-6
「お待たせしました。旦那様、ハワードさんから着替えの方を受け取ってきました」
暫くして、家に戻ってきた御者は、身綺麗になったジュールを見た後に一瞬動きを止める。
「…やっぱり、おかしいだろうか?」
無造作に伸びた髭を剃り、髪は適当にセットしたものの…別荘で過ごしている間に酷く痩せてしまったことや、夜に良く眠れなかったこともあって顔はやつれてしまっていた。しかし、ハワードは「いえ、以前の旦那様が戻ってきたと思って…」とどこか涙ぐんだように話し始めた。
「実は、僕たち夫婦は旦那様に恩があるんです。旦那様に拾われたからこそ、今幸せに暮らせているんです」
そう話す御者の男は自身の名前をイアンと名乗ったものの、ジュールには特に覚えがなかった。しかし、イアンは特に気にした様子はないようで、身支度を手伝ってボタンを止めてくれる。
「詳しい事情はわかりません。でも僕は旦那様や奥様のお力になりたいと思っていますから」
今までこの家の御者でありながら、特に会話をした覚えもない相手であるイアン。しかし、今日告げられたイアンの言葉は、ジュールにとってどこか心強く感じるものだった。
「旦那様がお戻りに!?」
「旦那様、ご無事でなによりです!誰か坊ちゃまたちにも連絡をしないと!」
イアンに連れられて屋敷に向かったジュールは、すぐさま大勢の使用人たちに囲まれて声を掛けられることとなる。彼らを裏切ってベルに夢中になった自分が凄く恥ずかしいことのように思えて、ジュールはただ困ったように笑うことしかできなかった。
その後、囲まれているジュールを助け出したのはハワードであり、使用人たちにはまた後で事情を話すと告げた後、執務室の方へと連れていく。
ハワードが他の使用人たちから「旦那様をあまり追い詰めないように!」だなんて忠告されている様子は、ジュールにとってはついくすっと笑みを浮かべてしまう様なやりとりだった。
「それで、心の準備は出来たんですか?」
執務室までの道を歩く間、ハワードが溜め息を吐きながらそんな風に言葉を漏らす。キツく睨みつけられたのはきっと、ついさっき笑ったことを根に持っているのだろう。ジュールは「すまない」と素直に謝ることにした。
「…っ、貴方が私に謝るんですか?…はは、なんてことだ」
それは、ジュールにとって初めて見るハワードの驚いたような顔だった。いつもは気難しい顔ばかりしているハワードが、大きく目を見開いてジュールのことを見る。
「貴方を別荘に追いやった、奥様の決断は正しかったみたいですね」
誰かに聞かれないよう、そう小さく呟くハワード。ジュールはそんな言葉を耳にしながら、何も応えることは出来ないのだった。




