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「うちの奥さんも今日は屋敷の方に駆り出されているみたいです。ここには誰もいないので安心してください」
緊張しながらも優しい声音で話しかけてくる御者は、屋敷から少し離れた厩の近くのぽつんと建てられた家の傍でジュールを降ろした。
「狭い家ですみません。えーっと、お湯を用意してきます。石鹸と剃刀は新品が…あぁ、これ使ってください」
狭くとも生活感がある家の中を案内され、ジュールは更に小さなタイルづくりの浴室に案内された。シャワーや浴槽などはなく、暫くすると御者が大きなたらいにお湯を張って持ってくる。
「僕はこれから馬たちの世話があるので、ゆっくり身支度していただいて構いません。…その…奥様も使用人たちも旦那様の回復を待っていました。なので、元気な姿を見せてあげてほしいです」
そんな御者の言葉に、ジュールはずっと疑問に思っていたことを口にする。
「…彼女は他の男と再婚したわけではないのか?」
「い、いえ、奥様はずっと旦那様の帰りを待っていました。それこそ毎日教会に行って旦那様の無事を祈っているほど、旦那様のことばかりを考えていたと思います」
(どういうことだ…?)
御者の話す内容が理解できないままのジュールだったが、外で馬の鳴く声を聞いた御者は慌てて馬の世話に出て行ってしまう。
(彼女の左手の薬指にはまったくの違う指輪が嵌められていた。それなのに、まだ俺との婚姻関係が続いているのか…?)
確かに、ジュールはこの世界で貴族たちが婚姻関係を解消する場合の書類にサインをしていない。貴族同士の結婚は厄介であり、王都にある大教会が書類を管理していることからも、結婚や離婚の際には書類の提出と多額の金が必要だった。
しかし、逆に言えば教会関係者を抱き込む形で書類を用意し、金も準備できるのであれば結婚も離婚も思うがままに出来ることとなる。ジュールが望まない形でも、ディーナが全て進めてしまえば簡単に離婚なんて済ませるはずだった。
(…いや、ここで考えても分からない。後で話を聞こう)
ジュールはそうして、伸びきった髪と髭によって酷い顔をする自分に向き合うのだった。




