1話
目の前に広がっているのは、嫌になるほど見慣れた光景だった。
どこまでも青い空、のどかな牧草地。遠くに見えるヨーロッパ風の城下町と、いかにも「異世界ファンタジーです」と言わんばかりの、なだらかな稜線を描く山々。
そんな景色の中に、二人の若い男女、鈴木茂と田中紬が立っていた。
「またこんなところか?」
鈴木が、うんざりした顔で漏らす。
「文句言わないでください、鈴木さん。ほら、ちゃんと歩いてください」
すぐ隣では、メガネをかけた田中が管理者用タブレットの画面をパチパチと叩きながら、ツカツカと草むらをかき分けて進んでいく。
「それで、転生者はどこだ?」
田中がタブレットを操作し、ナビのような画面を確認する。
「そうですねぇ、ここから5キロってところでしょうか」
「結構あるな。もう少し近くならなかったのか?」
「誰かに見つかって騒ぎにならないようにするためには、これくらい離れてないと駄目なんですよ。服装も変えておきますね」
田中が画面をタップする。
すると二人の服が光に包まれ、いかにも中世ファンタジーといった風情の、地味な民衆の服へと変化した。
鈴木は自分の服を見下ろす。
「騒ぎを起こさないためとはいえ、代わり映えしない服だな。今度からこの服で仕事するか? そうすりゃ、いちいち変えなくても良くなるぞ」
「それはいいかもしれませんね。今度見つけてきましょうか?」
「おいおい、冗談だ。真に受けるなよ」
そんなやり取りをしながら、二人は林の中を歩いていった。
林を抜け、歩くこと5キロ。
ようやく見えてきたのは、やけに立派で巨大な城だった。
その周囲には、本来なら栄えているはずの城下町が広がっている。
だが、どういうわけか行き交う住人たちには活気がない。見るからにやつれた者や、何かに怯えるように周囲を気にしている者までいる。
「こりゃあ……相当好き放題やってるみたいだな」
鈴木が鋭い目で辺りを見渡す。
「で、詳しい場所はどこだ?」
「え~と……やっぱり、あのお城の中みたいですね。どうやって入りますか?」
「とりあえず、近くまで行ってみるか」
二人が城の入り口へ向かって歩き出す。
すると、先ほどから二人の様子をうかがっていた街の住人が、おそるおそる声をかけてきた。
「おい、あんたら他所から来たのか? 悪いことは言わないから、城には近づかないほうがいいぞ」
鈴木が足を止める。
「どうしてだ? ちょっと城に用があるんだが、入れないのか?」
「何馬鹿なこと言ってんだ! 入れるわけないだろう! 下手な真似をしてあの城主の怒りを買えば、俺ら街の人間にも何をされるか分からないんだぞ!」
声を荒らげながらも、住人の顔には怒りより恐怖が浮かんでいた。
鈴木は静かに頷く。
「なるほど、これは相当だな……。忠告ありがとさん。騒ぎは起こさないようにするよ」
住人が足早に去っていく。
その背中を見送った田中が、不安そうに眉をひそめた。
「どうします? すんなり入れそうにありませんよ?」
「入り口の様子をうかがってみてから考えるか」
城の入り口には、いかつい鎧を着た兵士が二人、槍を構えて立っていた。
二人が近づくと、兵士の一人が槍で行く手を遮る。
「城主の許可のない者を通すことは出来ん。さっさと立ち去れ」
鈴木は愛想笑いを浮かべながら手を振った。
「いや~、その城主さんに用があるんですけど~」
「許可はあるのか?」
「許可は無いけど、大事な用事なんですがねぇ~」
「ならば立ち去れ! あまりしつこいと、牢屋にぶち込むぞ!」
どうにも話が通じそうにない。
田中が鈴木に顔を寄せ、小声で囁く。
「やっぱり無理そうですね。どうしますか?」
「はぁ~、面倒くせぇな。仕方ない。管理者コードを使うぞ」
「えぇ~! そんなことをしたら騒ぎになりますよ!? さっきの人にも騒ぎは起こすなって言われてたのに」
「仕方ないだろ? 会えなければ仕事にならないんだしよ」
「もう、どうなっても知りませんよ! というか鈴木さん、そろそろタブレットの使い方くらい覚えた方がいいですよ?」
「この歳で新しいことを覚えるのは面倒なんだよ。見た目は若くても、中身はジジイだからな。まぁ、お嬢ちゃんがいるし、いいだろう。頼りにしてるからさ」
田中は呆れたように息を吐くと、タブレットを操作して管理者コードを開いた。
*
城の最奥にある、広い部屋。
きらびやかな玉座に、一人の若い男がふんぞり返って座っていた。
その前には、怯えた表情を浮かべる数人の女性たちが並んでいる。誰一人として、玉座の男と目を合わせようとはしない。
「今日は誰にしようかなぁ~?」
男が下卑た笑みを浮かべた、その時だった。
部屋の外から、
ドガドガ、ドシャァン!
何かが激しく衝突するような音が、廊下に響き渡った。
「何だ? 外が騒がしいな?」
男が不機嫌そうに立ち上がる。
その瞬間、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「何だお前ら! 誰の許可を得てここへ――」
「高橋翔太様ですね?」
鈴木は、男の言葉を遮るように本名を口にした。
高橋の表情が変わる。
「私は、天国日本支部・異世界転生課の鈴木と申します」
「同じく田中です」
「本日は、重要なお知らせに参りました。お時間の方は宜しいですか?」
高橋は目を見開いた。
「異世界転生課……? そんなもん知らねぇぞ!」
鈴木は一歩前に出る。
「この世界の管理人のようなものです。それでお知らせの方なんですが、高橋様、貴方のここでの生活に、よろしくない行動が見受けられましたので、改善の方をしてもらいたいのですが」
「はぁ!? 俺の何がいけないってんだぁ?」
「たとえ異世界とはいえ、モラルに反する行動はお控え下さい。……少しおいたが過ぎるのでは?」
「うるせぇ! ここじゃ俺が法律なんだよ! 俺の勝手だろうが!」
高橋が怒鳴り散らす。
だが、鈴木は表情一つ変えない。
「いえいえ、そういうわけにも参りません。ですので、一週間後にまた来ますので、それまでに改善の方、よろしくお願いします」
「嫌だと言ったら?」
「そうなれば、こちらも『実力行使』せざるを得ませんので、なるべくそうならないようお願いします」
鈴木はあくまで事務的に頭を下げ、田中と共に踵を返した。
だが、部屋を出る直前、ふと思い出したように振り返る。
「ああ、そうだ。次に来るときまでに、入り口にインターホンを付けておいて下さい。こちらの手間が省けますんで」
「はぁ? どういうことだ?」
部屋を出ていく二人を、高橋は怒りに震えながら追いかけた。
しかし、一歩廊下に出たところで、その足が止まる。
「な……」
廊下には、城の警備をしていた屈強な兵士たちが、一人残らず床に転がって白目を剥いていた。
怪我こそないようだが、完全に気を失っている。
「どうなってるんだ……? あいつがやったのか? ふざけやがって、あの野郎……ッ!」
*
翌日。
天国。死者の魂が集う場所。
その日本支部にある、異世界転生課のオフィス。
「少子化のせいで、生まれ変わりの順番待ちがあるからってよぉ。暇潰しで働いちゃあいるが、他人のごっこ遊びの管理人とはねぇ」
デスクに座った鈴木がぼやいていると、部屋のドアが開き、一人の女性が入ってきた。
「おはよ~、さすがジジイだけあって朝が早いわね」
声をかけてきたのは、異世界転生課の課長、佐藤トメだった。
「お前も早いだろ、俺より年上のババァのくせして」
「女性に歳の話をするのは、失礼よ!」
「へっ、死んでるくせに何言ってるんだか」
ちょうどそこへ、田中紬がオフィスに出勤してきた。
「おはようございます。お二人とも早いですね」
「紬ちゃん、おはよう。あなたも、こんなすれっからしの鈴木と組まされて大変ねぇ。とはいえ、うちの課も慢性的に人手が足りないから、我慢してちょうだい」
「いえ、大丈夫ですよ」
田中は苦笑いしながら、鈴木に向き直る。
「ところで鈴木さん、昨日の高橋さんの件、どうなりますかね? 改善されそうですかね?」
鈴木はデスクに資料を放り投げ、椅子の背もたれに深く寄りかかった。
「多分、無理じゃないかなぁ。あの様子だと」
佐藤は、お茶をすすりながら不敵に微笑んだ。
「そうなったら……また、お願いね?」
*
一週間後。
再び、異世界への入り口。
番号が書かれただけのシンプルなドアの前に、鈴木と田中は立っていた。
「やっぱり、駄目みたいですね。改善してもらえなかったんでしょうか?」
田中がタブレットを見ながらため息をつく。
「予想はしてたんだ。さっさと行って終わらすぞ」
二人は扉をくぐり、以前と同じ林の中へと降り立った。
田中が手際よくタブレットを操作し、二人の服装を中世のものへと変化させる。
「奴はあの城にいるのか?」
「そうですね、位置は同じみたいです。行きましょう」
だが、一週間ぶりに訪れた城下町は、以前とは明らかに雰囲気が違っていた。
通りには人っ子一人いない。
店という店は固く扉を閉ざし、不気味なほどの静寂が街を包んでいる。
「なんか静かだな。人もいないし、店も閉まってる」
「何かあったんでしょうか……?」
田中が周囲を警戒する。
その瞬間だった。
「来たぞーーー! 突撃ーーー!!」
静寂を打ち破る怒号。
街の奥から、高橋の命令を受けたであろう数百人からなる完全武装の軍勢が、地響きを立ててこちらへ向かって猛突進してきた。
「こりゃあ、大したお出迎えだな」
「ど、ど、どうしますか鈴木さん!? 沢山いますよ!?」
「いったん逃げるぞ、こっちだ!」
「はっ、はい!」
二人は路地裏へ飛び込み、大きな木箱の陰へと身を隠した。
ほどなくして、すぐ近くを無数の兵士たちの足音が通り過ぎていく。
「完全に囲まれちゃいましたね……」
「なら、俺が囮になって暴れてやる。その隙に、お嬢ちゃんが城へ行ってあいつを見つけてこい。そいつがあれば、一人でも捕まえられるだろ?」
鈴木が田中の持つタブレットへ目をやる。
「そんなことして大丈夫なんですか!? 相手は軍隊ですよ!?」
「まぁ、任せておけ。そっちこそ気を付けろよ。コードを入れるのを忘れるなよ」
言うが早いか、鈴木は物陰から堂々と姿を現した。
「お~い! お前らの探してるお役人は、こっちだぞーー!」
「居たぞーーー!」
「あいつだ! 捕まえろーーー!」
地鳴りのような怒号と共に、軍勢が鈴木へと殺到していく。
それを見届けた田中は、小さく深呼吸をした。
「……よし、そろそろいいかな」
田中は物陰から飛び出し、手薄になった道を突っ走って城へと向かった。
「鈴木さん、無事でいてくださいよ……! 早く転生者を見つけないと!」
*
城へと潜り込んだ田中は、目的の部屋まで駆け抜けると、扉を勢いよく押し開けた。
「異世界転生課です! 高橋さん、もう無駄な抵抗はしないでください!」
部屋の奥にいた高橋翔太は、忌々しそうに顔を歪めた。
「チッ、あれだけ兵士を配備したってのに、ここまで来やがったのか……! おい、お前ら、その女を捕まえろ!」
傍らに控えていた精鋭兵二人が、一斉に田中へ飛びかかる。
「そんなことしても無駄です!」
田中は片手でタブレットを操作しながら、突撃してきた兵士たちへもう一方の手を突き出した。
次の瞬間、
ドスン!
鈍い音と共に、兵士たちの身体が床へ叩きつけられた。
二人とも、その場から動かなくなる。
「あなたを拘束します!」
田中は倒れた兵士たちの間を抜け、高橋へ向かって足を進める。
だが、その時。
床でのびていた兵士の足に、田中のつま先が引っかかった。
「あ、キャッ!?」
田中の身体が大きく傾き、そのまま派手に床へ転倒する。
その拍子に手から離れた管理者用タブレットが、床を滑って高橋の足元へと転がっていった。
「あっ……!」
高橋は目を見開くと、素早くそれを拾い上げた。
「ハハッ、何だこれは!? そうか、この機械を使って、お前らはここまで来れたんだな!」
「あっ、駄目です! 返してください!」
「はっはっは! これは俺が有効に使ってやるよ。お前らを綺麗に始末した後にな!」
高橋がタブレットの画面に指をかけようとした、その瞬間だった。
――ドゴォォォォン!!!
轟音と共に、部屋の頑丈な石壁が粉々に砕け散った。
砕けた石片が床を転がり、もうもうと白煙が立ち込める。
その中から現れたのは、衣服についた埃をパッパとはたいている鈴木だった。
「ふーっ、やっと見つけたぞ。ったく、どうやら間に合ったみたいだな」
「お、お前は……! お前もこいつを使って始末してやる!」
高橋が喚くより速く、鈴木の身体がブレた。
次の瞬間には、高橋の目の前にいる。
常人には視認すらできない猛ダッシュで距離を詰め、高橋が何をするよりも前に、その手からタブレットをひょいと奪い返した。
「あ、あっ!?」
「こいつは子供のオモチャじゃないんでね。お役所の備品だ、返してもらうぞ」
鈴木が冷たく言い放つ。
高橋は顔を真っ赤にして絶叫した。
「畜生、こうなったら……死ねぇぇぇ!!」
懐から鋭利な刃物を取り出し、鈴木の胸元めがけて突き出す。
だが、鈴木は慌てる様子すら見せない。
管理者コードで強化された身体を使い、最小限の動きで高橋の手首を蹴り上げる。
凄まじい衝撃に、刃物が勢いよく宙へ弾け飛んだ。
「さぁ、王様ごっこは終わりだ。――オラァ!!」
鈴木の拳が、高橋の顔面にクリーンヒットする。
「うぅっ……!?」
高橋は凄まじい勢いで吹っ飛び、壁に激突。そのままずるずると床へ崩れ落ちた。
白目を剥き、完全に気絶している。
鈴木も多少は手加減していたらしく、大きな怪我はないようだった。
鈴木は倒れている田中へ手を差し出す。
「おい、大丈夫か? 怪我はないか?」
田中はその手を借りて立ち上がり、バツが悪そうに頭を下げた。
「はい……すみませんでした、鈴木さん。私の不手際で……」
「気にするな。怪我がないならそれでいい。……さ、とっとと帰るぞ」
「はい」
鈴木から返されたタブレットを田中が操作する。
地面が淡く光り、その中から大きな白い門がせり上がってきた。
「用意できました。戻りましょう」
二人は、気絶した高橋を連れて門をくぐった。
*
天国日本支部・異世界転生課。
「昨日は大変だったみたいねぇ。紬ちゃん、大丈夫だった?」
オフィスに戻ってきた田中は、すっかり元気を取り戻して笑顔で頷いた。
「はい! 鈴木さんに助けてもらいましたから。……それより課長、昨日の高橋さんは、これからどうなるんですか?」
鈴木は自分のデスクで、報告書を書くペンを止めた。
「まぁ……『アレ』だろうな」
佐藤も、冷徹な大人の笑みを浮かべて同意する。
「そうねぇ、間違いなく『アレ』でしょうね」
二人の含みを持たせた物言いに、新人の田中だけが首を傾げる。
「あの……『アレ』って、何ですか?」
佐藤は穏やかな顔で微笑んだ。
「まぁ、そのうち分かるわよ。……さっ、今日のお仕事始めましょうか」




