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それは、悲劇が起こる5年ほど前のことだった。
ルチアは今日も無口な男の前で紅茶に口を付ける。婚約者同士だからと開かれる月に1度のお茶会で、2人の会話はほぼなかった。
そもそもルチアがどれだけ話題を振ったとしても、彼は目線を合わさないまま短い返事しか返さないのである。
灰色のぼさぼさ髪と深い緑の瞳を持つ彼…ミリウスとは幼い頃に親同士で決められた婚約関係だった。しかし、ルチアは彼について深くは知らない。
彼自身があまり話したがらないのもあるが、ルチア自身も彼を深く知ろうとすることはなかった。
親同士で決められたこの結婚に従うだけであり、わざわざそれを覆すだけの理由もない。自分はきっと彼と結婚するのだろうと思っていたし、そこに疑いはなかった。
ただ…どうしても自分でも理解できない感情があった。
以前、パーティで見かけたイエリア侯爵家の夫妻。彼らは運命の愛で結ばれたといい、誰から見ても仲睦まじい夫婦でお互いのことを大切にしているのだろうと思えた。
そうでなければ、あんな風に熱い視線を交わすことはないだろう。
ルチアは目線が合わないミリウスを眺めながら、溜め息を隠すようにして紅茶に口を付ける。
(あぁいった夫婦になりたいわけじゃない。相手の感情に振り回されて疲れることになるのは、私としても望んでいないから。…でも)
「それじゃぁ、これで」
1杯目の紅茶が空になると立ち去るのはいつものことであり、ルチアは去っていくミリウスの背を見ながら持っていたカップをテーブルに置く。
(置いて行かれるのは…いつだって惨めだわ)
婚約者である今がこうなのだから、夫婦になれば毎日の食事や会話のたびにこんな感覚を味わわなければならないのだろう。
(…もし、私に子供が出来たら、少しは惨めじゃなくなるかしら)
そんな遠い未来を妄想しながら、ルチアは彼が消えていった席をじっと見つめてしまうのだった。




