


「なら――」


「若様」


 商人は困ったように、それでもはっきりと言った。


「所有者の爵位で、倉庫の値段は上がりません」


 ディグセンが黙る。


「炭鉱が動いていた頃なら、高値がついたでしょう。毎日大量の荷が動き、この倉庫を必要とする商人が大勢いた」


「今でも倉庫として使える」


「何を置くのでしょう?」


「それは買った者が考えることだろう」


「その『何を置くか』がないから、この金額なのです」


 結局、商人は値段を上げなかった。別の商人も同じだった。旧炭鉱の運搬設備は古すぎる。選別施設は石炭を扱わない者には必要ない。領都から離れた場所は高値にならない。


 そして事業。こちらはさらに悪かった。


「木工所を売却したい、と?」


「ああ。建物も設備もある。職人も揃っている」


「帳簿を拝見しても?」


 資料を渡す。商人は長い時間をかけて確認した。


「申し訳ございません」


「何がだ?」


「弊商会では買い取れません」


「なぜ?」


「利益が出ておりませんので」


「だからこそ、経営を変えればいい。販売先を増やすなり、作る物を変えるなり――」


「でしたら、ワポーレ侯爵家でなさればよろしいのでは?」


 ディグセンは言葉に詰まった。


「それが難しいから、売却をご検討されているのではありませんか?」


「……」


「私どもが買い取れば、買収代金を支払った上で、設備を改修し、販路を作り、利益が出るまで赤字を負担することになります」


「職人はいる」


「はい」


「腕もいい」


「それも存じております」


「なら価値はあるだろう」


「ございます。ただし、百人を超える従業員をそのまま雇用することが条件なのでしょう?」


「ああ」


「それでは買えません」


「なぜだ」


「仕事がなくても、賃金は必要だからです」


 当たり前のことを言われた。


「設備だけでしたら買い取れます」


「設備だけ?」


「はい。工具、荷車、乾燥設備。状態の良いものを個別に」


「職人は?」


「必要ありません」


 あまりにも簡単に言われた。ディグセンは別の商人を探した。その次も。さらにその次も。事業ごと買う者はいなかった。設備だけなら。土地だけなら。建物だけなら。職人を半分にするなら。どこでも条件は同じだった。


 そして数日後。ディグセンは別の問題が起きていることを知った。


「金融商会から、確認が来ています」


 支配人が青い顔で言った。


「何の?」


「旧炭鉱資産を大量に売却する予定があるのか、と」


「どうして金融商会が知っている?」


 支配人が答えに詰まり、ディグセンへ視線を向けた。


「……ディグセン。お前、売却の話を他の商人にも持ちかけたのか?」


「少しでも高く買ってくれる相手を探そうと……」


 侯爵は深く息を吐いた。


「私は何と言った」


「値段を調べろと――」


「その前だ」


 ディグセンが黙った。


「支配人を通して、付き合いのある商会に内々に聞けと言ったはずだ。話を広げるなとも言った」


「ですが、一番高く買う相手を探すには、多くの商人に聞いた方が――」


「だから、付き合いのない商人にまで声をかけたのか?」


「……はい」


「王都の商人にも?」


「高く買ってくれる者がいるかもしれないと……」


 父は深く息を吐いた。


「お前はそれだけの商人に、ワポーレ家が倉庫も事業も売りたがっていると教えたんだぞ」


「売ると決めたわけではありません!」


「相手がどう受け取るかの話をしている! お前のつもりなど、相手には関係ない!」


「ですが、売却を検討しただけです」


「金融商会から見れば、金に困った家が資産を現金化しようとしているように見える」


「違います!」


「だから今から説明するんだ!」


 父が声を荒らげた。


「それで、高く買うと言った者はいたのか?」


「……いません」


「最初に聞いた商会より、高い値をつけた者は?」


 ディグセンは答えられなかった。


「結局、何も変わらなかったわけだな」


「……」


「安い査定書だけが増えて、ワポーレ家が資産を売りたがっているという話だけが広まった」


「……」


 父は目を閉じた。


「金を作るどころか、我が家に金がないことを宣伝してきたのか。見事なものだな」


「父上……」


「お前に値段を調べさせた私が馬鹿だった」


「ですが――」


「もう何もするな」


 父は吐き捨てた。


「役立たずなら、せめて邪魔をするな」


 ディグセンの顔が強張る。


「この件から外れろ」


 ディグセンは、それ以上何も言えなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。