第3章
「ここか。でも…こんな店あったっけ?」
西村も昨日の僕と同じ事を言った。
「西村も知らないなんてな…。入ってみるか?」
2人顔を見合わせ、西村がうなずく。
店のドアに手をかけ、一瞬間をおいて、僕からその店に入った。
「えっ?」
中は薄暗く、誰もいなかった。
店先らしいエントランスもなく、家の玄関というわけでもなく、入ったとたんにただの廊下。
でも僕が驚いたのはそんな事よりも、その廊下の片側にあるおびただしい数のドア。
しかもそのドアは一枚一枚全部デザインが違う。
木のドア。金属製のドア。ガラスがはめ込まれたもの。
和洋折衷取り揃えたドアの見本市のようだ。
「ここって展示場かなんかだったのか?」
言うともなしに言葉が出る。
「でも…展示場なら誰かいんだろ」
西村も呆然としながら返事を返した。
「す、すいませーん」
今更ながら声をかける。
「誰かいませんか?」
呼びかけながら『人が出てきたときに何て言うか』を考えながら。
だがその言葉は不要になりそうだ。1分待ってもどのドアからも人の動く気配は感じられない。
「どれか開けてみっか?」
痺れを切らせて西村が言う。
「…」
僕もそう思っていた。だがこれ以上関わって良いものかも考えあぐねていた。
もちろん『ここが何なのか、はっきりと知りたい』と言う気持ちは、この廊下にあるドアを見て強まってはいた。が、『これ以上関わってはいけない』そんな気もしていた。
「開けるぞ」
西村は僕の返事を待つ前にそう言い、ノックをしてから近くにあったマンションに良く使われているような金属製のドアを開けた。
「はぁ?」
西村が素っ頓狂な声を上げる。
僕は恐る恐るその中を覗き込む。
そこには…何もなかった。ただ人一・二人くらいなら入れるスペースはあるが、ドアの蝶番をつけるために必要なスペースだったんだろうと思う。
「やっぱドアの見本を揃えてるんじゃないか?」
西村が呆れながら、ドアを開けたり閉めたりしている。
「そ、そうだな…」
そう答えるしかなかった。でもまだ疑問が残る。
「じゃあ、もう帰ろうぜ。店の人が来て、色々聞かれるとウザイし」
僕は仕方なく頷き、その店から出る。
振り返ると昨日と同じように夕日に染まったガラスがきらきらと光っていた。
西村が帰り、僕はまたあの店の真向かいにあるバス停にいた。
今まで気づかなかった店。でも今日はずっとその店から目がはなせずにいた。
中のあのドアだらけの情景がまぶたに焼き付いている。
ずっと店を見つめていると、バスで視界が遮られる。ゆっくりと乗り込む。
でもまだ視線はあの店から離せずにいた。
「あっ」
乗り込みながら運転手の横にある窓から店を眺めていたその時、昨日の男女があの店に入ろうとしているのが見えた。
「すみません」
僕はとっさに運転手に一言言う。と、乗りかけていたバスを降り、あの店へと走り出した。
男女は店の中に姿を消すところだ。
(これであの店が本当にドアの展示場なのかわかるぞ)
そう思いつつそっと店の中へと入った。
男女は真っ黒な重厚そうなドアを開け、中へ入っていくところだった。
(え?あの狭いところに二人で入るのか?)
あんな所、とても二人で入る場所じゃない。体を密着させない限り…。
ふっと思春期らしい妄想が浮かぶ。それをどうにか消そうとしつつ、ゆっくりとその扉に耳を押し当てた。
(決してHな感情じゃないぞ。この店の事実を知りたいだけだ)
自分の心の中で何度もつぶやく。
でもそんな行動こそが《意識しすぎ》なのだと本人は気付いていない。
「?」
何の音も聞こえない。防音扉なのだろうか。
僕は先程中を確認したときのことを思い出す。
中の仕切り壁はそんなに厚そうではなかった。隣の部屋からなら音が聞こえるかもしれない。
僕は音を立てないように静かに男女が入った隣の扉を開けた。
木でできた普通の一戸建ての家によくあるような扉だ。
静かに中に入り、ドアを閉めた。
カチッ
ドアが閉まったのを確認し、隣の音を聞こうとした。
その時。
急に白い強い光が狭い空間を包み込み、僕は眩しさに目を閉じた。
ゆっくりと目を開ける。
「えっ!?」
目前は野原。頬を冷たい風がよぎる。
「ここ、どこだ?」
辺りを見回すと、出てきたはずの扉が背後にあった。
だがその扉は塀に立てかけられ、捨てられているような状態だ。
(どういうことだ?)
まったく理解できない。
とりあえず、出てきたと思われる扉のドアノブに手を掛ける。
だが立てかけられただけの扉だ。ガタッと大きな音をたてて傾いた。
僕はもう一度辺りを見回し、ここがどこなのか確認する。
(どこかで見たような景色だけど…)
キキーッ
背後で自転車のブレーキ音が響いた。
僕はその音へと振り返る。
そこには目を丸くした西村がいた。
「西村、何でここにいるんだ?」
僕の問いかけに西村はさらに驚いた様子で声を張り上げた。
「何言ってんだよ!ここ、俺んちの近くっ…てか、俺の方がお前にそう聞きたいよ」
驚きを通り越して半ばあきれたような口ぶりだ。
「お前と別れてチャリで家に向かってたのに、俺より早くお前がこんなトコにいるほうが驚くだろうよ。俺はノミの心臓なんだから、あんま驚かすなよな」
西村は大げさに自分の胸を押さえた。
でもそれは冗談交じりではあっても本当のことだ。彼は心臓に病気がある。
けれど授業で体育の授業を見学するといった事を除けば至って普通だ。
決して『病人だから』と暗くなったり悲観したりはしていない。
「悪い、でもさ…」
僕は西村と別れてからの出来事を話した。
信じてもらえないかもしれないとは思ったが、驚かせてしまったのだからその理由は伝えるべきだ。
「不思議な話だな」
僕が話し終えるまで西村は黙って聞いていた。
自分が分かれた時間・距離を考えるといくら僕が全速力で走ってきたとしてもココに先に着くことはないのが明らかなのでとりあえずは信じてくれたようだ。
「じゃあ何で俺が一緒の時は何も起きなかったんだろう?場所を移動するのに資格というか適性みたいのがあるってことか?」
ちょっと考えてまた口を開く。
「それとも俺と一緒の時と、お前一人の時で何かが違ったとか?」
そう言われて考える。
違ったことはいっぱいある。
あのカップルがいた事、時間、扉の奥の狭い空間スペースに入った事。
詳しく言ったら他にももっとあるだろう。
「明日、もう一度調べてみるか」
僕はそうつぶやいた。
「もちろん俺も誘うよな」
小声でつぶやいたはずなのに、西村は即座に聞いて来る。
「えっ、でもさ。なんかヤバそうじゃん」
「お前一人じゃもっとヤバイかもしれないだろ」
僕の言葉を遮った西村は僕の肩をぽんと叩く。
その表情はいたずらっ子そのものできっと僕が何を言おうが付いてきそうだ。
「わかったよ。じゃあ明日、また学校が終わったら調べてみよう」
西村は僕の言葉に満足そうな顔をして頷いた。




