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明るく手を振る御者が去った後、ディーナはゆっくりと足を進めて教会へと向かう。今日は月が雲に隠れており、少し薄暗い夜だった。以前にトラヴィスからは月明かりに照らされるステンドグラスの話を聞いていたが、もしかしたら今日は綺麗に見えないかもしれない。
そんな風に考えながら教会の重たいドアを開けたディーナ。深夜を少し過ぎた頃ということもあって、教会の中には誰もいなかった。壁に掛けられた蝋燭の火が揺れる空間の中で、ディーナはゆっくりと足を進める。そうしていつものように神に祈りを捧げる形で目を瞑るのだった。
それから間もなくのことだった。
「ひ、ひぃ!!」
そんな驚いたような声が掛けられて、びくりと体を揺らしたディーナはバランスを崩してしまう。咄嗟に支えてくれたのはトラヴィスであり、いつもの神父服とは違ってラフな服装に変わっていた。
「っ…大きな声を出してしまってすみません。教会内は確かにいつでも入って祈りを捧げて良いですけど、こんな夜遅くにまさか人がいるとは思わなくて」
「いえ、支えていただきありがとうございます」
ディーナはトラヴィスに促されて近くの椅子に座る。そんな彼は、まだ心臓がどきどきとしているのか、その場で大きく深呼吸をしていた。
「本当にお恥ずかしい。実は怖いのが苦手で…。こんなときはチョコレートを食べましょう。貰い物があるんです」
「ふふ、いつもとは違う意外な一面でした」
そう会話をしてトラヴィスに視線を移すと彼は少し恥ずかしそうに顔を赤くしていた。神父服ではない彼の姿は初めてで、どこか新鮮にも感じる。
トラヴィスの方も見つめられていることに気付いてごほんと咳ばらいをした後は、ポットに用意していた蜂蜜入りの紅茶をディーナに分けてくれるのだった。
それから暫く、2人で静かに時間を過ごしていた。
不思議なことにディーナはトラヴィスとお互いに無言でいても、居心地悪さを感じることはなかった。気機嫌が良くなったのか、時折鼻歌を歌いながらも嬉しそうにチョコを食べる彼の姿を見ているとむしろ笑みが漏れるほどである。
「あ、月明かりが出てきましたね」
それから間もなく、トラヴィスがそう声をかけて少し上の方を指さす。そこには以前トラヴィスが自慢していたように月明かりに照らされる美しいステンドグラスの風景が広がっていた。
「…ん、そうね」
ただ、そう話している中で、ディーナには眠気を堪えることが出来なくなっていた。
紅茶の甘さのせいなのか、トラヴィスと共に居て安心したからなのか…この頃にはもうまぶたがすっかり重たくなっていた。トラヴィスの会話は聞こえるものの、うまく返答できないまま…気付けばディーナは意識を手放してしまう。
「おっと…眠ってしまったみたいですね」
一方でトラヴィスは隣で眠るディーナに気付いた後、じっと彼女のことを見つめていた。
普段は既婚者である彼女に配慮して、それほど視線を向けないようにしているトラヴィス。ただ、トラヴィスはいつだってディーナに目を惹かれてしまい、彼女の表情1つ1つが気になってしまっていた。
(彼女が以前打ち明けてくれた話からも、貴族社会で聞く噂とは違って彼女と夫との関係にひびが入っており、そのことで苦しんでいることも分かっている。けれど…彼女は自分が手を出してはいけない存在だ)
彼女にとって自分は、何かあった時に助けになれる立場の人間であり…それ以外の関係はきっと彼女に迷惑が掛かってしまうと理解できる。
(きっとそれ以上を求めてはいけない。彼女や彼女の愛する人々のためにも)
そう自分に言い聞かせた後、トラヴィスは彼女をゆっくりと抱き上げて教会の奥にある救護室へと向かう。
自分の気持ちが、いつか何かのきっかけで爆発しそうなことは理解していた。それでもトラヴィスは今日も、本心を自分の奥底にしまい込むのだった。




