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第12章

 それは、放課後の教室で起きた。


 クラスメイトの佐伯が、僕の机の横に立った。


 「なあ桐野」


 「何?」


 「今日の数学の小テストさ……

 最後の問題、どうやった?」


 よくある光景だ。


 テスト後に答えを聞いてくるやつは、珍しくない。


 「別に、普通に解いたけど」


 「普通って?」


 佐伯は笑いながら言う。


 「桐野ってさ、

 当たるよな」


 胸が、ひくりと動いた。


 「当たる?」


 「ほら、前もそうだったじゃん。

 テスト範囲、先生が言う前に

 『ここ出る』って言って」


 そんなこと、言った覚えはない。


 でも――

 そうだった気もする。


 「今回もさ」


 佐伯は、声を落とす。


 「ちょっと、教えてくんね?」


 ほんの軽い頼み方。


 拒否すれば済む。


 ……はずだった。


 (教えた方が、いい)


 考える前に、そう思っていた。


 ノートを開く。


 ペンを取る。


 式を書く。


 その一連の動作が、

 止めようとしても止まらない。


 「……サンキュ」


 佐伯は、満足そうに頷く。


 「やっぱ頼りになるわ」


 その言葉を聞いた瞬間。


 胸の奥で、

 **“通った”**という感覚がした。


 誰かの焦り。

 誰かの安心。

 誰かの「助かった」。


 それが、僕を通って――

 どこかで完了した。


 「桐野」


 西村の声が、鋭く響く。


 振り返ると、

 教室の後ろで腕を組んで立っていた。


 「ちょっと来い」


 廊下に出るなり、西村が言った。


 「今の、何だ?」


 「何って……」


 「頼まれる前に、決めてただろ」


 言い返せない。


 「佐伯だけじゃない」


 西村は、低く続ける。


 「今日一日で三人だ」


 「……」


 「ノート見せて、

 答え教えて、

 先に決めて」


 西村の拳が、震えている。


 「お前、

 都合のいい場所になってる」


 その夜。


 スマホが鳴り続けた。


 『明日の英語、何出る?』

 『小論文のテーマ、分かる?』

 『先生、何言うと思う?』


 どれも、質問の形をしている。


 でも。


 断られる前提じゃない。


 既に「使う」ことが決まっている。


 西村からのメッセージが、割り込む。


 『返すな』


 その一言に、指が止まる。


 だが――


 次の瞬間。


 返信文が、もう入力されていた。


 (……誰が?)


 ぞっとする。


 消そうとする。


 だが、消す前に送信される。


 既読がつく。


 安心のスタンプ。


 ありがとうの文字。


 そのたびに、

 胸が、少しずつ空いていく。


 「……桐野」


 西村が、電話をかけてきた。


 通話ボタンを押す前に、

 彼が何を言うか分かってしまう。


 『今、誰か通したな』


 予想通りの声。


 「……うん」


 「やめろ」


 「やめたい」


 正直だった。


 「でも……

 止める理由が、分からない」


 電話の向こうで、西村が息を吸う音がした。


 「理由ならある」


 静かな声。


 「それ、

 助けてるんじゃない」


 「……」


 「お前が出口になるたび、

 誰かの“考える時間”が消える」


 その言葉が、胸に刺さる。


 「楽をした分、

 そいつらは次も来る」


 西村は、はっきりと言った。


 「そしていつか……

 “答え”じゃなくて、“決断”を

 お前に通そうとする」


 通話が切れた後。


 スマホの画面に、

 見覚えのない通知が浮かんだ。


 《新しい接続があります》


 意味は分からない。


 だが、はっきり理解した。


 利用されることに、

 世界が慣れ始めている。


 そして。


 その中心にいるのが――

 僕だ。

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