第六話
青良と藍良は週五日、朝から夕方まで働いた。祖母にしてみればボディガードが居るだけで随分と気が楽になっていた。
しかし、祖母は一つだけ気になることがあった。青良や藍良におやつとして菓子類を渡しても「持ち帰って食べる」と言ってポケットなどに入れてしまう。
「その場で食べて欲しいのに」
祖母はそう思うが、無理強いするわけにもいかず、そして何とは言えないが、二人には妙な違和感を持っていた。
それでも仕事はそつなくこなしていたし、深く追求することもしなかった。
ある日曜日、祖父母が買い物も兼ねて街を歩いていると青良と藍良が歩いているのを見付けた。声を掛けようとしたが、他に五人居るのを見て何故か戸惑ってしまい、声を掛けるのを控えてしまった。
そして迎えた月曜日、出勤してきた二人に祖父母に尋ねてみた。
「実は……」
青良と藍良が語るには七人姉妹であり、親の仕事の都合でアジアまで来たのだが、親が亡くなったので今はこの国に居ると言うのだが、「帰国すればいいじゃない」と祖母が言うと言葉に詰まってしまう。
「何か隠している」
祖父母は感じたが、他人には言えない訳がありそうだったからそれ以上、追求するのはやめた。
祖父は「人身売買とかで、売られたんじゃ無いかって心配だったが、そうで無ければ良いよ」と話すと「それはありません」と青良と藍良は答えた。
祖父はもう一人ぐらい雇えないか、その様に考えたが、東京本社に無理を頼むのにも限界が有る。何よりも工期が予定より遅れている点も気になっていた。
日本からこの国へ来ているのは祖父以外に技術職だけでも二十人前後、そこへ営業職などが十人前後、その多くは独身者だったり、家族を日本へ残しての単身赴任だったりで家事一切は投げ出している人が多かった。
その結果、慣れない自炊で腹具合が悪くなる人、三日以上同じ服を着ている人、全くひげを剃らない人など、祖父の部下は健康や身だしなみが無茶苦茶になっていったそうだ。
確かにマーケットへ買い物に行っても日本と違う食材が並んでいるし、何を買ってどの様に調理して良いか、そこがわからないから適当に調理したら半生で腹を壊すと言うこともあったのだろう。
「せめて食事だけでも、なんとかしたい」
祖父は常々その様に思っており、祖母に相談してみた。
「週に一度でも、日本食の食事会とか、どうかしら」
こうして週に一度、土曜日の午後は祖母が中心となって日本食を調理して皆へ振る舞うこととなった。
この時は青良、藍良の他に妹ら五人も手伝いに加わって賑やかになる。
ちなみに材料費は参加者から徴収している。
祖父らは約一年かけて工場に大小様々な機器を設置し、試運転も済ませて帰国できることとなった。
祖父の部下数名が現地にもうしばらく留まり、引き続き機器類を見守っていくこととなる。
祖父は発注主でもある日本の製造メーカーに青良と藍良が通訳として雇って欲しいと頼み込み、なんとか引き受けて貰った。
帰国した祖父は東京本社ではなく、地方の工場へと赴任し、相変わらず忙しい日々を送っていた。
そう言うある日のこと、祖父の元へ一本のメールが届いた。
それはアジア某国にいる元部下からであり、「青良と藍良が解雇されたらしい」という内容だった。
勤務中だったから祖父はその場で返信を送ることはしなかったが、それでも慌ててしまい、仕事に集中できなくなってしまった。
退勤時間になってようやく祖父は元部下に宛ててメールを書いて送った。
元部下からの返事では青良と藍良を引き受けてくれた会社は結局、人件費の削減などの理由で青良、藍良を解雇したとのことだった。
祖父は急いで帰宅して祖母へ青良、藍良が解雇されたことを告げて善後策を考えようとしたが、何一つ思い付かなかった。
「引き取りましょう!」
祖母は提案したが、「どうやって?」と祖父は尋ねる。
「私が今から行って、引き取ってきます」
そう言うと早速、旅支度を始める。
「待て!待て!待て!言葉もわからないのに、どうするんよ!」
「なんとかなります!」
「無茶苦茶だよ!」
結局、祖父母は二人で急遽渡航することとなった。渡航当日までに祖父は仕事を休む申請を出したり、元部下へ青良、藍良らの居場所の確認を依頼したりしていた。
こうして祖父母はアジア某国へと出かけ、青良と藍良ら姉妹を捜して歩き、ようやく藍良と再会することが出来て日本へ来ることを提案する。
しかし、藍良はパスポートも何も持っていないと言って断ろうとするから祖父が「大使館に掛け合って、なんとかするから、日本へ行こう!」と誘います。
そう言うと本当に祖父は現地の大使館へ行き、どうにかこうにか七人姉妹が出国して日本へ入国できる許可を得た。
仕事の都合で祖父は先に帰国したが、祖母は七人姉妹と一緒に日本へと帰国した。
七人姉妹を日本へ連れて来たのはよいが、まずは住居を考えなくてはいけなかった。
祖父が勤めている工場の近所に二人が暮らすには充分な面積のマンションを借りていたが、このマンションで七人と一緒に暮らすには手狭であるから慌てて広いマンションを捜して引っ越すこととなった。
こうして一か月ほど祖父母はバタバタした日々を過ごすことになった。




