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第七話

 十七世紀の後半、ハノーヴァーに医師で学者でもあるオットー・フォン・ニーンブルク=ヒルデスハイムと妻のアマーリエが暮らしていました。

 二人はとても仲睦まじく子宝にも恵まれました。

 最初に生まれたのは一卵性双生児のアマーリアとアマーリエ、次女は母親と同じ名前を貰った。

 続いて生まれたのはマリアンナ、四女はコンスタンツェ、五女はフローラ、六女はオリヴィア、七女がシャルロッテと続いた。

 女子が七人続いたことは構わないのだが、それでも一人ぐらい男の子が欲しいと思ったオットーは古今東西の医学書を集め、それだけでは物足りなかったのか、錬金術や魔術の書籍まで買い漁って男の子が生まれる術を探したが、見付からなかったそうです。


 同じ頃、ハノーヴァーの領主であるゲオルグが五十数人の候補者を一気に飛び越えてイギリスの国王ジョージ一世として即位しました。

 オットーは呼ばれても居無いのにイギリスへと出掛けてイギリスの医師や学者と交流して見聞を広めました。そしてロンドン近郊に邸宅を購入して家族を呼び寄せることにしました。

 アマーリエは生まれてこの方ハノーヴァーを離れたことが無かったので少々困惑していましたが、娘七人は父親と再会できる喜びや船に乗れることを楽しみにしていたり、それぞれの反応を見せていました。アマーリエはどちらかと言えば渋々船に乗ってドーバー海峡を越えてイギリスはロンドンへと向かいました。

 オットーは相変わらず、男の子が欲しかったようで四方八方から薬品を集めて調合し、娘達へと投与したのですが、薬品で女の子が男の子へ変わるわけもなく、オットーの努力は全て徒労と化しました。

 オットーは毎日毎日暇さえあれば新しい薬品作りに没頭していますが、一方で医師としても活躍し、多くの傷病者を救っても居ました。しかし、寝る間も惜しんで治療や研究に勤しんだことが災いしたのでしょうか、ある日、体調を崩したオットーはそのまま帰らぬ人となってしまいました。

 アマーリエはオットーの葬儀を済ませるとオットーが長年賭けて集めた書籍を譲るなり、売るなりして処分し、合わせて家財道具なども片付けてハノーヴァーへと帰ることにした。

 帰郷したアマーリエと娘七人は贅沢をせず、慎ましやかな生活で毎日を過ごしていました。しかし、アマーリエも寄る年波には勝てず、世を去ることとなります。

 心残りはオットーが調合して服用させた薬品のせいで外見が全く年を取らなくなってしまった娘七人を残していくことが心残りであった。

 本来ならば娘達が年頃になれば嫁に出すか、修道院に入れるかして全員家から出ていてもおかしくはなかったのだが、全く年を取らないことで本人達も困惑していたし、母親であるアマーリエも娘達が周りから嫌われるのではないか、その点を気にして外へ出そうとはしなかった。


 母親の葬儀が終わった後、しばらくは蓄えもあったので生活に困りはしなかったが、さすがに蓄えが尽きると七人は働くことを考える。

 当初は自宅近くで貴族や商人の家で使用人として働いていたが、何年経っても外見が変わらない、年を取らないことが原因で薄気味悪がられ、本人達も魔女狩り同然に殺されるのではないか、その不安を感じた七人は相談してハノーヴァーから離れることとした。

 七人にとってわかる土地と言えばハノーヴァーの他にロンドン近郊ぐらいだったのでドーバー海峡を越えてイギリスへと渡ります。

 幸いにしてある伯爵家で七人まとめて雇って貰えたのですが、やはり二年、三年も経つと周囲から薄気味悪がられ、七人は他の使用人や伯爵の家族からも距離を置かれるようになり、待遇も悪くなっていった。

 姉妹七人はこの伯爵家を離れて他の職場を見付けようとか、そう言う相談を始めていた。

 ある日、男性使用人の一人が暴言を吐いたのが切っ掛けとなり、姉妹の一人が相手に殴りかかる。これが合図となったかのように残った六人も周りの使用人や伯爵とその家族、果てはペットとして飼われていた犬や猫まで一人残さず殺していた。

 七人は急いで荷物をまとめ、伯爵の館を離れてドーバー海峡を渡ってヨーロッパ各地を転々とすることとなる。

 七人としては一か所に留まりたいのだが、やはり年を取らないことで嫌われることが嫌だったから二年か三年で仕事を変えざるを得なかった。

 ヨーロッパ各国を巡った後、七人は大西洋を渡って新大陸へと行き、数年掛けて東海岸から西海岸へと移動しました。それから中南米へと移動、またアメリカ東海岸へと戻って大西洋を渡ってヨーロッパへと戻り、仕事を求めてアフリカ北部のヨーロッパ植民地にも行きました。

 そこからヨーロッパへは戻らず、東へと向かいます。マルコ・ポーロの「東方見聞録」の影響を受けたことは間違いありません。

 途中、砂漠で水不足に陥って文字通り干からびそうになったこともありましたが、運良く通りがかった隊商に水と食料を分けて貰って助かりました。

 七人は隊商と共にイスラム圏と南欧辺りを幾度か行き来した。

 その後、ヨーロッパで数年過ごしてから再度東を目指し、インド国内で仕事を見付けることが出来た。

 丁度、イギリスがインドへ進出した時期とも重なり、イギリス人貴族の家庭で働くことも出来たが、どうにも地元の人達を見下す態度が気に入らず、インド人の大富豪、いわゆるマハラジャと言う身分の人に雇って貰うこととした。数年後、イギリス人貴族の家庭へと七人は転職している。

 インドで数年を過ごした後、七人はさらに東へと移動した。いわゆるヨーロッパ列強がアジア各地を植民地にしていた時代であったからヨーロッパ人の家庭で雇って貰う事自体は簡単であったが、いつも通りの理由で長くて三年ぐらいしか勤められなかった。

 二度の世界大戦も含めて内戦や紛争も乗り越えてアジアの某国まで辿り着き、仕事が途絶えてその日の飲食にも事欠いていた時に偶然、祖父母と出会って今に至っているわけだ。


 ちなみにイギリスでの伯爵家一家並びに使用人全員の虐殺に関して七人は一生口外しないと決めており、当該箇所は本人達以外は知らない話である。そして今でもイギリスではこの事件が迷宮入りとなっている。

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