5話
ヘブンズゲートを開け、三人は天国のオフィスへと戻ってきた。
「ああ、そうか。今日は予定外の緊急出動だったから、引き渡しの担当者がいないのか」
鈴木は頭を掻いた。
「仕方ない。俺達で直接、奥の処理室まで連れていくか」
「どこに行くんですか?」
「そうか、お嬢ちゃんはまだあっちの部屋を見たことがなかったな。せっかくだから見せてやろう。ついてきな」
鈴木は転生者を担ぎ直し、オフィスのさらに奥へと進んでいく。
田中もその後ろをトコトコとついていった。
異世界へ行くためのドアとは別の、分厚い鉄でできた扉の前に立つ。
鈴木がドアノブを回して中へ入ると、そこはどことなく無機質な、工場の裏手のような空間だった。
「おっ、ここには係の奴がいるな。ちょっと、こいつを頼むよ」
鈴木が転生者を床に下ろす。
「おやおや、鈴木さん。今日は予定日じゃないですね。どうしたんですか?」
受付の係員が驚いた顔をした。
「すまないな。ちょっと急に予定が変わってね。緊急のしょっ引きだ。後処理を頼めるかい?」
「わかりました。こちらで引き受けますよ」
田中はその部屋を見回した。
壁には、丸い覗き窓の付いた金属製の扉がずらりと並んでいる。
「鈴木さん……ここは何の部屋なんですか?」
「前に話しただろ? アレだよ、アレ。ここはな、魂に溜まった『穢れ』を強制的に浄化するための部屋なんだよ」
「穢れって何ですか?」
「穢れってのはな、死んだ人間の無念や後悔、ストレスなんかのことだ」
「そうなんですか。今まで知りませんでしたよ」
「その穢れを綺麗さっぱり落とすのが、この『ソウルウォッシャー』なんだよ。……まあ、前はな」
説明をしながら、鈴木がコンコンと扉を叩く。
「今は異世界転生制度があるから、使われなくなったんだよ」
「穢れを落とすために異世界へ行くようになったんですか? なんでそんな回りくどいことを……」
鈴木は「ふぅ」とため息をついた。
「さあな! 上の連中が現世の情報かなんかを見て決めたんだろうよ。死んだ人間から現世の情報を仕入れているらしいからな」
「ここって、そんなこともできるんですね!」
口を半開きにして感心している田中に、鈴木が声を潜める。
「ここからが本題だ。ちょっとついてきな」
鈴木がさらに奥の部屋を示した。
そこには、何十トンもの圧力をかけられそうな、バカデカい産業用のプレス機のような恐ろしい機械が鎮座していた。
田中は思わず一歩引いた。
「な、何ですかこれは!?」
「お嬢ちゃん、俺たちが規約違反の転生者をわざわざ捕まえに行く、本当の理由を知ってるか?」
「それは……異世界で違反や、モラルに反することをして迷惑をかけているからじゃ……」
「まぁ、表向きはそうなんだが、それだけじゃないんだよ」
鈴木の表情が少し真面目になる。
「違反を繰り返す連中の魂にはな、異世界でやりたい放題やったせいで、どす黒い『欲望』がパンパンに溜まってんだ」
「欲が溜まると、どうなるんですか?」
「異世界から出てこなくなる。まぁ、それだけなら現地に永住ってことでいいんだが、問題はこっちに戻ってきた時だ。異世界にいた時と同じ万能感で、天国でも我が儘に振る舞おうとする。あの世の治安が乱れて、周りに大迷惑をかけることがあったんだよ」
「どうしてこのことを教えてもらえなかったんですか?」
「さぁな。教えるタイミングが無かっただけかもな。でだ、その魂にこびりついた『欲』ってやつは、さっきのソウルウォッシャーじゃ浄化できないんだよ。だから……」
鈴木は巨大なプレス機をトントンと叩いた。
「このプレス機で物理的にギューッと圧力をかけて、魂の中から『欲』を全部押し出すんだよ」
田中は背筋を凍らせた。
「そ、そんな乱暴なことをして、魂は大丈夫なんですか……!?」
「まぁ、死ぬことはないから安心しろよ。俺たちはもう、全員死んでるんだしな」
鈴木はそう言ってプレス機から離れた。
「さっ、そろそろ事務所に戻るか。佐藤の手回しで、あのお嬢さんがどうなったかも気になるしな」
その言葉に、田中はハッと表情を明るくした。
「そうでしたね! 早く戻りましょう、鈴木さん!」
二人は処理室の重い扉を閉め、エレオノーラが待つ事務所へと急ぎ足で引き返していった。
「エレオノーラさんは、どうなりましたか?」
事務所に戻った田中が心配そうに声を上げると、本人が駆け寄ってきた。
「ご無事でしたか? よかった!」
戻ってきた二人の顔を見て、エレオノーラはホッとしたように表情を緩める。
「あら、お帰り。転生者はどうなったの?」
ソファでくつろいでいた佐藤が声をかける。
「引き渡しは終わったが、そっちは変わり無しか?」
鈴木はエレオノーラをじっと眺めながら、腕を組んだ。
「そのことなんだけど、まずはこの子を検査してみない?」
「検査ですか?」
「そう。この子は私たちとは違うでしょ? まずは、この子が何なのか知っておかないと」
「それはいいけど、検査なんてどうやるんだ?」
「専門家に頼んであるわ。今から行くわよ」
「私、何をされるのでしょう……」
不安げに身をすくめるエレオノーラに、田中が優しく微笑みかける。
「大丈夫ですよ。私たちも一緒ですから」
佐藤の後について天国の廊下を進み、とある部屋の前で足を止める。
「ここよ。この部屋にその専門家がいるわ」
開け放たれた部屋の中には、見慣れない機械や装置が所狭しと並び、その中央に一人の男が立っていた。
「中村くん、連れてきたわよ。お願いね」
中村と呼ばれた男が近づき、エレオノーラの前で足を止めると、まじまじと観察し始めた。
「この子が、異世界から連れてきたって子ですか……」
「な、何なのですか、この方は!」
「ちょっと、何してるんですか! ジロジロ見ないでくださいよ!」
田中に鋭く注意され、中村はハッとして慌てて一歩下がった。
「これは失礼しました。ああ、自己紹介がまだでしたよね。私は中村健二と言います。異世界関連の技術開発を担当しています」
「技術開発? なんか作っているのか?」
「彼には異世界に関するものを開発してもらっているわ。あんた達が使ってるタブレットなんかも、彼が作ったものよ」
佐藤の言葉に、中村は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「まぁ、私一人ではありませんけどね。では、さっそく始めましょうか」
ベッドに寝かされたエレオノーラの周囲を、まるでCTスキャンのような大型装置が静かに動き始めた。
しばらくして、モニターに検査結果が表示される。
「結果が出たみたいですね」
画面をスクロールしながら、中村が説明を始める。
「結論から言いますと、彼女は私たちと変わりない存在です。つまり、今は『魂』だけの存在になっています」
「じゃあ、エレオノーラさんはここにいても大丈夫なんですか!?」
田中が勢いよく中村に詰め寄った。
「多分ですけど、すぐに何かが起きることは無いと思いますよ」
「本当ですか! 良かったです!」
田中がエレオノーラの手を握りしめ、我が事のように喜ぶ。
「そうなのですか? よくわかりませんが……」
「でも、なんでだ? あそこの世界には、転生者以外に魂はいないはずだろ?」
鈴木が眉をひそめて聞き返すと、中村はモニターを指さした。
「ええ。異世界の住人は基本、AIで動いていますからね。見た目では私たちと変わりませんが、中身が違います」
「AI? 何だそりゃ」
「人工知能というものですよ。現世でもよく使われていましたよ。なんでも、人の仕事を奪うほどだとか」
「本当かよ。現世も暇になっちまうのか?」
「どうでしょうかね。ただ、私たちが使っているAIは天国製で、仕様が分からないことも多いですから」
「それで、この子に何が起きたの?」
佐藤が本題を促すと、中村は少し考え込むように顎に手を当てた。
「これはあくまで推測なのですが……本来はデータだった彼女が、天国へ来たことでシステム上『魂』として認識されたのか。それとも、元の世界が消滅したことで『死亡扱い』になり、魂が生成されたのか……」
エレオノーラの表情が曇った。
「では……わたくしがいた世界は、本当にもう……」
その言葉に、田中は握っていた手に少し力を込める。
「……はい」
エレオノーラはしばらく黙り込み、やがて小さく頷いた。
「そう……なのですね」
「さすが天国、無茶苦茶だな」
重くなった空気を変えるように、鈴木がぼやいた。
「先ほども言いましたが、天国のことは分かっていないことが多すぎるんですよ」
「とりあえず、この子自身には問題は無さそうね。ありがとう中村くん。また何かあった時はよろしくね」
異世界転生課の事務所に戻ってきた四人。
「さて、改めて自己紹介と、今後のことをどうするか話しましょうか」
パン、と手を叩いて佐藤が場を仕切る。
「そうですね。いいと思います」
「それじゃあ私たちからね。私は佐藤トメ。で、こいつが鈴木茂。あなたを助けた子が田中紬ちゃんよ」
「私は、エレオノーラ・フォン・ロズベルグ……なのですが、もう意味の無い名前なのですね」
エレオノーラは寂しげに俯きながら呟いた。
「う~ん……でしたら、新しい名前をつけましょう! 生まれ変わったと考えて、どうですか?」
「えっ、そっ、そうですね……」
突然の提案に戸惑う彼女を見て、田中はハッとして慌てる。
「ご迷惑でしたか?」
「ふふっ、いえ。そんなことありませんよ。生きると決めて、ここに居るのですから」
顔を上げて、エレオノーラが微笑んだ。
「じゃあじゃあ、こんなのどうですか? エレオノーラから取って、『ノーラ』さんなんてどうでしょうか!」
「それじゃあ、あんまり変わってないんじゃないか?」
「駄目ですかね……?」
シュンと俯く田中に、彼女は優しく首を振った。
「いえ、田中さんが考えてくれたんです。それにしましょう。全く違う名前というのも慣れませんし」
「決まりね! はーいみんな、お茶とケーキを用意したから、食べながら話をしましょ」
隣の給湯室からお盆を持ってきた佐藤が、テーブルに皿を並べる。
「おい、俺の分は?」
「無いわよ。そこのせんべいでも食べてなさい」
「ここは本当に天国なんですか!?」
お茶を飲みながら説明を聞いていたノーラが、驚いて椅子から飛び上がった。
「そうよ。あなたが考えてる天国とは少し違うかもしれないけど、ここは死後の世界なの」
佐藤はケーキを口に運びながら、淡々と答える。
「皆さん、お亡くなりになってたんですね……」
「まぁ、お嬢さん……いや、ノーラか。お前も今じゃ、俺たちと似たようなもんだぞ」
鈴木が渋い顔でせんべいをかじる。
「まぁまぁ、ここでの生活も悪くありませんよ」
「時間だけはあるからな。何をするかを考える暇はいっぱいあるぞ」
「そうですね。これからどうしましょう……」
ノーラは再び椅子に座り、真剣に考え込み始めた。
「だったら、私たちの仕事を手伝ってみない? こっちも人手がいれば助かるのよ」
「佐藤課長! それはちょっと酷くないですか!?」
田中が少し興奮気味に声を上げる。
「どうしたんですか? 急に」
不思議そうにするノーラに、鈴木が静かに語りかけた。
「あ~、あのな、お前を殺そうとした女。あいつもな、俺たちと同じ死んだ人間なんだよ」
「リリアンさんもそうなのですか……!」
「そうだ。あの女を転生させるために作られた世界から来たのが、ノーラ、お前なんだよ」
「私のいた世界が、あの方のために……」
「信じられないのも無理はない。だが、そういう仕組みなんだよ」
ノーラは言葉を失い、黙り込んだ。
「あの世界はな、死んだ人間のガス抜きのために作られたものなんだよ。俺たちは、その世界で好き勝手やってる奴らを捕まえる仕事をしているんだ」
「ですから、あの人みたいな方と、また会わなければならないんですよ……」
田中の言葉に、ノーラがじっと二人を見つめる。
「では、私みたいな人を、いつも助けているんですか?」
「いや。今回は特別だ。本来はほっとくんだがな……」
「見ていられなかったもので……すみません」
「いえ、謝らないでください。本来ならば、私がお礼を言わなければならないのに」
「まあまあ、そんな難しく考えなくていいわよ。良ければ、って話だしね」
佐藤がフォローを入れると、ノーラは少しの間を置いて、真っ直ぐな目で頷いた。
「……分かりました。皆さんのお手伝いが出来るなら、私、やります」
「無理しなくても、いいんですよ?」
「大丈夫よ。まずはここでの生活や、色々覚えることもあるんだしね」
「わかりました。ノーラさん、一緒に頑張りましょう!」
「はい、頑張ります。ふふふ」
手を取り合う二人を見て、佐藤が目を細める。
「紬ちゃん、楽しそうね。年の近い友達が欲しかったのかしら」
「これで一件落着か?」
鈴木が息を吐くと、佐藤の目がすっと細められた。
「まだよ。最後の仕事が残っているわ。あんたも付き合ってもらうわよ」
「おいおい、面倒事は勘弁だぞ?」
暗い部屋の中央。
二人の周りだけが、スポットライトを当てられたように白く浮かび上がっている。
その光の中に、佐藤と鈴木が並んで立っていた。
「以上で、この件の説明を終わります」
姿は見えないが、遥か上方の闇から、厳格な声だけが響いてくる。
「今回の件は、私とこの鈴木の監督不行き届きですので、何かあれば二人で罰を受ける所存です」
隣の佐藤の言葉に、鈴木は驚いて目を見開いたが、口を挟めるような空気ではない。
上方の闇から、重々しい複数の声が響く。
『異世界から人を連れて来るとはね』
『どうします? 何かあってからでは遅い……』
あれこれと審議を交わしているのは、天国の上層部。
ここでのすべての決まりを司る存在だ。
しばらくして、審議が止まった。
『結論が出ました。今回の件は不問とします』
『ただし、何かがあればあなた達に責任を取ってもらいます』
『一応、何も問題が無いことが分かるまで、今後は異世界から人を連れてこないように』
『では、この件は以上とします』
パッと部屋全体の明かりがついた。
しかし、声の主たちの姿はどこにもない。
二人は無言で深々と頭を下げ、その厳かな部屋を後にした。
廊下に出た瞬間、鈴木が盛大にぼやいた。
「おい! 俺まで巻き込みやがって!」
「まぁいいじゃない。お咎め無しなんだし。可愛い後輩のためでしょ?」
「俺は関わるなって言ったんだぞ、全く……」
「男がグチグチ言ってんじゃないわよ。さっ、帰るわよ」




