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6話 勇者と街をぶらり旅生活


 パワーさんがこの世の物とは思えない苦さと評したオバケキュウリ、私の世界でいうゴーヤには苦味を抜くやり方がある。


 半分に切って中に詰まってる白いっぽいワタを抜いたのち、薄く切って塩と砂糖でよ~く揉みこんでからお湯でグツグツと煮る。

 すると塩と砂糖がゴーヤに含まれる苦味成分を水分とともに外に出してくれるんだって。

 まぁあんまり張り切って苦味を抜くのもツマンナイからほどほどにして、あとはパワーさんが仕入れた脂ののった豚バラ肉、玉ねぎと炒めて、仕上げに溶き卵を絡めてゴーヤチャンプルーの完成である。


 夏バテにこの苦味成分が効くみたいで、よく作ったものだ。

 そういえば今年はこれが初チャンプルーだな。


「はふっ、はふっ! ヒナさん、これ、すっごく美味しいです! 愛とか関係なくガチで!」


 ヒナさんが作る料理ならブタの餌でも美味しいです! とよく考えると失礼なことを言ってくださったマリアも本気で食べてくれてるようだ。

 結構、多目に作ったがアルサとパワーさんもガッツリ完食してくれた。


「ハァ……旨かったッス……。一瞬だけ苦いと思ったッスけど肉の甘みと上手く合わさってクセになるッスね!」


「いやぁホント、大したもんだぜ! 俺も料理人として色んなモン喰うようにしてるが、苦くて旨いって料理は初めての感覚かも知れねぇ」


「う~ん、めんつゆも醤油もないから焦ったけど薄めた魚醤(ガルム)が結構いい仕事してくれたな。もぐもぐ」


 大人になると、やっぱりお肉は何かと絡めて食べる方が味わい深いね。

 私の食欲も満たされたようだ。


 ふぅ……、それにしても人ん家の厨房を借りて作るメシは旨いぜ……。

 何が旨いって面倒な片付けはパワーさんがやってくれるからだ。ありがたやありがたや。

 


 食事もたいらげ、街に来て以来ようやくマッタリとした時間が訪れた。

 とはいえ、これから領主の館に入る方法を考えなきゃな~と思うと気が重い。

 アルサもアルサでこれから先どうするんだろう、この街に留まるにせよ故郷に帰るにせよ大変だよね。


「ねぇ、それでアルサはこれからどうするの?」


「分かんないッス! 分かんないッスけど……なんか、猛烈に燃えてるッスッス!」


 いつもよりッスが多いよ。


「うーむ、俺もさっきからやたらエネルギーが(ほとばし)って溢れだしそうだぜ。クソ、こんな時こそ客よ来いってンだ!」


「ああ、ゴーヤには……なんだっけ。モモルデシンとかって苦味成分が含まれてて夏バテに効くらしいからそれで元気出たのかも。胃とか肝臓に良いんだって。あと血糖値も下がる」


「ほう! ほとんどナニ言ってるか分かンねェが、もしかしてコイツを作って売り出せば俺のシミったれた食堂にもワンチャンスくるンじゃねェか?」


「いいコトひらめいたッス!」


「えっ、アルサ?」


 パワーさんの言葉に反応するように突然、アルサが大声で叫び出して店から飛び出していった。


「アルサさん、どうしたんでしょうね……?」


「嬢チャンもオンナなら察してやれよ。ホレ、アレだ。花畑にクソを撒きに行ったんだろ」


 そのオブラート、汚物で出来てるけど大丈夫?


「まぁとにかくネェチャンよ。良かったらさっきの料理、ひとつ俺に伝授しちゃくれねーか? 料理人として厚かましい頼み事してるのは承知の上だが……この通りだぜ!」


 パワーさんがいきなりガバッと土下座してきた。


「わああ、いいよいいよ、教えるから! 土下座なんてしなくていいよ!」


 タダでご飯食べさせてもらったし、そもそも秘密にする気もない。

 私は快くパワーさんにゴーヤチャンプルー作りの手ほどきをした。



 しかし彼はまさしく脳筋だった。 



 卵は焦がす、ゴーヤの切る厚さがバラバラで均等に火が通らない、ええい面倒だと大鍋で一気に作ろうとするから火加減も味加減もグチャグチャ。

 その結果、一時間後には大量の失敗作が出来ましたー。


「え……。パワーさん、料理人なんだよね……? なんでこんなにアレなの?」


「俺、肉を焼いた事しかねぇんだ」


 ステーキ職人が肉を焼く技術一本で生きてきたと言うならカッコいいが、彼が言うとマンモスの肉だけを焼いて生き延びてきた原始人みたいだった。

 というか料理人として色んなモノを食べるようにしてきた、って言ってたけど食べるだけで作らなかったんですか?


「ヒナさんに教えてもらうなんて羨まし過ぎて料理をけなしてやるもん! と思ってましたけど気の毒過ぎて、あの、なんというかがんばって生きてくださいね」


「おう、サンキューな!」


 この状況で笑っていられるとは強いな。

 人の身でありながら、どうやったらこれほど強くなれるのだろう。


「とはいえ、これどうするの? 廃棄しちゃバラ肉になってくださったブタさんと生まれてくるハズだったヒヨコさんに申し訳ないよ……」 


「へへっ任せろ! オラァッ!」


 バッガァアアアァァンッ! と、扉を蹴破ってパワーさんが店の外に出た。


「オイ、貧乏人ども! 良いモン喰わせてやっから出てこいやァア!」


 その暴言に反応したように通りを歩いたり、日陰でうずくまってた人たちがわらわらと店の方に近づいてくる。


「あの人たちは……?」


「貧乏人だ。ヤツらいつも腹を空かせてるから失敗作や腐る寸前の肉をくれてやってるのよ」


「貧乏人貧乏人うるせぇぞパワー! アンタだって片足、コッチ側に踏み込んでるじゃねぇか」

「いいからメシ喰わせろよ糞コック」


「うるせェ! 今、喰わせるから黙って待てや!?」


 パワーさんは文句を言いながらお皿にぐちゃぐちゃのゴーヤチャンプルーをどちゃっと盛り付けて集まった人たちに振る舞う。


「汚ねぇなぁ。パワーよぉ、もうちょっと見た目には気をつかった方がいいんじゃねぇのか?」


「うるせェ! 汚ねェからお前らに喰わすンだろうが!」


 口も料理の見た目も悪すぎるが肉だって安くはないんだ。

 少しくらいお代をもらったってバチは当たらないだろうにパワーさんも器がデカいというか何も考えていないのか無料で振る舞いまくる。

 ただ、さっきの貝殻の店とは比べ物にならない空気の良さを感じる。

 これで商売繁盛してれば言うことはないんだろうけどねぇ。


「ん! 旨いな! 見た目はヒドいが味はなかなかだぞ」

「いや……なかなかっていうか、こりゃ本当に旨い。他の店でも食べた事がない味だ」

「おい、コッチにもくれ!」


 最初に集まったのは3人だけだったが、あまりにも美味しそうに食べるものだからか、しばらくするとちょっとした人だかりが出来る。

 そして大鍋いっぱいにあったゴーヤチャンプルーもあっという間に底を尽きた。


「なあ、店主。料理はもう無いのか?」


「タダだと思って図々しい野郎だな、今日はもうお開きだ!」


「あ、いや、私は客だよ。ちゃんと料金を払うさ。何やら変わった味だが大層ウマイと聞きつけて来たんだが……」


 言われてみればこの人、最初の人たちと比べると身なりがキレイだ。貧民よりは余裕のある層っぽい。


「ああ、客か。悪ぃが食材がもう残ってねェんだ。肉だけはあるからパワー焼き肉で良けりゃ……」


「うーむ、焼き肉しかないなら食べる意味がないよ」

「なんだ、変わった料理があると聞いたから足を運んだってのに……」


 おっと、だんだん普通のお客さんも増えてきたみたいだ。

 だけど、せっかく商売繁盛のチャンスなのに食材不足で逃すって惜しいな……。


「マリア、ポケットから卵とか出せないの?」


「私は青いアイツじゃないんですから……」


 ポケットから色々と出してくれる青いアイツを知っているのか……!

 魔王にまで知られているなんてスゴいなぁ。



「卵ならあるッスよ!」



 人々がゴーヤチャンプルーへの希望を棄て、その瞳が絶望の色に染まりかけたその時……!


 人だかりの向こう側からカゴや袋いっぱいに卵や砂糖をカッ積めて、勇者アルサが降臨した。


 おお……! 食材だ……! と群衆から歓声が上がり、モーゼの十戒の海を割るアレみたいにザザザッと人々がよけて店までの道を作る。

 まるで神話に出てくる英雄のように卵を持って凱旋するアルサ。


「アルサ……!」


「お金が無いって言ってたのに、その食材はどこでかっぱらってきたんですか?」


「かっぱらってないッス! 関所にいた紳士に靴を売っぱらってきただけッス!」


 ああ、いたな。

 金を払うから女の蒸れた靴を売ってくれとかって輩が……。

 確かにアルサは裸足だった。

 そしてさらに身に付けていた防具も無くなっていた。


「あれ、防具は?」


「武器屋に売って、その代金も食材にあてたッス!」


 アルサは目をキラキラ輝かせながらまくしたてた。


「自分、ヒナさんの料理を食べて感動したッス! そして確信したッス! これを売り出せば大儲けして、もっと良い武具も買えるし冒険の準備もバッチシ出来ると! だからなけなしの路銀全部はたいて食材買ってきたッス! 100倍返しッス!」


 なんて無謀な……!

 ゴーヤチャンプルーにそこまで期待されても困るよ!?

 勇気と蛮勇をはき違えてはいけないぞ、勇者!


「まあバイト代貯めて買った思い出の防具全部より自分の蒸れた靴の方がはるかに高く売れたのはショックだったッスけど……」


「なぁ、食材は届いたんだろ? 結局作れるのかい、例の料理?」


 待ちきれないといった様子で客が催促し出す。


「へっ、まかせな! ってなワケでネェチャンたち、悪ぃが一丁協力してくれ!」



 はぁ、仕方ない。

 乗りかかった船ってやつだ。


 それから私たちは厨房にこもってゴーヤチャンプルーの大量生産に入った。

 パワーさんにはバラ肉を切ってもらって、アルサはゴーヤの苦み抜き処理を。

 そして炒めて溶き卵をいい感じに絡める加熱処理は私の担当だ。

 美少女担当のマリアには花のような笑顔を振りまくウェイトレスをやってもらっている。

 魔王に給仕をさせるなんて罪深い気もしたが、正直、私ごときが代金もらって客に料理を振る舞う方がよっぽど罪深くテンパりまくってたので細かい事を気にしている場合ではない。



 最初に代金を払うと言ってくれたお客さんが、この街でちょっと名の知れた食通だったらしくゴーヤチャンプルーの事を褒め讃えるとそれがまた噂になって瞬く間にお客さんが増えていく。



 結局、正午頃から日が暮れるまでパワー食堂は満席状態が続き、アルサが買い足した食材も底が尽き、本来の時間前に営業終了となった。

 しかし、それでもなお食べ損なったお客も沢山いたくらい。

 うーん、ゴーヤチャンプルー恐るべしである。



「まぁ、ただ旨いってんじゃなくて喰ったことない旨い苦みってのが噂として広がりやすかったのかもなァ」


「値段もお手頃ッスからね。高級料理店で新メニューが出たって所詮、自分には関係ない世界の話ッスもの」


「はぁ……ヒナさんの料理をみなさんが美味しそうに食べてる姿を見るの、なんだか幸せでした」


「そう? マリアの事だからお客さんに嫉妬したり奇妙な感情が芽生えて暴れだすんじゃないかと内心ヒヤヒヤしてたけど……」


「ああ、なんというか、子の活躍を喜ぶ母の心境というか……」


 マリアの私への好感度が母親の域にまで到達してしまったようですよ?



「いやァ、なんにしても今日は助かったぜ。売り上げもエゲツねぇ事になってるしな。早速、山分けしようぜ!」


「山分け? 私たちはただの手伝いなんだしお駄賃程度で充分だよ。もしアレならアルサに回してあげて」


「えっ、それは悪いッスよ!」



 現実世界なら「ヒャッハー、金だァ!」って目の色変えてガッついただろうけどコッチの世界で欲張ってもなぁ。

 我がスポンサー様であるマリア様もあまりお金には執着してないようだし、それなら今、お金を必要としてる人の元にまわった方がいい。


「ああ、いや。山分けってのは下心があっての事だ。つまり俺が料理をマスターするまで店を手伝ってもらえねェモンかって相談でな。まぁ数日の間でいいンだが……」


「え? え~っと、それは……」


「いいッスね、私からもお願い申し上げるッス! 旅立つ前に自分も正直、もうちょっと稼いでおきたいところッスから!」



 マリアがコッチに視線をよこす。

 分かってる分かってるよ。そうだよねぇ。

 気持ち的には手伝ってあげたいけど、私たちにはこの街を支配しちゃうゾって目的があるからね。

 いついつまでに。って期日があるワケじゃないけど、いつまでもノンビリしてるワケにはいかないだろう。


 ああ……、だけど魔族に支配なんてされたらアルサやパワーさんは私をどんな目で見るのかな……。

 今日、私の料理を美味しいと言ってくれたお客さんたちは……。

 貝殻の店にいた、あの奴隷の女の子は……。


 レベルアップなんてもういいから帰ろうかな。

 と、そんな想いがアタマをよぎる。


 だけど私が帰っても他の誰かがやるだろう。

 それもみんなが傷つくやり方でやるかも知れない。

 ハァ……。

 打ち上げ気分はいっぺんに冷めて気持ちが重くなってきた。


「お、おい、ネェチャン。そんなに嫌だったのか? 変な事言ってすまねぇ、忘れてくれ!」


「あぇ?」



 なんか……私は泣いてた。



「ヒナさん……」


 マリアが申し訳なさそうにコッチを見てる。

 

 ええい、深呼吸だヒッヒッフー。

 スーハースーハー。


 さて。


 こんな時は気分を変えよう。



「ごめん、私、ちょっとコンビニでアイス買ってくる! しかも高いヤツ!」


 私はみんなが心配そうに見守る中、ガッと勢いよく立ち上がった。


「ま、待ってヒナさん! コンビニもアイスもありませんから!」


「じゃあジュースみたいなお酒とチーズ鱈は?」


「あると思います!」


「ああ! チーズ鱈うまいッスよね!」


「ありゃ最高だぜ!」


 チーズ鱈あるの!?

 すごいな異世界、甘く見てたよ!!


 一瞬あっけにとられたマリアも私の様子を見てホッとした表情を見せた。

 ごめんごめん、もう大丈夫っす。

 


 コンコン。


 何かよく分からないテンションで酒とオツマミ買いに行こうぜ! って盛り上がっているとドアをノックする音が。


 ガタンッ


 と、ノックしただけでドアの蝶番(ちょうつがい)が外れてまた壊れてしまった。

 その向こうには今日見た中でもっとも身分の高そうな格好をした男が立っていた。


「あああ!? こーわしたッ、壊したッ! 先公に言ってやろッ!」


 自分の店のドアを壊されて嬉しそうに近寄っていくパワーさん。

 この人の頭も壊れてるな。


「ひっ!? す、すまぬ店主。壊すつもりは……」


「ンガッハハハッツ! ジョーダンだ冗談! ソイツは俺が長い年月かけてコツコツぶっ壊した賜物よ! 自分一人の手柄だと思わねェこったな!」


「そ、そうか。コホン、噂どおり脳の血液が沸騰してるような性格だな……」


「ンで、何のようだ? 見ての通り今日の営業は終了だ。食材も尽きたから頼まれたってどうしようもねェぞ」


「それは承知している。だが噂を聞いて依頼に来たのだ」


 依頼?

 またややこしい話になりそうだな。

 この人、身なりも良さそうだしパワーさんにはイイ話っぽいが、逆に権力者の依頼を断ったら迷惑がかかるかも知れない。


「ああ、しかし悪ぃがあの料理はもう……」


 おおっ、パワーさん断ろうとしてくれてる。

 男だね。

 でも、そんな事されると逆に手伝ってあげたくなるな。


「まぁ聞け店主。これは悪い話ではない」


 男はパワーさんの言葉を遮って、こう続けた。


「明日の夕方、ゴーヤチャンプルーなる料理を振る舞ってくれないか。この街の(あるじ)にな」

 

「あ……? ああるじぃ!? こ、この街の、主ってェのはまさか……」



「そう。エルシアドの領主アレクサンドラ・バウス・アルティアラ卿、その人である」



 領主……!


 突如、再び降って湧いた超重要ワードを耳にした私は、


 領主ってウチのオーク君たちより名前短いな……! って思ったのだった。


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