第11章
翌日の昼休み。
いつものように、僕と西村は校舎裏のベンチに座っていた。
「なあ桐野」
西村が、ストローを噛みながら言う。
「お前、今日の英語の授業さ」
「ん?」
「先生が指名する前に、
答え、書いてただろ」
「ああ……」
無意識だった。
板書される前に、ノートに単語を書いていた。
「当てずっぽう?」
「いや……」
言い淀む。
「もう書いてあった」
西村が、動きを止める。
「ノートに?」
「違う。
頭の中に」
西村は、何も言わずに僕の顔を見た。
笑うでも、驚くでもなく。
ただ、確かめるように。
「……今も?」
「たぶん」
その瞬間。
「桐野、一登!」
背後から教師の声がした。
「え?」
振り返る前に、
呼ばれる感覚が胸を打つ。
「居眠りするな。
次の問題、答えろ」
問題文が読み上げられる前に、
答えが、分かっていた。
西村が、ぎゅっと拳を握る。
授業が終わり、人の少ない廊下。
「なあ」
西村が、低い声で言った。
「それ、“便利”だと思うなよ」
「思ってない」
即答だった。
「分かってる」
「……違う」
西村は、歩きながら続ける。
「お前さ、
考えてから動く時間が消えてる」
足を止める。
「どういう意味だ?」
「前はさ」
西村は、僕の方を見る。
「答えを出す前に、
一瞬迷ってた」
胸が、きゅっと締まる。
「今は?」
「答えが先に来て、
桐野が後から追いついてる」
言葉が、出なかった。
「それさ……」
西村は、一拍置いて言う。
「“桐野が選んでる”んじゃない」
「……」
「出来事に、使われてる」
放課後。
校門前で別れる時、西村が言った。
「今日、寄り道するな」
「え?」
「理由は言わない。
でも……扉に近づくな」
「扉なんて……」
「違う」
西村は、僕の胸の辺りを指さす。
「そこ」
ぞくりとした。
「お前さ、
たまに……“ノブ”みたいな顔してる」
「ノブ?」
「誰かが回せば、
どこかが開く顔」
冗談めいているが、目は笑っていない。
「今日だけでいい」
西村は、強く言った。
「一人で決めるな」
その言葉が、胸に残る。
別れて歩き出した直後。
視界の端で、
**誰かが立ち止まる“予感”**がした。
振り返る。
何もない。
だが、西村だけが立ち止まっていた。
そして、こちらを見ずに、呟く。
「……今のもだ」
「何が?」
「お前が、先に見た」
風が吹く。
校門が、きしむ。
その音が、
ノックに聞こえてしまった自分に、僕は気づいた。




