第4章
「今日の授業はいつもより長かったな~」
疲れたとばかりに大きなため息をつき西村が言う。
気分がそうさせているだけなのだが、僕も同意見だった。
あの店は昨日二人で来た時と同じように薄暗く、静かだった。
「あれ?」
僕は昨日入った扉の前に立った。いや、正しく言えば扉があった場所。
今、目の前はただの壁。
あの扉がなくなっている。
「どうした?」
西村がよって来て聞く。
「ここにあの扉があったはずなんだけど、無くなってるんだ」
「そう云えば…」
西村の黒目が左上に動いている。
過去の映像を思い出す時、人の黒目は左上に行くのだと何かで聞いた。
「お前が昨日立ってた空き地の粗大ゴミだけどさ、今朝、役所の人たちが来て片付けてたんだよ。」
「出口がなくなったから、ここの扉もなくなったってことか?」
理屈はあってそうだ。
「じゃあ、他の扉に入ってみるか」
西村が自分の目の前にあるグレーのシンプルな扉に手をかける。
「お、おい」
「考えてるだけじゃわかんないだろ?」
西村はそう言い切ると、ノックもせずにグレーの扉を引いた。
ギィ……
金属が擦れるような、嫌に耳に残る音が廊下に響く。
中はやはり狭い空間だった。昨日僕が見たものと同じ、何も置かれていない、ただ人が一人立てるだけのスペース。
「なーんだ。やっぱハズレじゃん」
西村は肩をすくめる。
その瞬間だった。
パタン。
背後で扉が閉まる音がした。
「……ん?」
西村が振り返る。
次の瞬間、空気が変わった。
昨日、僕が体験したのと同じ感覚。
耳鳴りのような低い音と、視界の端が白くにじむ感じ。
「おい、桐野……なんか、」
最後まで言い切る前に、光が弾けた。
目を閉じる暇もなかった。
――次に意識が戻った時。
僕たちは、見覚えのある場所に立っていた。
「……ここ」
西村が呟く。
そこは、バスの操車場だった。
昼間ニュースで見た映像と同じ、広い敷地。
整列したバス。黄色いライン。
だが、人の気配がない。
「ちょ、ちょっと待てよ……」
西村の声が震えている。
「ここ、昨日ニュースになってた場所だよな?」
「……ああ」
僕の喉も、ひどく乾いていた。
その時。
ガタン、と金属音がした。
視線を向けると、操車場の奥、事務所らしき建物の前に――
人影が、二つ。
帽子を深くかぶり、顔は見えない。
だが、そのうちの一人がこちらを向いた。
そして。
ゆっくりと、手に持った拳銃を持ち上げた。
「……犯人だ」
西村が、息を飲む。
ニュースで「消えた」と言われていた二人組。
その一人が、確かにここにいる。
なのに――
操車場の時計を見ると、針は止まっていた。
秒針も、分針も、まったく動いていない。
「なあ、桐野……」
西村が、声を殺して言う。
「ここ……時間、止まってないか?」
その問いに答える前に、背後で、また音がした。
――コツン。
振り返ると、そこには。
一本のドアが、地面に立っていた。
どこにも繋がっていない、ただのドア。
黒く、重厚な――昨日、あのカップルが入っていったのと同じ扉だった。
そのドアノブが、ゆっくりと回る。
内側から。




