第10章
操車場からの帰り道、空はいつもと同じ色をしていた。
夕焼けでもなく、夜でもない、どこか中途半端な色。
「……本当に、大丈夫か?」
西村が自転車を押しながら、何度目か分からない確認をしてくる。
「平気だって」
そう答えたが、自分の声が少し遅れて聞こえた気がした。
「……今の、気づいたか?」
西村が足を止める。
「何が?」
「お前、今……
自分の声を聞いてから、口を動かした」
背中が、ぞわっとした。
「気のせいだろ」
そう言った瞬間、
“気のせいだ”と考えた感覚が、一拍遅れて胸に落ちた。
「……桐野」
西村の目が、真剣になる。
「無理すんな。
それ、もう始まってる」
「始まってるって……」
「残ってるんだよ」
家に帰ると、母はいつも通りだった。
「遅かったわね」
「うん」
それだけのやりとり。
なのに。
母が言葉を発する直前に、
その内容が、ぼんやりと分かってしまった。
(――遅かった、って言う)
予感ではない。
知っていた。
その事実に、手のひらが冷たくなる。
夕食の味も、変だった。
味覚が鈍ったわけじゃない。
「これは誰の記憶の味だ?」
そんな考えが、勝手に浮かぶ。
自室で、ベッドに腰を下ろした瞬間。
視界が、ふっと切り替わった。
――薄暗い事務所。
――硬い床。
――息を潜める感覚。
「……っ」
反射的に、息を止めていた。
誰かが来る。
ドアが開く。
そう思った瞬間――
ガチャ。
現実の自室のドアが開いた。
「一登、まだ起きてる?」
母の声。
タイミングが、完全に一致していた。
「……うん」
心臓が、嫌な打ち方をする。
母が部屋を出て行った後、
僕は自分の胸に手を当てた。
ドクン。
ドクン。
その間に。
**もう一つ、鼓動じゃない“間”**がある。
西村の言葉が、頭をよぎる。
――境界に弱い。
――ズレる。
「……俺も、ズレたのか」
その夜、夢を見た。
いや、夢じゃない。
**“続き”**だ。
操車場の犯人が、
最後に考えなかったこと。
――帰れない。
――じゃあ、終わらせるしかない。
その感覚が、
自分の決断のように胸に残る。
目が覚めた時、朝だった。
なのに。
目覚まし時計は、
鳴る直前で止まっていた。
スイッチには、触れていない。
「……俺」
ベッドの上で、呟く。
「“出口”のまま、なのか?」
その瞬間。
視界の端に、
見覚えのないドアノブが映った。
振り返ると、何もない。
だが、確かに――
“まだ、繋がっている”
そう確信してしまった。




