第十八話
数日後に橙子を伴って祖父は訪ねてきたが、「この物件で、決めたよ」と大登が言えば祖父は「悩んでたんじゃ無いのかよ」と少し不満気、「折角来たのに」と少しだけ機嫌も悪くなっている。
しかし、何故に橙子が一緒なのか、この点が大登にはわからなかった。
「もしかして、祖母に頼まれた監視役とか?」
その様にも思ってみたが、大登と祖父のやりとりに対して橙子は全く口を挟まない。
それでもレンズの奥の瞳は祖父の一挙一動をじっと見ている。
祖母にとって気に入らないことがあったら即、祖父を止めるように言い含められているのでは無いか、その様に大登は推理した。
大登の手元にある幾つかの物件情報を見た祖父は「こっちの方が良くないか」と一枚を手に取って橙子にも見せる。
橙子は他の候補にも目を向けて中から一件の物件を見付け、「こちらは?」と大登に聞いてくる。
「あ~、これ、これも……」
大登も気になっていた物件だが、家賃と間取り、大学までの距離では本当に優劣を付けることが出来無かった。それでなんとなくで一方を選んだのだが、今、改めて橙子に言われると「やっぱり、こっちかなぁ……」と大登の心は揺らいでしまい、結局は橙子が選んだ物件で不動産屋へ問い合わせ、まだ空室だったので賃貸契約を交わすこととなった。
こうして大登は大学から自転車で約二十分ほどの距離にある、アパートへと転居することになる。祖
祖母が考えていたように引越業者とは五月の連休前で日程を組んで貰うことも出来たし、大登は少し余裕を持って転居の準備をすることが出来た。
一方、姉妹七人は誰が大登のお世話をするか、これを巡って真剣な議論しているかと思いきや、あっさりと黄華で決まっていた。
時間があれば大登は自転車の前籠に家財を積み、少しずつ荷物を運んでいた。そうは言っても冬物衣料などの比較的軽い物ばかりだし、引越当日に大きく荷物が減るわけでも無い。何よりも冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、テレビなどの大きな家電に学習机とベッドもある。
エアコンに関しては必要な台数が設置済みだったので新たに購入する必要は無かったのでその点は助かったと言えるだろう。
引っ越しの前々日、早くも黄華が転居先へ入居すると聞いたから大登は見に行った。
祖父に合鍵を渡していたから部屋へ入れるのはわかっていたが、黄華の部屋には何故か二段ベッドが二台設置されていた。
「黄華さん、これなぁに?」
問い掛ける大登に「私たちのベッドですよ」と黄華は答える。
「私たち?」
大登の頭上には幾つも「?」が浮かんでいる。大登は誰か一人が来てくれる、それだけしか考えていなかったからベッドが四人分ある時点で何が起きているのか、全く理解できない。
「これじゃぁ、部屋も狭くなるし、黄華さん、不便だろ」
大登の部屋も大体六畳間相当だが、これは黄華に割り当てた部屋も面積はほぼ同じだ。
その部屋に二段ベッドが二台も入れば狭くなるだけだ。
「大登君、心配しなくても、狭いのには慣れますし、大登君には迷惑かけませんから」
黄華は笑顔で答えるが、何故にこの様な状態になっているのか、やっぱりわからない。
黄華は大登の頭上に幾つも「?」が浮かんでいることにようやく気付いたのか、「姉妹が時々、来るかもしれません。その時のためにベッドを多めに置かせて貰いました。旦那様と奥様も勧めて下さいましたし」と大登が求めていた答えがようやく聞けた。
新しく借りたアパートは既に電気、ガス、水道の契約も済ませているからお風呂も入れるし、台所で調理も出来る。そして祖父母から余っている鍋やフライパン、食器類を譲って貰っており、いつでも調理できる状態である。あとは冷蔵庫や電子レンジがあれば完璧と言ったところだろうか。
「大登君、夕食、どうするの」
黄華が尋ねてくる。
「お弁当でも買って帰ろうか、と」
大登の頭の中ではコンビニ弁当が浮かんでいた。
「食べに行こうよ。前祝いとして」
黄華はそう言ってどこから出したのか、一万円札を一枚、持っていた。
「でも、それって、黄華さんの食費じゃぁ……」
「大丈夫ですよ。明日は大登君がご馳走してくれる、とか」
「え?」
「冗談ですよ。これは旦那様から、今日の夕食代として貰いました。美味しいもの、食べに行きましょうよ」
「この辺り、どこが美味しいか、わからないんだよ」
自分の転居先については何一つ、情報を集めていなかった。
「大登君、スマートフォンで、調べることが出来るのでは?」
黄華に言われて「あ、そうか」とスマホを取りだして近所の飲食店を探してみるが、住宅街だから思うような飲食店が見付からない。
結局、近所の喫茶店でサンドウィッチやスパゲッティを食べて済ませてその日は解散となった。
「お休みなさい、大登君」
そう言って黄華はペコリとお辞儀をして大登を見送った。




