第18章
最初の異変は、
音だった。
西村は、
授業中に突然、耳を塞いだ。
「うるさい……」
誰も騒いでいない。
教師の声も、
いつも通り。
だが、西村の視界には、
音の形が見えていた。
机を叩く鉛筆の音が、
扉の輪郭になる。
椅子を引く音が、
ノブの回転になる。
(……近い)
心臓が、
それに反応する。
ドク、……ドン。
拍の遅れが、
間隔を失い始めた。
二つ目は、
位置のズレ。
階段を上っている最中、
西村は、
一段踏み外した。
「大丈夫か?」
一登が、
腕を掴む。
「……今、
段が一つ、
増えなかったか?」
冗談じゃない。
視線を落とすと、
確かに階段は、
元の数に戻っている。
だが、西村には、
“増えた段”が、
まだ見えていた。
三つ目は、
境界の侵入。
放課後の廊下。
西村は、
突然立ち止まる。
「来る」
「何が?」
一登が聞く。
「……選べなかったやつら」
壁に、
薄い影が浮かぶ。
人の形。
だが、
顔が、ない。
影が、
廊下の“内側”に
にじみ出てくる。
西村の胸が、
大きく上下する。
「……まだ、
入れるな」
誰に向けた言葉か、
わからない。
四つ目。
記憶の混線。
西村は、
自分のノートを見て、
固まった。
「……これ、
誰の字だ?」
一登が覗き込む。
それは、
確かに西村の字だった。
だが、
筆圧が、
異様に重い。
同じページに、
別の言葉が、
薄く重なっている。
――通れなかった
――戻れなかった
――待っている
「……消しても、
戻る」
西村は、
ページを閉じた。
五つ目。
身体の拒否反応。
保健室。
ベッドに横になりながら、
西村は、
天井を見ていた。
「医者は、
原因不明って言う」
「数値は、
説明できないって」
彼は、
静かに言う。
「でもな……」
手を、
胸に当てる。
「俺の身体、
“もう待つな”って
言ってる」
決定的だったのは、
ノックの変化。
以前は、
一定だった。
今は、
拍動とズレる。
コン……コン、コン。
鼓動より、
少し早い。
(……追い越される)
西村は、
それを理解してしまった。
「……桐野」
夜の屋上。
風が、
強い。
「俺な」
西村は、
手すりに寄りかかる。
「全部は、
受け止めきれない」
「このままだと、
どっかで……」
言葉が、
途切れる。
代わりに、
胸を押さえる。
一登は、
はっきり見えた。
西村の背後。
扉の縁。
輪郭だけ。
開いていない。
だが、
そこにある。
(……西村が、
出口に、
近づいてる)
その夜。
一登は、
夢を見た。
西村が、
ドアの向こうに立っている。
ノブに、
手をかけている。
「待つの、
もう疲れた」
そう言って、
振り返る。
その顔が、
見えなかった。




