4話
異世界訪問の翌日。
鈴木に内緒で単身異世界へと戻り、街をウロウロと歩き回っている田中の姿があった。
手元の管理者用タブレットの画面を、不満そうにペシペシと叩く。
「はぁ……こういう時には全く役に立ちませんね、この機械」
登録された転生者ではない現地の人間は、マップに反応が表示されない。
ぼやいていても仕方がないので、田中は誰かに道を聞くことにした。
ちょうど向こうから、どこか見覚えのある男が歩いてくる。
「あっ、すみませ〜ん! あの、エレオノーラという人を探しているんですが……って、あれ?」
「ん? エレオノーラって、あの公爵家の令嬢のことかい? あそこの令嬢は最近、良くない噂が多いから近づかない方がいいぞ。……って、どうかしたのかい?」
「い、いえ、なんでもありません! どこにいるのか知りませんか?」
「屋敷なら、あっちの通りを真っ直ぐ行った先にあるけど……本当にやめといた方がいいぞ」
「大丈夫です。ありがとうございました!」
田中は男にお礼を言うと、教えられた道を急いだ。
走りながら、小さく首を傾げる。
「……あの人、本当にどこにでもいるんだなぁ」
辿り着いた屋敷の門の前。
田中が息を整えていると、ちょうど門の奥から、沈んだ表情のエレオノーラが歩いてくるのが見えた。
「おーい! エレオノーラさーん!」
「……え? 何かしら」
声をかけられたエレオノーラが、ゆっくりと門までやって来る。
「よかった〜、見つかって!」
エレオノーラはパチパチと瞬きをした。
「あなたは確か、昨日の……田中さん?」
「はい、田中です!」
「昨日はお話を聞いてくださって、ありがとうございました。今日は一体どうされたのですか?」
「エレオノーラさんのことが気になって。あれからあのリリアンに、何かされませんでしたか?」
エレオノーラは寂しげに微笑み、首を振った。
「いえ、あの後は何もありませんでしたわ。……立ち話も何ですから、よろしければ中へどうぞ。お茶でもいかがですか?」
「えっ、いいんですか? お邪魔します!」
二人は屋敷の応接室へと入り、紅茶を飲みながら話を始めた。
「田中さんは、リリアンさんのことをご存じなのですか?」
エレオノーラが紅茶を注ぎながら尋ねる。
「えっ、いや〜……まぁ何というか、説明が難しいんですけど……」
田中が歯切れ悪く誤魔化すと、エレオノーラはそれ以上追及せず、優しく微笑んだ。
「何か、人には言えない深い事情がおありのようですね。分かりました。深くは聞かないでおきましょう」
彼女の優しさに触れ、田中の緊張もすっかり解けた。
数分後。
「実はですね、前の仕事の時に、こーんなに大きいドラゴンがいましてね! 鈴木さんがそれをボカーンって蹴り飛ばしたんですよ!」
「まあ! そんなに大きいのですか? 鈴木さん、見かけによらずお強いのですね」
身振り手振りを交えながら楽しく話に花を咲かせていると、突如、田中のタブレットから電子音が鳴り響いた。
ピピッ、ピピッ。
天国への帰還を促す定時連絡だ。
「あら、何の音でしょう?」
「あっ、すみません! そろそろ戻らないと……」
「そうですか……少し残念ですわ」
名残惜しそうにするエレオノーラに、田中は思わず尋ねた。
「あの〜……また、様子を見に来てもいいですか?」
エレオノーラは一瞬目を見開き、それから今日一番の笑顔を浮かべた。
「はい! ぜひ、またいらしてください!」
嬉しそうに屋敷を後にする田中。
その背中を、屋敷近くの物陰から冷たい目で見つめているリリアンがいることには、誰も気づいていなかった。
数日後。
「今日はどんな話をしょうかな〜」
上機嫌で街を歩いていた田中は、ふと周囲の異様な雰囲気に気づいた。
街の住人たちが、何やら血相を変えて一箇所へ向かって走っている。
田中は、近くを走っていた男の袖を慌てて掴んだ。
「あの、何かあるんですか? ……って、あれ?」
振り返ったのは、先日道を聞いたあの男だった。
「おや、君は確かこの前の子かい? 君は行かないのかい?」
「皆、どこへ行くんですか?」
「知らないのかい? 今日は集会所で、国家反逆罪に問われたエレオノーラ令嬢の『処刑』をやるらしいぞ」
「……っ!? なんでですか! 彼女が何をしたっていうんですか!?」
田中の声が裏返る。
「いや、俺もよくは知らないよ。ジーク王子が急に決めたからな……。おい、どこへ行くんだい!?」
男の声を背に、田中は全力で走り出していた。
頭の中が、怒りと焦りで真っ白になる。
走りながらタブレットを操作し、自分に管理者コードを展開した。
街の中央集会所の広場。
大勢の群衆が冷ややかな目で見守る中、中央には縄でぐるぐる巻きにされ、地面に膝をつかされたエレオノーラの姿があった。
その隣には、大剣を構えた兵士が立っている。
しばらくして、豪華な衣装をまとったジーク王子が前へ出た。
「この女エレオノーラは、他国に通じて国家転覆を図ろうとした大罪人である! そうだろう、エレオノーラ!」
エレオノーラは涙を流しながら叫んだ。
「そんな……わたくしは、そのようなこと、断じてしておりません!」
「嘘を申すな! 既に証人もいるのだぞ。連れてこい!」
王子の指示で、縄で縛られた見知らぬ男が連れてこられる。
「お前に国家の機密情報を渡したのは、この女で間違いないな?」
男は怯えながらエレオノーラを指さした。
「は、はい! この女です! 俺は命令通りに動いただけです。正直に言ったんだ、命だけは勘弁してください!」
「お待ちになってください! わたくし、このような方、お顔も存じ上げません!」
「まだ言い訳をするか! もういい。国家反逆罪につき、これより斬首に処す! やれ!」
ジーク王子の号令が下る。
隣にいた兵士が、大剣を振り上げた。
エレオノーラは恐怖に目を閉じる。
巨大な刃が振り下ろされた。
ガキィィンッ!!!!
凄まじい衝撃音が広場に響き渡る。
「……え?」
エレオノーラが恐る恐る目を開けると、そこには兵士の振り下ろした大剣を片腕で受け止めている田中の後ろ姿があった。
「はぁ、はぁ……! よかった、間一髪……!」
「田中さん、どうして……!?」
「話はあと! 急いで逃げるよ!」
田中は迫り来る兵士の胸元を思い切り蹴り飛ばした。
ドゴォン!
兵士が凄まじい勢いで壁まで吹っ飛ぶ。
その隙に、田中はエレオノーラをひょいと担ぎ上げた。
「な、何をしている! 不審者だ、追え! 追うんだ!!」
ジーク王子の怒号が響く。
しかし、肉体強化された田中の足に追いつける者などいるはずもない。
エレオノーラを担いだまま一瞬で街を駆け抜け、田中はヘブンズゲートを開いて天国へと逃げ帰った。
遠くの塔の上。
その様子を忌々しそうに見つめていた渡辺結衣が、チッと舌打ちをした。
「あいつ、余計なことしてくれて……」
現在。
天国日本支部・異世界転生課事務所
。
「……それで、お役所の許可も取らずに、現地の人間をここに連れてきたと」
一連の経緯を聞き終えた鈴木は、頭を抱えて深いため息をついた。
「だから言っただろ、お嬢ちゃん。異世界の連中のことに首を突っ込んでたらキリがないって」
「でも! ほっといたらエレオノーラさんは、あの転生者のデタラメのせいで処刑されてたんですよ! 見殺しになんてできません!」
田中が涙目で言い返す。
「まあまあ二人とも、落ち着きなさい」
佐藤が間に入り、二人を席に座らせた。
「今はこの子の安全もそうだけど、あの転生者をどうするかも考えないといけないわね」
鈴木が眉をひそめる。
「いやいや、こっちの問題の方が先だろ。転生者を連れて帰ったら、この子の帰る場所が無くなるんだぞ」
「え? どういうことですか、鈴木さん?」
田中が不思議そうに首を傾げると、佐藤が代わりに答えた。
「紬ちゃん、あの異世界は渡辺結衣を転生させるために作られた世界なの。だから、渡辺結衣をこちらへ連れ戻したら、あの世界はシステム的に消滅してしまうのよ」
「そんな……! でも、エレオノーラさんをこのまま元の世界に帰らせたら、また捕まって処刑されちゃいますし、渡辺さんを連れ戻したら、帰る場所そのものが無くなっちゃうってことですか!?」
重苦しい沈黙が流れる。
佐藤はソファから立ち上がり、エレオノーラの前にしゃがみ込むと、優しく目を覗き込んだ。
「う〜ん……ねぇ、あなたはどうしたいの? 元の世界へ戻っても、渡辺結衣をこちらへ連れ戻せば、あの世界そのものが消えてしまう。ここに残るにしても、今後どうなるか分からないわ。天国は死人の場所だしね」
エレオノーラは涙を堪えながら、真っ直ぐに佐藤を見つめた。
「……わたくしには、もう帰る場所がありません。皆さんがおっしゃっている難しい話はよく分かりませんが、戻ったところで、また理不尽に捕まってしまうのでしょう……。でも、わたくしは生きたいです。あんな、誰の心にも届かない、無実の罪での最後なんて嫌です!」
彼女の悲痛な、それでも強い覚悟を聞いた佐藤は、ポンと手を叩いて満面の笑みを浮かべた。
「よし、わかった! この子の身柄は、私が何とかしてあげるわ!」
鈴木が慌てて身を乗り出す。
「おいおい、そんな軽く引き受けていいのか? 後で何が起こるか分からねぇんだろ?」
佐藤はフンと鼻で笑い、鈴木をキッと睨みつけた。
「男がグチグチ言ってんじゃないよ! それより、あんた達は他にやることがあるでしょ! さっさとあのルール違反の転生者を引っ張ってきなさい!」
「ちょっと待てよ。執行期限までまだ数日はあるぞ。本当に今から行っていいのか?」
「話を聞いた感じだと、あの渡辺って子、一週間待っても改善する見込みなんてゼロでしょ。いいわよ、今すぐしょっ引いてきなさい」
「……へいへい、しょうがねぇな。行くぞ、お嬢ちゃん」
「はい! 分かりました、行きましょう!」
田中はエレオノーラに向き直り、力強く頷いた。
「エレオノーラさんは、ここで安全に待っていてくださいね」
「はい……! お二方とも、どうかお気をつけて」
二人がドアへ向かおうとすると、佐藤がパチパチとパソコンを操作し、資料画面を表示した
。
「渡辺結衣。天国から与えられたチートは、『男を洗脳・魅了する能力』ね。今まさに街の男たちを総動員して、あなたたちを迎え撃つつもりみたいよ」
鈴木がジト目で佐藤を睨む。
「……そんな重要なこと分かるなら、普段から教えてくれよ」
「プライバシーとかコンプライアンスとか、いろいろあるのよ。今回は特別。……気を付けなさいよ。あんたも中身はおじいちゃんだけど、一応『男』なんだから。洗脳されないようにね?」
「わかったよ。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ。あーあ、天国も面倒くせぇなぁ」
鈴木と田中は現実逃避ドアをくぐり、再びあの異世界へと足を踏み入れた。
異世界・公爵邸周辺。]
「さて、どうやって突入するかねぇ、お嬢ちゃん……って、おい!」
鈴木が言い終えるより早く、田中は鬼のような形相でタブレットを操作する。
「お嬢ちゃん?」
返事はない。
管理者コードを自分に展開した田中は、そのまま凄まじい砂煙を上げて、一人で屋敷へと駆け出していった。
「行っちまったな。全く、どうしちまったんだ、あの子は……。あれ? 俺の分の管理者コードを入れないで行っちまったのか!? はぁ、歩いて行くしかないか……」
置いてきぼりにされた鈴木は、トボトボと徒歩で後を追う羽目になった。
その頃、田中は一人、爆走していた。
「ここにいるのね……! 待ってなさいよ、渡辺結衣!」
巨大な屋敷の入り口に、田中が仁王立ちで現れる。
その姿を二階のバルコニーから眺めていた渡辺結衣は、不敵に笑った。
「随分と早かったわね。まぁいいわ。あなた達! あの生意気な女を捕まえなさい!」
リリアンに魅了され、目を血走らせた大勢の兵士たちが、一斉に田中へ襲いかかる。
しかし、キレた田中には、彼らの攻撃など止まっているようにしか見えなかった。
「邪魔よ、どきなさい!!」
向かってくる兵士たちの顔面や胸元を次々と張り倒しながら、田中は屋敷の中を突き進んでいく。
やがて、タブレットが示すターゲットの反応がある、最奥の大きな扉の前に辿り着いた。
「行くわよ!!」
ドガァァァン!!!
頑丈な扉を蹴り破って突入する。
「ひっ……!?」
豪華な部屋の奥で優雅にお茶を飲んでいた渡辺結衣が、悲鳴を上げて椅子から転げ落ちた。
「やっと見つけました。観念しなさい。私はあなたを、絶対に許しませんから」
髪を逆立てんばかりの威圧感で近づいてくる田中に、渡辺結衣は必死に声を荒げた。
「な、何よ! ここは私の世界なのよ! 何をしたって私の自由じゃない! それに、私はあなたには何も迷惑をかけていないわよ!?」
「あなたが、エレオノーラさんにした数々の理不尽を、忘れたんですか!?」
「だから何だっていうのよ!? あんな現地の人形、この世界の一部でしょ? 私の退屈を紛らわせるための、ただのオモチャじゃないのよ!!」
その言葉を聞いた瞬間、田中の表情から感情が消えた。
「この、バカヤローッ!!!!」
振り抜かれた平手が、渡辺結衣の頬に炸裂する。
パァァァン!!!
激しい衝撃音が部屋に響き渡った。
渡辺結衣はコマのように回転して床に叩きつけられ、そのまま白目を剥いて気絶する。
同時に、彼女が維持していた男たちへの洗脳が解け、周囲の兵士たちがざわつき始めた。
田中は「ふぅ」と息を吐くと、気絶した渡辺結衣の襟元を掴んで引き起こした。
「さぁ、天国へ帰りましょうか」
数十分後。
屋敷へと続く一本道を、一人トボトボと歩いている鈴木の姿があった。
「はぁ〜……あとどれくらいで着くんだ? ……おっ」
向こうから、白目を剥いて気絶した渡辺結衣を肩に担いだ田中が、すっきりした顔で歩いてくる。
「鈴木さ〜ん! 捕まえてきましたよ〜!」
鈴木は苦笑いしながら二人を出迎えた。
「おう、向こうも無事だったみたいだな。……まあ、相手は無事とは言い難そうだが。こっちは歩き疲れたぜ」




