第6章
操車場の空気が、じわりと歪んだ。
黒い扉が閉じたはずの場所――
何もない地面が、波紋のように揺れる。
「……また来るな」
僕がそう言うより早く、西村が一歩前に出た。
「だったら、今度は俺が――」
その瞬間。
ギィッ!
耳を裂くような音と共に、別の場所に一本の扉が“出現”した。
さっきよりも、明らかに遠い位置。
僕からは三、四歩。
だが――西村からは、十歩以上。
「……なあ、桐野」
西村が、乾いた笑いを漏らす。
「これ、気のせいじゃないよな?」
扉は、こちらを向いていない。
正確に言うなら――
西村を視界に入れない角度で立っている。
「避けてる……」
僕の喉から、無意識に言葉がこぼれた。
「俺を?」
西村が、半歩だけ横に動く。
すると。
ギ……ッ
扉が、音もなく数センチ“ずれる”。
位置を、微調整するように。
結果――
西村との距離が、さらに広がった。
「……はは」
西村の笑顔が、引きつっている。
「なんだよそれ。
菌でも持ってるみたいじゃん」
冗談めかしているが、声は震えていた。
「いや……」
僕は、扉から目を離さずに言う。
「菌じゃない。
たぶん……“ノイズ”なんだ」
「ノイズ?」
「扉が繋ごうとしてる“どこか”に対して、西村は――」
言葉を探す。
うまく言えない。
だが、はっきりしていることが一つあった。
扉は西村を拒絶していない。
むしろ、壊さないように距離を取っている。
その証拠に。
西村が深く息を吸い、胸を押さえた瞬間。
扉が、震えた。
まるで、悲鳴のように。
「……っ」
同時に、西村が膝をつく。
「西村!」
駆け寄ろうとした僕を、彼は手で制した。
「来るな……っ。
今、ここ……変だ」
彼の視線が、扉ではなく――僕を捉える。
「桐野。
お前、扉に近づけ」
「は?」
「早く……!」
言われるまま、僕が扉に一歩近づく。
すると。
扉の震えが、止まった。
西村の呼吸が、少し落ち着く。
「……な?」
彼は、苦しそうに笑った。
「俺が近いと、ここが歪む。
お前が近いと、安定する」
背中に、冷たい汗が流れる。
「つまりさ……」
西村は、静かに続けた。
「この扉、
俺を通したくないんじゃない。
俺を“巻き込みたくない”んだ」
その言葉と同時に。
扉が、ゆっくりと――
僕の方だけに向かって、開いた。
中から、冷たい風が吹き出す。
だが。
西村の足元には、一本の白線のような“境界”が浮かび上がっていた。
それ以上、前に進むな。
そう告げるように。
「……桐野」
西村が、真剣な目で言う。
「次、入るなら……
お前だけだ」
僕は、扉の中を見つめた。
暗く、奥行きの分からない空間。
そして確信する。
この扉は、僕を“選んでいる”。
そして同時に――
西村を、守るために避けている。




