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「…だん…様、起きてください」
いつかの記憶のように、ジュールはハワードの声によって起こされることとなる。ハワードは赤子を抱いており、何度声を掛けても目覚めなかったジュールに対して呆れたような表情だった。
「屋敷に着きました。…まずは、その身なりを整えましょう。私はこの子を医者に見せてきます」
そう話すハワードの姿を見ながらもジュールの腰は重く…馬車を降りることは出来なかった。眠っていたジュールを気遣ったのか、いつのまにかカーテンが閉じられていたことからも、外の使用人たちには馬車の中にいるジュールの姿は見えないはずだ。
しかし…ジュールには馬車を降りる勇気がなかった。
誰もがきっと失望するはずだ。まるで浮浪者とも見分けが付かないような男が、元侯爵家の当主として現れるわけにはいかない。ジュールの耳には、ついさっきの悪夢でも聞いた母親が自分を叱責するような声が反響していた。
「…はぁ、旦那様から聞かなければいけないことは山ほどあるんです。早く降りてください」
ジュールがその場から動かないのを見て、ハワードの言葉はキツくなる。だが、ジュールの足は竦んで、外に出ることは出来ずにいた。
「駄目だ。俺にはやっぱり…」
そんな風にして弱音を漏らしてしまうジュール。そんな時だった、困惑したように声を掛けてきたのは御者の男である。
「あ、あの…ここからすぐの僕の家で少し休みませんか?心の準備が出来るまで、少しだけ時間があってもいいと思うんです」
ハワードは御者に睨みを利かせたものの、ぐったりとした赤子のためにも一分一秒が惜しいと思ったのか、今は御者の提案を受け入れることにしたようだった。馬車の扉を閉め、集まる使用人たちにはいくつか指示を出していくハワード。
ジュールはそんな声を聞きながらも、閉じた扉を見て酷く安心できるような気がした。




