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3話

きらびやかな屋敷。


薔薇が咲き乱れる美しい中庭の片隅で、一人の美しい金髪の令嬢が、顔を覆って身を震わせていた。


「ここにいたのか、リリアン。何かあったのか?」


心配そうな声をかけて近づいてきたのは、眩いばかりの金糸の衣装をまとった、この国の王太子ジークハルトだった。


呼ばれた少女、リリアンは、慌てて涙を拭うような仕草をして顔を上げる。


「……ジーク王子。いいえ、なんでもありませんわ」


「泣いているではないか! 隠さずともいい。もしやまた、エレオノーラに何かされたのか!?」


「いいえ、お気になさらずに。私は平民出身の不届き者ですから、公爵家のお嬢様に何をされても、私は大丈夫ですから……っ」


リリアンは健気に微笑んでみせ、そのままジーク王子の胸へと飛び込んだ。


「そうはいかん! 私の愛しいリリアンに、またしても手を出すとは……あの悪女め、絶対に許さんぞ! 私が直接、きつく文句を言ってやる!」


憤慨するジーク王子は、優しくリリアンを抱きしめた。


王子の腕の中に埋もれたリリアンは、彼に顔が見えないのをいいことに、その口元を「ニタァ……」と醜く歪めていた。


「はぁ……」


中世ヨーロッパ風の、どこか既視感のある大きな街並み。


その大通りを歩きながら、鈴木は相変わらずのテンプレ風景に、早くもウンザリした表情を浮かべていた。


「で、今日のお客様はどんなやつだ?」


「えーと、今回の転生者は渡辺結衣さん。女性ですね」


隣を歩く田中が、タブレットの資料をめくりながら答える。


「女か。男の暴君とは、また違った面倒がありそうだな」


「まぁまぁ。とりあえず、現地の雰囲気に合わせて私たちの服装だけ変えておきますね」


田中が画面をポンと叩くと、二人の服装が一瞬で現地の仕立ての良い旅装へと切り替わった。


「位置を確認しました。こっちです」


二人は賑わう市場を通り抜け、街の一等地にある、ひときわ巨大で豪華な敷地の前に到着した。


鈴木が大きな鉄格子の門を見上げる。


「こりゃあデカいなぁ……。この中にいるのか? どうすんだ、アポなしだぞ。普通に門前払いされそうだが」


「そうですね、どうやって入り込みましょうか……」


二人が門の前で相談していると、突然、屋敷の奥から一人の女性が激しく泣きながら走って出てきた。


その女性は前をよく見ておらず、門から飛び出した勢いのまま、鈴木の胸へとぶつかった。


「うぉっ!? ってぇ、なんだいきなり」


よろめいた鈴木の手をすり抜け、ドレス姿の女性はそのまま街の方へと走り去ってしまう。


鈴木は服の埃を払いながら首を傾げた。


「もしかして、今泣きながら走っていったのが、例の転生者か?」


田中は手元のナビを確認し、首を振る。


「いえ、転生者の反応とは違うみたいです。……でも、追いかけましょう!」


「なんでだよ。ほっときゃいいだろ。転生者じゃないなら関係ない」


「でも、さっきの人、ボロボロ涙を流して泣いてましたよ!?」


田中は鈴木の腕をぐいぐいと力任せに引っ張った。


「いいから行きますよ! ここで突っ立ってたって、まともな潜入案なんて出ませんし!」


「わかった、わかったから引っ張るな。服が伸びる」


大通りの喧騒から外れた静かな路地裏に、先ほどの女性がポツンと佇んでいるのが見えた。


「あっ、いましたよ。あそこあそこ! 鈴木さん、話を聞いてみましょうよ」


田中を先頭に、二人は静かに彼女へと近づいた。


田中は懐から清潔な白いハンカチを取り出し、そっと差し出しながら声をかける。


「あの~、どうかしたんですか?」


ドレスの女性はハッと肩を震わせ、涙を指で拭いながら顔を背けた。


「……いいえ。お気になさらずに」


「そうは言いますがね、お嬢さん。さっきは物凄い勢いで私にぶつかってきて、謝罪の一言もないまま走り去るというのは、いかがなものでしょう?」


鈴木が少し意地悪く、けれど柔らかいトーンで言うと、女性は顔を真っ赤にして深く頭を下げた。


「あっ……先ほどは、大変なご無礼を。申し訳ございません」


「まぁ、怪我もありませんし。これも何かの縁だ。良ければ、その涙の理由をおじさんに聞かせてください」


「私は田中で、こちらは鈴木さんです」


女性は二人の穏やかな雰囲気に少し安心したのか、ドレスの裾を上品につまんで頭を下げた。


「……あっ、申し遅れました。わたくし、エレオノーラ・フォン・ロズベルグと申します。エレオノーラで構いませんわ」


「それで、エレオノーラさん。一体何があったんですか?」


エレオノーラは再び瞳に涙を溜め、悔しそうに唇を噛んだ。


「ええ……わたくし、ジーク王子から、身に覚えのない無実の罪で、酷いお叱りを受けまして……」


「ジーク王子?」


「この国の王太子、ジークハルト・ルミナス・アルカディア様ですわ。……お二方、そのお名前をご存じないということは、旅の方なのですか?」


「あー……まぁ、そんなところです」


田中が苦笑いで誤魔化す中、鈴木はそっと田中の袖を引いて耳打ちした。


「おいお嬢ちゃん、いつまで関係ない現地の話を聞く気だ? さっさと渡辺結衣を……」


「鈴木さん、まだこれからじゃないですか! 静かにしててください!」


田中は鈴木を鋭い目つきで一喝すると、再び優しい顔でエレオノーラに向き直った。


「はぁ……。わたくし、ジーク王子とは幼少期からの婚約者だったのですが……数ヶ月前、王子が『リリアン』という女性を連れてきてから、全てがおかしくなってしまったのです。二人が公に寄り添うことが多くなり、やがて王子はわたくしとの婚約を一方的に解消し、リリアンと新しく婚約を結びました」


「なんですかそれ! 最低、酷いじゃないですか!」


田中が自分のことのように拳を握りしめて憤慨する。


「それだけなら、まだよかったのです。ですが……それ以来、なぜかわたくしがリリアンに嫌がらせをしているという噂が立ち、王子からも、婚約を解消された腹いせだろうと決めつけられ、一切話を聞いてもらえないのです。わたくしは、本当に何もしていないのに……っ」


その話を聞いていた鈴木は、フッと冷ややかな表情になり、田中の肩を叩いた。


「おい、お嬢ちゃん。そのリリアンってやつ、もしかしたら……」


「そうかもしれませんね」


田中もいつになく真剣な表情で頷くと、管理者用タブレットを操作し、ある人物の顔写真を画面に大きく表示させた。


「エレオノーラさん。もしかして、この国にいる『リリアン』って……この人ですか?」


エレオノーラが画面を覗き込む。


「……!? な、なんですの、その光る板は……。あ、でも、間違いありませんわ。この方がリリアンさんです!」


タブレットに写っていたのは、渡辺結衣の写真だった。


「やっぱり……!」


田中はタブレットを閉じ、エレオノーラの手を優しく握った。


「エレオノーラさん。私たち、どうしてもそのリリアンという方に会いたいんです。会わせてもらうことはできますか?」


「どうでしょうか……彼女はいつもジーク王子の傍にいますから。でも、お茶の準備などで、ほんの少しだけ一人になる時間なら、会えるかもしれませんが……」


「それで十分です。構いません。お願いします」


エレオノーラの案内で、三人は再び先ほどの大きな公爵邸へと向かった。


田中が鈴木にドヤ顔で囁く。


「やりましたね、鈴木さん」


「ああ、お手柄だなお嬢ちゃん」


鈴木は口元を緩ませ、田中の頭を軽く小突いた。


屋敷の勝手口の横。


「様子を見てきます。ここで待っていてください」


エレオノーラが言い残し、中へと忍び込んでいく。


数分後、彼女がそっと手招きをした。


「今なら、リリアンさんは中庭で一人きりですよ。お早めに……!」


「ありがとうございます!」


鈴木と田中、そしてエレオノーラは足音を潜めて、素早く中庭へと進んだ。


そこには、先ほどまでジーク王子と抱き合っていたリリアンが、退屈そうに爪を眺めながらベンチに座っていた。


「リリアンさん。あなたにお客様よ」


エレオノーラが毅然とした態度で声をかけると、リリアンは面倒くさそうに顔を上げた。


「あらエレオノーラ。さっき王子に怒鳴られて飛び出して行ったばかりなのに、這い上がってくるのが早いのね。……って、後ろの変な服を着た二人は誰かしら?」


鈴木が一歩前に出た。


「リリアンさん。いや……『渡辺結衣』さんの方がよろしかったですか?」


その瞬間、リリアンの顔から余裕が綺麗さっぱり消え失せた。


ガタッとベンチから立ち上がり、二人を鋭く睨みつける。


「あんた達……何者よ! なんで私の名前を知ってるの!?」


「私共は……」


「天国日本支部・異世界転生課です!!」


田中が鈴木の言葉を強引に遮り、怒りの形相で一歩前に踏み出した。


「な、天国……!?」


「渡辺さん。随分好き勝手にやってくれているみたいですね!」


いつもは大人しい田中の、見たこともない気迫のこもった叱責。


これには隣の鈴木も少し引いている。


リリアンはチッと派手に舌打ちをすると、開き直ったように腕を組んだ。


「何よ、そこの哀れな負けヒロインから話を聞いたわけ? 別にいいじゃない。ここは天国が私にくれた『私の世界』よ! 私が誰をハメようが、誰を溺愛させようが、私の勝手でしょ!?」


「ですが! 転生制度には最低限の利用ルールというものがあります! 他人の人生を不当に歪め、冤罪で陥れる行為は明らかな規約違反です!」


「今回は警告です! 次回までにその態度と行動を改善してもらえなければ、相応の対応をとらせてもらいます! 一週間後、また伺いますからね!」


田中はそれだけ激しいトーンで言い放つと、リリアンの返事も待たずに歩き出す。


「鈴木さん、戻りますよ!」


鈴木の腕を引いて、怒髪天を衝く勢いで屋敷を去っていった。


屋敷の敷地を出て、街の通りへと戻る道すがら。


鈴木はやれやれと首を振りながら、隣でまだフンスフンスと鼻息を荒くしている相棒の顔を覗き込んだ。


「おいおい、今日はどうしたんだ? いつものお嬢ちゃんらしくない、随分とお怒りじゃないか」


田中はむくれた顔で地面を蹴った。


「……だって、エレオノーラさん、本当に可哀想ですよ! あんなに良い人なのに、転生者の我が儘のせいで人生めちゃくちゃにされるなんて、絶対におかしいです!」


鈴木はポケットに手を突っ込み、前を見据えたまま息を吐く。


「ハァ……。お嬢ちゃん、冷たいようだけどな、異世界の連中の事情にいちいち私情で肩入れしてたら、キリがないぞ。俺たちはあくまで管理人だ。ルール違反を取り締まるのが仕事だろ」


「わかってます、わかってますけど……!」


納得のいかない田中は、むう、と頬を膨らませてそっぽを向いた。


その頃、公爵邸の中庭。


静まり返った空間で、リリアンは未だにそこに立ち尽くしているエレオノーラに、ゆっくりと近づいた。


その目は、先ほどまでの可愛らしいヒロインの面影など微塵もない、冷酷な光を放っている。


「ねぇ、エレオノーラ。あなた……さっきの不気味な二人組に、一体何を話したの?」


「そ、それは……わたくしは、ただ事実を……」


怯えるエレオノーラを見下しながら、リリアンは「ふぅ」と深くため息をついた。


HEAVEN』3話


「天国の管理人ねぇ……。あの女、一週間後とか言ってたっけ。せっかく手に入れたお気に入りのオモチャだったけど、邪魔が入るなら仕方ないわね。……まあ、そろそろ飽きてたし、新しいオモチャでも探そうかしら?」


リリアンは不敵に微笑むと、次のターゲットを選ぶように怪しく目を細めた。


翌日。


天国日本支部・異世界転生課の事務所。


お茶をすすり、デスクで思い切りだらけている鈴木。


「はぁ……お嬢ちゃん、今日も遅いな。一体どこで何をしているのかねぇ」


ソファで新作のスイーツを突っついていた佐藤課長が、顔を上げてフフッと笑う。


「まあいいんじゃない? うちの課にはタイムカードも無いんだし」


「ま、ノルマもねぇから気楽なもんだしな」


鈴木が背伸びをした、その時だった。


バァン!!


壊れそうな勢いで事務所の重い扉が開き、田中が息を切らしながら飛び込んできた。


「はぁ、はぁ、はぁ……! た、ただいま戻りましたっ!」


「おうお嬢ちゃん、遅かったな。って……おい」


鈴木は伸びをしたまま固まった。


田中のすぐ後ろ、オフィスの入り口に、場違いな中世風の豪華なドレスを着た少女が、おどおどと立ち尽くしていたからだ。


「あの子はたしか、昨日の異世界でぶつかってきた……エレオノーラじゃないのか? どうしてここにいるんだ?」

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