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第19章

 西村が倒れたのは、

 雨の夜だった。


 救急車のサイレンが、

 街を裂く。


 その音に、

 一登は気づいていた。


 (……来てる)


 西村の心臓が、

 もう限界だということ。


 そして、

 世界が“次”を欲しがっていること。


 病院の待合室。


 白い壁。


 時計。


 秒針の音が、

 やけに大きい。


 コン……コン。


 聞こえる。


 もう、

 隠していない。


 医師が、

 深刻な顔で言う。


「今夜が、

 峠かもしれません」


「原因は……

 説明できません」


 一登は、

 頷くだけだった。


 説明なんて、

 要らない。


 夜中。


 病室。


 西村は、

 眠っている。


 だが、

 眠って“待っている”。


 一登は、

 椅子に座り、

 静かに語りかけた。


「なあ、西村」


「お前さ……

 出口になろうとしてるだろ」


 返事は、

 ない。


 だが、

 鼓動が、

 一拍、

 遅れる。


 一登は、

 自分の手を見た。


 まだ、

 微かに残っている。


 草の匂い。

 白い光。

 野原の感覚。


 出口の残留。


「……俺が、

 全部終わらせる」


 そう、

 決めた。


 一登は、

 病室のドアに手をかけた。


 コン。


 ノックが、

 内側から返る。


「待ってる」


 世界が、

 そう言っている。


 だが一登は、

 ドアを開けなかった。


 代わりに、

 ノックを返した。


 コン。


 同じ強さ。

 同じ間隔。


 それは、

 “通す合図”じゃない。


 “拒否の同期”。


 次の瞬間。


 世界が、

 躊躇した。


 流れが、

 止まる。


 選択肢が、

 行き場を失う。


 一登は、

 病室の真ん中に立つ。


 目を閉じる。


 胸の奥に、

 まだ残っている出口構造を

 自覚する。


「出口は、

 俺じゃない」


「西村でもない」


「誰か一人に、

 背負わせるもんじゃない」


 彼は、

 思い出す。


 あの店。


 無数のドア。


 どれも、

 誰かの選択の残骸。


「欲しいなら……」


 一登は、

 ゆっくり息を吸う。


「構造ごと、

 持っていけ」


 その瞬間。


 病院の灯りが、

 一斉に瞬いた。


 モニターの波形が、

 完全に静止。


 ――一拍。


 ――空白。


 そして。


 ドクン。


 西村の心臓が、

 本来のリズムで鳴った。


 ノックは、

 消えた。


 代わりに。


 一登の視界が、

 白くなる。


 痛みは、

 ない。


 ただ、

 選択肢が消える感覚。


 朝。


 西村は、

 目を覚ました。


 軽い。


 胸が、

 嘘みたいに。


「……桐野?」


 隣の椅子は、

 空いている。


 一登は、

 いた。


 だが。


 少し、違っていた。


 彼は、

 迷わない。


 ドアを見ても、

 立ち止まらない。


 選択肢が、

 見えない。


 西村は、

 理解した。


「……お前、

 出口じゃなくなったな」


「うん」


 一登は、

 笑う。


「通れなくした」


 世界は、

 静かになった。


 不安定さは、

 消えた。


 だが。


 代償として。


 一登は、

 未来を“選ばない”人間に

 なっていた。


 扉の店は、

 いつの間にか、

 跡形もなく消えていた。


 だが。


 たまに。


 雨の夜。


 西村だけが聞く。


 遠くで、

 ノック。


 コン。


 それは、

 催促じゃない。


 確認の音だ。


 ――もう、

 通らないな?


 西村は、

 胸に手を当て、

 静かに答える。


「……ああ」


「もう、

 誰も」


 完

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