第五話
大登の祖父は幼い時から機械いじりが好きだった。
祖父は高校を卒業するまで修学旅行以外では生まれ育った町を出ることも無く、大学の入学試験で首都圏へ出かけただけでも新鮮だったらしい。
幸いにして第一志望校の工学部に合格し、在学中の四年間をほとんど下宿と大学の往復で過ごして勉学に励んだ、否、実際には研究室であれこれいじって過ごしていたらしい。
卒業すると大手の機械メーカーへと就職、そこで機械と言えば大小問わず、依頼があればなんでも製作していった。
特に大手企業からの注文、一度工場の中へ設置すると二度と外へ出せないような大型機器の担当に若い頃から任じられ、嬉々として引き受けていた。
工場で使うような大型機器と言えば製作するだけでも大変だが、完成すると動作に問題ないか、その点を幾度となく試験し、その上で輸送できる状態まで分解、それを大型トラックやトレーラーに積み込んで工場のある現地まで運び、また組み立てるわけだが、分解した機器が工場の入り口よりも大きく、現地でさらなる分解を求められたり、設置するべき場所に上手く収まらなかったり、必要なネジが届いていなかったりと何らかのハプニングは常に起きていたようだ。
だが、祖父はそう言う現地でのハプニングすら笑顔と技術力で乗り越えていたようだ。
機器の設置は早ければ一日か二日で済むのだが、そこから試験運転を行った後、本操業に入るわけだ。
ここから日常、機器を運転する人達に基本的な操作方法から緊急時の対応方法まで一通りを教え、日々の些末な問題を工場の人達と解決し、工場の人達が問題なく機器を運転できると確信してようやく祖父の出張が終わるわけだ。
この間、早くても一か月、長ければ二か月は出張の日々となる。
今のように携帯電話の類いが普及する前には機器を設置した工場の責任者から直接、祖父の自宅へ電話がかかったこともあったそうだ。基本的には会社を通じて連絡するのが当然なのは今も昔も変わらないのだが、担当者が余程の混乱状態に陥っていたのだろう、運良く在宅していた祖父は落ち着いて機器の電源を落とすことを指示すると共に最寄りの営業所に連絡して至急対処することを依頼したそうだ。
そうこうしている内に祖父も中間管理職となり、部下を数名引き連れて歩く身分となったが、同時に日本の企業が海外へ進出していく時代にもなった。
日本の企業が海外に工場を建て、日本国内で製作された機器を船に乗せて運び、現地で操業させることとなり、祖父は海外へも出張することとなった。幸いにして祖父母にとっては子育てが一段落していた、大登の母を始めとして子供たちが就職や進学で手元を離れていたので祖父母は揃って出張先であるアジアの国へと出かけることとなった。
しかし、祖父は英語と技術の専門用語を話すことは出来たが、それ以外の言語、特にアジアの言語は全く知らなかったし、祖母も英語は話せたが、それ以外の言語は全く知らなかった。
祖父は職場で通訳を介することでなんとか意思の疎通を可能としたが、祖母は買い物一つでも単語帳を持ち歩くこととなり、早い段階で心身共に疲弊していた。
休日、祖父母は珍しく連れ立って買い物へと出かけた。
ついつい買い物を楽しんだ祖父母は人通りの多い通りから一歩二歩と奥の通りへと入ってしまった。そこは地元の人なら少々治安の悪い場所、金目のものを持っていなければ何も起きることなく済むのだが、事情を知らない日本人が入る場所ではなかった。
あっさりと祖父母は地元の悪漢達に取り囲まれてしまった。
相手は拳銃こそ持っていなかったようが、それでも折り畳みナイフを見せ付けられると祖父母はそれなりの恐怖に包まれたそうである。財布と腕時計など金目の物を渡せば助かるのではないか、その様にも思ったが、それでもナイフで刺されそうが気配もあった。
そこへ助けが現れた。勿論、地元の警察官では無く、二人の若い女性だった。
二人はもの凄い勢いで悪漢達を殴り飛ばして追い払った。
御陰で祖父母は助かったのだが、二人を見ると身なりがヨレヨレ、誰が見ても経済的に苦しんでいるとわかる。
祖父母は二人に御礼を言うのだが、地元の言語が良いのか、一瞬悩んでから英語で「Thank you」と礼を言った。すると二人が英語で話し掛けてきたので祖父母も改めて英語で謝意を伝える。
その場で話が盛り上がって二人は「失業中で今、生活に困っている」と祖父母に話し、
「なにか、仕事はありませんか?」と尋ねる。
祖父母は二人に自分達が日本人で最近、仕事でこの国へ来たこと、この国の言葉がさっぱりわからないし、仕事の紹介は出来無いと伝えた。
二人はしょんぼりしたが、祖父母は二人の身なりが気になっていたし、「御礼に食事でも、どうだろうか」と提案してみる。
二人は首を横に振るが、祖母が「お腹空いているみたいだし、軽食でも良ければ……」と誘ってみる。
「話していたら、良い案が出てくるかもしれないし、一緒に行かないか」
祖父も提案してようやく二人は祖父母に付いて行くこととなった。
「その時の二人って言うのが、青良ちゃんと藍良ちゃんよ」
祖母はそう言って大登に青良と藍良を紹介する。
一目で一卵性双生児とわかる二人、瞳の色以外は容姿が全く同じだ。名前が示すように青良の瞳は青色、藍良の瞳は紺色では無くて瑠璃色といった方が正しいだろう。
青良の本名はアマーリエ、藍良の本名はアマーリア
繁華街を歩きながらお互い自己紹介し合い、二人はアマーリエとアマーリアだと名乗った。
そして小さな飲食店へ入った四人、祖父母は二人がこの国へ来て数年になり、言葉には不自由していないことを聞いて「通訳は出来無いだろうか」と提案してみる。
しかし、「英語が出来る人は多くて……」と青良と藍良に言われて祖父母は他の案を考えてみるが、結局名案が浮かばないまま食事をご馳走しただけで終わった。
別れ際、「困ったことがあったら、いつでも訪ねて来てね」と言って祖母は二人に住所と電話番号を書いたメモを渡した。
その日以降、祖父母は二人のことを毎日心配していたが、二人の住所や電話番号を聞いていなかったので祖父母から連絡することは出来無かった。
心配しながらも半月ほど経ったある日、一人で買い物へ出かけていた祖母は偶然、青良を見かけて声を掛けた。
「大丈夫なの?」
半月前、初めて会った時よりも痩せているようにも見えた。
祖母に声を掛けられた青良は首を横に振る。
「頼ってくれれば良かったのに」
祖母はそう言いながら財布を取り出し、紙幣を何枚か青良に握らせようとしたが、青良は首を横に振りながら「駄目です!」と言って受け取ろうとしない。
青良はその場を立ち去ろうとしたが、祖母は服の裾を掴んで離さなかった。
「兎に角、何か食べなきゃ。それにもう一人はどうしたの?」
祖母は強い口調で問い掛ける。
青良が答えないから「大丈夫なの?元気ならいいのよ」と言ってもう一度紙幣を握らせようとする。
青良は拒むが、祖母は無理矢理紙幣を握らせてその場を離れた。
仕事を終えて帰宅した祖父に対し、祖母は日中、青良と出会ったことを話す。
「なんとかなりませんか?」
祖母は祖父へ投げ掛ける。
「なんとかって言われても、通訳として雇うにしても、本社の許可を得ないといけないし……」
祖父は思い付きを口に出してから「明日にでも、本社に聞いてみるよ。一人ぐらいなら許して貰えるかも」と祖母に答える。
「私が個人的に雇うのはどうかしら」
祖母が祖父へ提案する。
「こっちの言葉がわかるし、買い物とかに付き合って貰えたら、ボディガードにもなるし、どう?」
「あぁ、それは良いかも」
これで祖父母は話を進めることにした。
翌朝、祖父は東京本社に向けて通訳を一人か二人、現地で採用したい旨、ファクシミリで送った。実際、通訳が不足しており、現地の人らとの意思疎通に頭を抱えていたのは事実でもあった。その点が考慮されたのか、翌々日には雇用条件も含めて事細かに記された返信のファクシミリが祖父の元へと届いた。
しかし、祖母が街の中を歩いても青良、藍良とは中々再会できず、二人の身に何かあったのでは無いか、そう思って祖母はちょっと焦っていた。
買い物へ出かけた祖母が藍良と再会できたのは一か月ほど経ってからだった。
藍良がまた少し痩せたように見えた。兎も角、祖母は藍良へ通訳兼ボディガードとして雇いたいと話した。
こうして青良と藍良は一人が祖母の通訳、もう一人は祖父の職場での通訳として働くこととなった。
青良と藍良は地元の店舗でどこがお買い得とか、そこの通りは治安が悪いとか、そう言う情報をほぼ全て把握していたから祖父は青良、藍良から得た情報を自分の部下へと伝えることができた。




