↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
11/18

第11話 次の仕事



「マリア。これを見てくれないか」


 父から渡された書類を受け取り、私は最初の一枚に目を通した。マドレーヌ商会が扱っている商品の収支表だった。乾燥させた薬草を数種類混ぜたもので、煮出して飲むらしい。


 売上そのものは悪くない。むしろ、ここ二年は少しずつ伸びている。それなのに利益がほとんど増えていなかった。


「ずいぶん運送費が高いですね」


「やはりそこを見るか」


「王都まで運んでいるのですか?」


「ああ。地方で加工したものを、一度すべて王都の倉庫へ集めている」


「なぜです?」


「昔からそうしている」


「それは理由になりません」


「私もそう思う」


 父が笑った。私は次の書類をめくった。仕入れ。加工費。運送費。保管料。販売価格。購入者の内訳。


「マリア。この商品の収支改善を、お前に任せたい」


「分かりました」


「必要な人員や資料があれば、遠慮なく言いなさい」


「ありがとうございます。では、こちらの書類を持っていってもよろしいですか?」


「構わん」


「販売担当の方にも話を聞きたいのですが」


「好きにしなさい」


「ありがとうございます」


 書類を抱えて立ち上がる。


「マリア」


「はい?」


「ずいぶん乗り気だな」


 言われて、手元の書類を見る。


「家の問題ですから」


「それだけか?」


 マリアは少し考えた。


「……面白そうではあります」


「まだ問題があることしか分かっていないぞ」


「だからです」


 父が声を上げて笑った。商会の担当者を呼んでもらい、私はそのまま別室へ移った。


「こちらの商品ですが、主な購入者はどなたですか?」


「王都の薬種店と雑貨店です。最近は貴族家の使用人が直接買いに来ることもございます」


「地方では?」


「ほとんど売っておりません」


「なぜです?」


 担当者が少し困った顔をした。


「王都でよく売れておりますので」


「売れているのは分かります。ですが、売上が増えているのに利益がほとんど増えていません」


 収支表を指す。


「産地から王都まで運び、王都の倉庫へ入れ、小分けにして各店へ卸している。売る量が増えるほど、運送と保管にお金がかかっています」


「ですが、値段を上げれば売上が落ちる可能性がございます」


「そうですね」


 それなら、値段を上げることが答えではない。私は購入者一覧へ戻った。


「この商品、何に使う方が多いのですか?」


「煮出して飲むのが一般的ですが、香りが強いので湯に入れる方もおります。それから――」


 話を聞く。分からないところを尋ねる。次に仕入れ担当を呼んだ。加工前の薬草も取り寄せた。産地を地図で確認する。


 一日では終わらなかった。翌日も資料を見た。その次の日には運送担当から話を聞いた。地図の上で輸送経路を追っていると、気になる場所があった。


「ここに、大きな療養院がありましたよね?」


「ございます」


「こちらは?」


「鉱山です」


「鉱夫は何人くらいですか?」


 担当者が資料を探し始める。私は地図を見たまま待った。王都へ運ぶ前に、売れる場所があるのではないか。必要としている人間の近くを通り過ぎて、わざわざ高い金を払って王都まで運んでいるのではないか。


「一度、現地の需要を調べてください」


「現地、でございますか?」


「はい。療養院だけでなく、鉱山や宿、共同浴場でも、この薬草を日常的に使いたいと思う人がいるのか、まず調べたいです」


「かしこまりました」


「それから、全部を王都へ運ぶ前提も一度外してください。産地の近くで加工して、そのまま近隣へ卸した場合の費用も出してください」


 担当者が書き留める。私は次の資料へ手を伸ばした。


 机の端には、以前より空いた場所が増えていた。そこには少し前まで、ワポーレ侯爵家の事業資料が積まれていた。東工房で進めていた高級織物。保存食の改良。運送事業の再編。金属加工品の新しい販売先。


 成人が近づいてから、将来嫁ぐ家のことを知るために少しずつ関わり始め、ここ数年は実際の事業資料まで見るようになっていた。


 進めていた仕事が途中で終わったことは惜しい。高級織物は、もう少しで試作品が完成するところだった。保存食も、もう少し試せば保存期間を延ばせそうだった。けれど。もう私の仕事ではない。


 私は空いた場所へ、薬草商品の資料を置いた。


「お嬢様」


「はい?」


「現地へ確認を取るのに、少し時間がかかるそうです」


「構いません。急いで間違えるより、その方がいいです」


「承知しました」


 担当者が出ていく。夕方、父が様子を見に来た。机いっぱいに広がった資料を見て、呆れたように笑う。


「一件だけ渡したはずなんだがな」


「一件ですよ」


「ずいぶん増えたな」


「必要だったので」


「何か見つかったか?」


「まだ仮説です」


「聞こう」


 私は地図を父の方へ向けた。


「王都で売ることにこだわりすぎている気がします」


「ほう」


「商品ではなく、売る場所を変えてみます」


 父が地図を見る。少しして、口元を緩めた。


「任せる」


 私は王都から伸びる街道を指でなぞった。売れない商品ではない。売る相手を、間違えているだけかもしれない。


「まずは、ここから試します」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。