第十三話
大登の祖母は十歳か十一歳の頃に「赤毛のアン」と出合い、感銘を受けて学校の図書室や公共の図書館へ通って日本語に訳されている「赤毛のアン」シリーズを全て読み、さらには著者であるL.M.モンゴメリの他の作品も日本語に訳されているものは全て読んだ。
中学へ入って英語を学ぶようになると祖母は英語の成績だけは落とさないように努力した。「赤毛のアン」の舞台がカナダのプリンス・エドワード島と知ったから英語を覚えていつか旅したい、合わせて元文で「赤毛のアン」を読みたいとも考えていた。
著者であるモンゴメリの伝記も読んだし、作品背景を考察した本も読んだ。プリンス・エドワード島の旅行ガイドも読んだ。
アン・シャーリーがレドモンド大学、モデルになったのは実在するダルハウジー大学に入学するか、短期留学するか、そう言う事も考えていたが、思うようにいかず、日本国内で英文学部のあるの大学へ進学して在学中、ひたすら「赤毛のアン」について勉強して楽しんだのは良いが、就職活動の方は出遅れてしまい、卒業した後はしばらくアルバイトの日々だったらしい。
一方で在学中にお小遣いを貯めて「赤毛のアン」の原本である「Anne of Green Gables」を購入して原文を読める楽しさを噛み締めていた。
それからモンゴメリの著作を一冊また一冊と買い集め、趣味として自分が読みやすい日本語訳を作成していた。
その後、祖母は結婚して出産と子育てに追われることとなり、カナダに行きたいという夢を実現できずに今に至っているが、夢を諦めたわけでは無いらしい。
祖母の本棚にはモンゴメリ著作全巻が今でも並んでいる。
祖母にとって初めての海外が夫の赴任先であるアジアの一国だった。幸いにして英語を使えるのは強みになったし、青良や藍良ら七人姉妹と会った時にコミュニケーションをとるのに役立った。
祖母は姉妹七人の中でオリヴィアを見た時、真っ先に「赤毛のアン」の主人公であるアン・シャーリーを思い浮かべていた。それでオリヴィアのことを勝手に「アン・シャーリー」と呼んでいた。オリヴィア自身は呆れていたらしい。
後に七人を日本へ招いてそれぞれに日本名を名付けてからも「茜」と書いて「アン」と読むみたいな状態がしばらく続いていた。
またアン・シャーリーが三つ編みだったことから祖母は茜に「三つ編みにして欲しい」と頼んだのだが、これもオリヴィアには呆れられ、簡単に断られた。しかし、青良、藍良、橙子、黄華らが「一回ぐらい三つ編みにしても良いのでは……」や「お世話になっているし……」と言うので茜は渋々三つ編みにした。
これ以降、茜は「面倒……」と言いながらも毎朝、その赤い髪を三つ編みにしている。
祖母は姉妹七人とは平等に接しているつもりだが、無意識の内に茜のことを猫っかわいがりしていた。
そして茜もまた祖母のことをちょっぴり苦手としていたが、これは姉妹七人だけの内緒だった。




