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2話

「はぁ……」

一見、どこまでも穏やかでのどかな中世風の街並み。

その中央広場で、鈴木は本日二度目となる深いため息をついた。

「目標までは、もう少しか?」

「はい、今回はすんなり会えそうですね」

相棒の田中が、管理者用タブレットの画面を小突いてマップを確認しながら、街外れの方へと歩き出す。

のんびりとした石畳の道を歩いていると、すれ違いざま、街の住人のおじさんが不審そうに足を止め、二人に声をかけてきた。

「おい、あんたらこの先に行くつもりなのか? 危ないから、行かない方がいいぞ」

鈴木は愛想笑いを浮かべながら、おじさんの顔をまじまじと見つめた。

「どうしてですか? って……あれ? あなた、どこかでお会いしませんでしたか?」

おじさんは眉をひそめて首を振った。

「何言ってんだ? アンタのことなんか知らないぞ」

「お嬢ちゃんもほら、見たことないか? ほら……」

田中も立ち止まり、おじさんの顔をじっと観察する。

「そうですねぇ……確かにどこかで見た気はするんですけど、どこだったかなぁ? 髪型とか服装とか完全に一致してる気が……」

「おかしな奴らだな。まあいい、この先にモンスターを手懐けて放し飼いにしてる奴がいるんだよ。噛みつかれる前に、さっさと離れた方がいいぞ」

おじさんはそれだけ言い残すと、そそくさと去っていった。

田中がタブレットに視線を戻す。

「どうやら、今回の転生者の方はこの先にいますね。行きましょう」

「さっさと話をして終わらすか。おじさん、忠告ありがとうございました」

遠ざかるおじさんの背中に鈴木が手を振る。

「おいおい、どうなっても知らねえぞ」

呆れた声だけが返ってきた。

二人はそのまま街外れへと向かった。

しばらく進むと、頑丈な丸太で組まれた背の高い柵が見えてきた。

どうやら私有地らしく、その向こうにはかなり広い敷地が広がっている。

そして、その中を歩き回っているものを見て、鈴木は足を止めた。

鋭い牙を持った、大きな狼のようなモンスター。

一頭や二頭ではない。何十頭もの群れが、柵の中を自由に歩き回っている。

どの個体にも首輪や鎖は付けられていない。完全な放し飼いだった。

鈴木は引きつった顔で柵を見上げる。

「おいおい……この中に入っていくのか?」

「ナビによると、どうやらあの奥にある建物の中みたいですよ」

「どこから入りゃいいんだ? 入り口なんてあるのか?」

二人が入り口を探して柵の周りをうろうろしていると、一頭の狼型モンスターがぴくりと耳を動かした。

続いてもう一頭。

やがて群れの視線が、一斉に二人へ向けられる。

グルゥゥゥ……。

低い唸り声。

そして、

「バウッ! ガルルルルッ!!」

「うおっ! びっくりした!」

鈴木が思わず一歩下がる。

「きゃあ!」

田中も胸を押さえて身をすくませた。

その騒ぎに気づいたのだろう。

敷地の奥にある平屋の建物から、ひょろっとした若い男が慌てて飛び出してきた。

「みんなどうした? また街の連中が文句を言いに来たのか? ――あれ? どちらさんですか?」

転生者を見つけ、鈴木が落ち着きを取り戻して声をかける。

「ああ、どうも。異世界転生課の鈴木です」

「同じく、田中です。小林拓也さんで間違いありませんね?」

男、小林は自分の本名を呼ばれて目を丸くした。

「そうだけど……異世界転生課って何だ? 一体何の用だよ」

説明もそこそこに、鈴木が話を続ける。

「はい。小林さん、貴方のここでの行動について、改善のお願いにあがりました」

「改善って何のことだよ?」

小林が不機嫌そうに腕を組む。

鈴木は、今なおこちらへ向かってガルガルと唸っている狼たちを指さした。

「手短に言うと、これのことですね」

「こいつらが何だって言うんだ! 俺は『無限モンスターテイム』の能力をもらって、こいつらと静かに暮らしてるだけだ! 何も問題は起こしてないぞ!」

「ですがねぇ、首輪も付けていないようですし、この柵の強度もどうなっていますか?」

「くっ……」

小林は言葉を詰まらせ、鈴木を忌々しそうに睨みつけた。

鈴木はそれ以上追及せず、事務的に頭を下げる。

「一週間後にまた伺いますので、せめて最低限、こいつらを鎖で繋ぐなりの管理をしておいてください。それじゃ」

二人は踵を返し、街へと引き返した。

その道すがら、鈴木が顎に手を当てる。

「少し、街で詳しい話を聞いてみないか?」

田中が不思議そうに小首を傾げた。

「何か気になりましたか?」

「いや、具体的な被害が出てないか気になってな。あの男の言い分だけじゃ判断できん」

二人は再び街へ戻り、住人たちに聞き込みをして回った。

ベテランサラリーマンだった鈴木の世間話のスキルは、こういう時に遺憾なく発揮される。

『あそこの柵、手作りだからよく壊れるんだよ。だから時々街に逃げ出してきたりして、本当に危なくてしょうがないんだ』

『一回、逃げ出したモンスターを街の若い衆が囲んで殺したことがあってさ。あの男、自分のペットが殺されたって大激怒して、街の人間と大揉めになったんだよ』

『そういえばあの男、よく一人で険しい山の中に入っていくのを見たわ。何をしているのかは、さっぱり分かりませんけど……』

『この前、山の奥の方で、時々空を飛ぶバカデカい影を見たって猟師が言ってたぞ』

少し聞き込みをしただけで、次々と問題が出てくる。

鈴木は聞いた内容を書き留めていたメモを閉じた。

「――よし、こんなもんでいいか」

田中が感心したように頷く。

「いろいろ聞けましたね。しかも、思った以上に街での評判が良くないみたいです」

「まともな管理が出来てないみたいだしな。それじゃ、一旦帰りますか」

*

翌日。

天国日本支部・異世界転生課のオフィス。

「昨日は大変でしたね。あの狼、かなりの数がいましたし……」

田中がお茶を淹れながら、昨日の現場を思い出して身震いした。

鈴木はデスクでパソコンの画面を眺めながら愚痴る。

「ああ、あれだけの数を相手にするのは骨が折れそうだな。中身70歳のジジイに動物の相手はきつい」

「でも、まだ一週間の猶予がありますから。小林さんがちゃんと鎖に繋いでくれれば、実力行使にならずに済みますよ?」

「街での話を聞いた感じと、あの頑固な様子じゃ無理そうだがな」

そこへ、部屋のドアが軽快に開いた。

「おはよ~。今日は二人とも早いわね、どうかした?」

入ってきたのは、佐藤だった。

「おはようございます。昨日の現場の件を話してたんです」

「昨日の現場の話? どれどれ……」

佐藤は鈴木のパソコンの画面を覗き込み、小林の行動ログをスクロールしていく。

「ふんふん……あー、これはダメかもしれないわね。住人とトラブルも起こしているみたいだし」

鈴木は椅子を回転させ、やれやれと肩をすくめた。

「ま、そういうこった。さて、一週間後、あのデカい犬共をどうするかだな」

*

一週間後。

再び、街外れの柵の前。

「まぁ、あの犬共を管理者コードでぶっ飛ばして、サクッと捕まえればおしまいだろう」

鈴木は肩を回しながら、軽い足取りで歩いていく。

「お嬢ちゃん、いつもの奴を忘れるなよ」

「はい、これで入りましたよ!」

田中がタブレットの画面をタップする。

管理者コードが展開され、二人の身体能力が強化された。

「さて、奴はいるかねぇ?」

「この建物の中に反応が出てますけど……」

柵の中を覗き込む。

状況は、一週間前と何も変わっていなかった。

狼たちは相変わらず首輪も鎖もないまま歩き回っている。

それどころか、以前よりも殺気立っているように見えた。

「仕方ない。まずはコイツらの躾をしてから行くか。お嬢ちゃんはここで待っていな」

鈴木は中世の服の襟元を、かつて現世でネクタイを締め直していた時のようにいじると、一人で堂々と柵の中へ入っていった。

侵入者に気づいた狼たちが、一斉に鈴木へ顔を向ける。

次の瞬間、何十頭もの狼が牙を剥き、四方から襲いかかった。

「オラァッ!」

真正面から飛びかかってきた一頭を、鈴木の拳が迎え撃つ。

狼の巨体が横へ弾き飛ばされ、地面を転がった。

すぐさま横から別の一頭が食らいつこうとするが、振り向きざまの蹴りがその身体を吹き飛ばす。

鈴木は管理者コードで強化された拳と蹴りを使い、大怪我をさせない程度に加減しながら、襲いかかる狼たちを次々と叩き伏せていった。

その凄まじい騒ぎを聞きつけ、奥の建物から小林が飛び出してきた。

「ちくしょう、もう一週間経ったのか! お前らの言いなりになって捕まるわけにはいかねぇんだよ!」

小林は懐から、いかにもファンタジーな装飾が施された一本の「笛」を取り出し、思い切り吹き鳴らした。

ピーーーーッ!!!

鋭い音が響き渡る。

直後、頭上に巨大な影が差した。

バサッ、バサッ、と空気を叩くような重い羽音。

鈴木が顔を上げる。

「……なんだ?」

上空の雲を突き破り、一頭の巨大な爬虫類風のモンスターが地上へと降りてきた。

「ドラゴン……!?」

田中が目を見開く。

これこそが、街の住人が山奥で目撃していた飛行影の正体だった。

「捕まらなければ、こっちのもんだ! 行くぞ!」

小林は手際よくドラゴンの背中に乗り込む。

巨大な翼が羽ばたき、砂埃を巻き上げると、そのまま上空へと飛び上がってしまった。

「おいおい! あんなのに乗って逃げられたら、俺達の足じゃ追いかけられねぇぞ!」

「大丈夫ですよ。足も強化されてますから、走って追いかけられますよ」

鈴木は慌てて柵の外へ飛び出した。

「あいつの居場所、ここから追いかけられるか!?」

田中は素早くタブレットを操作する。

「はい、大丈夫です!」

タブレットのマップ上を、小林を示す反応が高速で移動している。

田中は空と画面を交互に確認した。

「はぁ、仕方ねえ。走って追いかけるぞ!」

「はい! ――あっちの山の方に行ったみたいです。急ぎましょう!」

二人はナビを頼りに、小林の乗ったドラゴンを追跡し始めた。

平原を駆け抜け、やがて険しい山の麓へと辿り着く。

鈴木はそびえる急斜面を見上げてぼやいた。

「おいおい、今度は登山か? ピクニックには随分と厳しそうな道だな」

「でも鈴木さん、反応はあの山の上で止まってますよ! 動いていません!」

「よし、別の所に逃げ出す前に捕まえよう」

「はい、早く行きましょう!」

二人は木々の間を跳び越えるようにして山を登っていく。

やがて、ターゲットの反応がある開けた崖の上へと近づいた。

ズズズン……。

山の空気を震わせるような地響き。

続いて、小林の怒鳴り声が聞こえてくる。

「おい、どうしたんだお前! 俺の言うことを聞け! 俺を乗せて飛べって言ってるだろ!!」

鈴木と田中は足を止め、顔を見合わせた。

崖の上へ回り込む。

そこで起きていたのは、とんでもない大惨事だった。

小林が必死に笛を吹き、ドラゴンへ何度も指示を出している。

だが、ドラゴンはそれに従うどころか、牙を剥いて小林を睨みつけていた。

そして次の瞬間、巨体を揺らしながら小林へ突進する。

ドガァン!!

「ぐぉ!!」

ドラゴンの硬い頭突きをまともに食らい、小林の身体が地面を転がる。

そのまま岩肌へ激突した。

「な、なんでだよ……! 俺がテイムしたんだぞ……!」

小林がよろめきながら顔を上げる。

しかしドラゴンは止まらない。

巨体を丸め、トドメを刺すように小林の真上へ跳躍した。

「言わんこっちゃない……!」

物陰から弾丸のように飛び出した鈴木が、落下してくるドラゴンの顔面へ、管理者コードで強化した飛び蹴りを叩き込んだ。

バキィィン!!!

凄まじい音が山中に響く。

巨体が真横へ吹き飛び、崖へ叩きつけられた。

「鈴木さん!」

「お嬢ちゃんはソイツを頼む!」

「はいっ!」

田中が小林の元へ駆け出す。

一方、ドラゴンは頭を振りながら、すぐに立ち上がった。

その目には、まだ獰猛な光が宿っている。

鈴木は拳を構え直した。

「おいおい、コイツは本気でヤバいぞ。おいお嬢ちゃん、今のうちにソイツの確保だ!」

「はいっ、今行きます!」

田中が小林の身体を担ぎ上げる。

「小林さん、身柄確保完了です!」

「グルルルァァァッ!」

ドラゴンが怒り狂い、再び鈴木へ向かって突進する。

鈴木はその巨頭をぎりぎりまで引きつけると、眉間へ重い拳を叩き込んだ。

「オラァッ!」

ドラゴンの頭が大きく揺れる。

「今だ!」

鈴木は一瞬の隙を突いて田中の元まで下がり、彼女が担いでいた小林を受け取った。

「よし、お仕事終了だ! 今のうちに逃げるぞ!」

「はいっ!」

二人はその場から一気に駆け出した。

背後からドラゴンの咆哮が響く。

それでも振り返らず、管理者コードで強化された脚力を使って山を一気に駆け下りた。

山の麓まで辿り着いたところで、田中が後ろを確かめる。

「はぁ、はぁ……これだけ離れれば、もう追ってこられないはずです。ヘブンズゲート、出しますよ!」

田中が画面をタップする。

地面が淡く光り、その中から天国へと繋がる大きな門がせり上がってきた。

小林を担いだ鈴木と田中が、その門をくぐり抜ける。

周囲の景色は一瞬で、あの世の無機質な空間へと切り替わった。

「ふぅ……」

鈴木が小林を床へ下ろし、二人は大きく息を整える。

鈴木は首を回しながらぼやいた。

「今日はかなりハードだったな。若い身体とはいえ、登山と全力疾走のハシゴは堪えるわ」

「そうですね……あんなに本気で走ったのは、あの世に来てから初めてです」

二人はぐったりした小林の身柄を別課の管理担当へ引き渡し、自分たちの異世界転生課の事務所へ戻った。

「ただいま戻りました……」

田中が力なくデスクの椅子へ座り込む。

ソファでお茶を飲んでいた佐藤が、笑顔で二人を迎えた。

「おかえり。無事だったみたいね、お疲れ様」

「はい。……でも鈴木さん、どうしてあの小林さんは、自分がテイムして呼び出したはずのドラゴンに襲われちゃったんでしょうかね?」

鈴木は椅子にもたれ掛かりながら、冷ややかに笑った。

「さあな。ことわざにもあるだろ、飼い犬に手を噛まれるってなぁ。どれだけ強力な能力を持っていようが、元の飼い主の躾がなってなきゃ、ただの危険生物の放し飼いだ」

そこで一度言葉を切り、鈴木は肩をすくめた。

「――まぁ、今回は犬じゃなくて、ドラゴンだけどな」

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