第11話 次の仕事
「マリア。これを見てくれないか」
父から渡された書類を受け取り、私は最初の一枚に目を通した。マドレーヌ商会が扱っている商品の収支表だった。乾燥させた薬草を数種類混ぜたもので、煮出して飲むらしい。
売上そのものは悪くない。むしろ、ここ二年は少しずつ伸びている。それなのに利益がほとんど増えていなかった。
「ずいぶん運送費が高いですね」
「やはりそこを見るか」
「王都まで運んでいるのですか?」
「ああ。地方で加工したものを、一度すべて王都の倉庫へ集めている」
「なぜです?」
「昔からそうしている」
「それは理由になりません」
「私もそう思う」
父が笑った。私は次の書類をめくった。仕入れ。加工費。運送費。保管料。販売価格。購入者の内訳。
「マリア。この商品の収支改善を、お前に任せたい」
「分かりました」
「必要な人員や資料があれば、遠慮なく言いなさい」
「ありがとうございます。では、こちらの書類を持っていってもよろしいですか?」
「構わん」
「販売担当の方にも話を聞きたいのですが」
「好きにしなさい」
「ありがとうございます」
書類を抱えて立ち上がる。
「マリア」
「はい?」
「ずいぶん乗り気だな」
言われて、手元の書類を見る。
「家の問題ですから」
「それだけか?」
マリアは少し考えた。
「……面白そうではあります」
「まだ問題があることしか分かっていないぞ」
「だからです」
父が声を上げて笑った。商会の担当者を呼んでもらい、私はそのまま別室へ移った。
「こちらの商品ですが、主な購入者はどなたですか?」
「王都の薬種店と雑貨店です。最近は貴族家の使用人が直接買いに来ることもございます」
「地方では?」
「ほとんど売っておりません」
「なぜです?」
担当者が少し困った顔をした。
「王都でよく売れておりますので」
「売れているのは分かります。ですが、売上が増えているのに利益がほとんど増えていません」
収支表を指す。
「産地から王都まで運び、王都の倉庫へ入れ、小分けにして各店へ卸している。売る量が増えるほど、運送と保管にお金がかかっています」
「ですが、値段を上げれば売上が落ちる可能性がございます」
「そうですね」
それなら、値段を上げることが答えではない。私は購入者一覧へ戻った。
「この商品、何に使う方が多いのですか?」
「煮出して飲むのが一般的ですが、香りが強いので湯に入れる方もおります。それから――」
話を聞く。分からないところを尋ねる。次に仕入れ担当を呼んだ。加工前の薬草も取り寄せた。産地を地図で確認する。
一日では終わらなかった。翌日も資料を見た。その次の日には運送担当から話を聞いた。地図の上で輸送経路を追っていると、気になる場所があった。
「ここに、大きな療養院がありましたよね?」
「ございます」
「こちらは?」
「鉱山です」
「鉱夫は何人くらいですか?」
担当者が資料を探し始める。私は地図を見たまま待った。王都へ運ぶ前に、売れる場所があるのではないか。必要としている人間の近くを通り過ぎて、わざわざ高い金を払って王都まで運んでいるのではないか。
「一度、現地の需要を調べてください」
「現地、でございますか?」
「はい。療養院だけでなく、鉱山や宿、共同浴場でも、この薬草を日常的に使いたいと思う人がいるのか、まず調べたいです」
「かしこまりました」
「それから、全部を王都へ運ぶ前提も一度外してください。産地の近くで加工して、そのまま近隣へ卸した場合の費用も出してください」
担当者が書き留める。私は次の資料へ手を伸ばした。
机の端には、以前より空いた場所が増えていた。そこには少し前まで、ワポーレ侯爵家の事業資料が積まれていた。東工房で進めていた高級織物。保存食の改良。運送事業の再編。金属加工品の新しい販売先。
成人が近づいてから、将来嫁ぐ家のことを知るために少しずつ関わり始め、ここ数年は実際の事業資料まで見るようになっていた。
進めていた仕事が途中で終わったことは惜しい。高級織物は、もう少しで試作品が完成するところだった。保存食も、もう少し試せば保存期間を延ばせそうだった。けれど。もう私の仕事ではない。
私は空いた場所へ、薬草商品の資料を置いた。
「お嬢様」
「はい?」
「現地へ確認を取るのに、少し時間がかかるそうです」
「構いません。急いで間違えるより、その方がいいです」
「承知しました」
担当者が出ていく。夕方、父が様子を見に来た。机いっぱいに広がった資料を見て、呆れたように笑う。
「一件だけ渡したはずなんだがな」
「一件ですよ」
「ずいぶん増えたな」
「必要だったので」
「何か見つかったか?」
「まだ仮説です」
「聞こう」
私は地図を父の方へ向けた。
「王都で売ることにこだわりすぎている気がします」
「ほう」
「商品ではなく、売る場所を変えてみます」
父が地図を見る。少しして、口元を緩めた。
「任せる」
私は王都から伸びる街道を指でなぞった。売れない商品ではない。売る相手を、間違えているだけかもしれない。
「まずは、ここから試します」




