第十二話
大登の祖父がそのコーヒーと出会ったのは大学生の時だ。
大学の近所にある小さな喫茶店へ何気なく入り、その少し苦く感じるコーヒーが気に入って虜となって足繁くその喫茶店へ通うようになった。
当時の貧乏学生にとってはこう言う喫茶店は非常に助かる場所でもあった。
喫茶店のマスターも良い人だったらしく、一杯のコーヒーで数時間居ても何も言われなかったし、そう言う時代でも有ったようだ。
祖父は読書を楽しんだり、常連さんと世間話をしたり、学友と議論したりする場としてその喫茶店を頻繁に利用した。
大学を卒業した祖父は就職して他の土地へと引っ越すわけだが、コーヒーの味に関しては学生時代に通い詰めた喫茶店のコーヒーを懐かしむこととなり、休暇を使って喫茶店を訪ねてマスターに頼み込んで定期的にコーヒー豆を送って貰うことにした。一方でマスターは「色んな店の、色んなコーヒーを楽しみなさい」と祖父に言ったらしく、これ以降、祖父は出張や転勤で訪れた先では空いた時間に喫茶店を巡るのを一つの楽しみとしていた。
しかし、喫茶店のマスターも寄る年波には勝てなかったようで店を閉めるときが来た。
祖父は慌てて喫茶店を訪ね、これまでお世話になった礼をマスターに言った。
マスターは祖父に店のオリジナルブレンドに必要な豆の種類、炒り方、挽き方、美味しい淹れ方を記したメモを渡した。御陰で祖父は今でもその喫茶店の味を失わずに済んでいるが、さすがに自分でコーヒー豆を買い揃えて炒るのは面倒だったらしく、レシピを再現してくれる喫茶店か豆屋さんを探し、見付けたコーヒー豆の取扱店でレシピを再現して貰って以後、今に至るまで同じ店でコーヒー豆をブレンドして貰っている。
祖父にとっては長年愛飲してきたコーヒーだが、大登にはその苦さが大人の味だと感じる。勧められたら飲むのだが、いつの日か苦くないと感じる日が来るのか、それとも祖父が好きな味であって自分とは永遠に相容れない味なのか、今の大登にはまだわからなかった。
お湯が沸いた。
手動のコーヒーミルで挽かれた豆はペーパーフィルターに入れられ、ゆっくりとお湯が注がれていく。
「さぁ、どうぞ」
コーヒーカップが大登の前に置かれる。
「大登君、ミルクとお砂糖は?」
黄華の問いに大登は首を横に振って応じる。
祖父がコーヒーに砂糖とミルクを入れないからも大登も入れないと決めていた。
しかし、缶コーヒーなどはむしろ微糖が好きだったし、実家で飲んでいたインスタント・コーヒーには砂糖やミルクを少しずつ入れていた。




