第八話
少し短めです。
皇宮の西側、広い平原おおわれているそこは、騎士達の屋外の訓練場として解放されている場所である。基本的には馬術の訓練などが主な役割を果たしている場所で、馬などを巧みに操るために工夫された障害物などがあちこちに用意されている。また、中に木を通して布に包まれた案山子のようなものがずらりと並んでいて、少し不気味だ。
その一角に、大きな楕円形の建物が用意されていて、その建物は中心につれ低くなっていく。
建物を含めた円の直径は185m、高さは42mと相当な大きさだ。
中に入るとその高さがよくわかる。中心部が一番低くなっていて、その場所にはぽっかりと穴が開いたように、土でできた円形の場所が用意されている。その場所から外に広がるにつれ高くなっており、一番高い場所が現在レナードたちがいる場所である観客席というわけだ。
「……なんですか? ここ」
見ればわかる。中心部の土がむき出しになっている場所。そこをグルリと囲むような高い石壁。石壁に沿って作られている東西二つの門。
その上には椅子などが並べられていて、円が広がるにつれその数は多くなっていく。
闘技場。ここで年に三回行われる闘技大会は帝都の多くの住民を熱狂させる一大イベントとして知られている。
優勝すれば帝国中に名が響き渡り、多くの貴族の目に留まるということで奴隷から平民、あるいはなかなか日の目を見ることが出来ない騎士など様々な身分の人間が出場する。
レナードは何度か見に来たことはあったが出場したことがない。いつかは出場して優勝し、賞金をいただこうとは思っていたのだが、タイミングが悪く、機会に恵まれず次こそはと考えていた。
「貴様には今からあの場所でギルフォードと戦ってもらう」
皇帝が重々しく告げる。
すっげえ逃げ出したい。これが今のレナードの心境だ。いきなり皇宮に招かれたと思ったら、今度は闘技場で戦えなど無茶ぶりもいいとこである。
やる気など全くないのだが、どうも自分はすでに皇帝、皇子、皇女の三人に目を付けられてしっかりと名前と顔を憶えられてる。ここで逃げ出しても色々とややこしいことになりかねない。
大きくため息を吐き、覚悟を決める。
「わかりましたよ……」
「ほう、ついに観念したか。ふんその黒い髪と黒い瞳と生意気な目つきが気に入らなくてな。これなら合法的に処刑できる」
「よーするに難癖つけて俺を殺したいってことじゃないですか!」
「そんなことないゾ。コウテイ、ジヒブカーイ」
「なんでカタコトなんですか! とりあえずなんで恨まれているのかわかりませんけど勝ったら見逃してくださいよ」
レナードのそのセリフに皇帝は大笑いを始めた。腹をゆすり、その笑い声は天まで届かんばかりの勢いである。
「うはははははは! き、貴様のような小僧がギルフォードに勝つだと? はははははは! ど、どのような大ぼら吹きでもしっぽを巻いて逃げる大ぼらだな。くはははははは!」
思わずむっとしてしまう。
しかし、レナードはこういった人間を黙らせるには、結果で見せるしかないと経験で知っている。
いくらレナードが腕っぷしに自信があると言ってもまだ16の小僧でしかない。その実力を初見で見抜けと言ってもよほどの実力者でなければそれはかなわない。
現に貧民街の彼の悪友たちはアランなども含めて最初は今の皇帝と同じような反応をしたのだ。
そのたびに彼は結果を見せて周囲を驚かしてきた。今度はそれが皇宮という場所で行えばいいだけの話である。
チラリとみると、皇子も笑いを噛み殺して無表情を装うそぶりを見せているが、目には涙を浮かべている。皇女のほうは少し心配そうにこっちを見ている。
すでにギルフォードは準備が整ったようで闘技場の中心部の西門前で待機している。
やれやれと肩をすくめてレナードはその場から下半身に力をため大きく跳躍した。
そして一気に中心部へと着地する。
驚いたのはそれを見ていた面々である。ここから中心部まで低くなっているとはいえ直線距離にして60メートル以上の距離だ。普通の人間はここから地下に行き、いくつかの門と通路を通過して中心部に出るのが普通だ。
自分達からいた場所から跳躍して中心部に降りる人間なんて見たこともない。
皇帝は笑い顔を凍りつかせたまま目をパチクリしている。
「……え? レナード?」
頭に浮かべた疑問符をそのまま口に出したのはラスティだ。
「さ、さすが一つ目を倒したことだけあるな」
グローリアはうなずきながらも額から汗がしたたり落ちるのを自覚する。
西門で待機していたギルフォードですら驚きに目を見張った。
「……あの場所からここまで跳んでくるなんて……人間離れしているにもほどがあるぞ」
「なんかもう色々とうるさいからさっさと終わらせたくてね……こっちの準備はいつでもいいけどそっちはどう……ですか?」
敬語を使い慣れていないのか、口ごもるように最後に何とか敬語を付け足す。そんなレナードにギルフォードは思わず苦笑してしまった。しかし、だからと言って油断するわけにはいかない。
まるで気負いのない言葉にギルフォードは警戒レベルを最大限に引き上げる。虚勢を張っているわけでもない。多少腕が立つからと言って自惚れているわけでもない。ごく普通の平常心で相手は自分に相対していると察知したのだ。
これでも自分は帝国の中でも一、二位を争う剣技の持ち主だ。自惚れるわけでもないがそれを前にしてたかが16歳の少年ともいえるような歳の人間がこうも平常心を保っていられるものなのか? ましてやこちらは30近くでそれなりの風格も持っている。若手の騎士を相手に訓練したこともあるが、みな自分を前にすると緊張してがちがちになることが多い。
なのにこの目の前にいる少年からは、そうした緊張がまるで感じ取れないのだ。
皇帝陛下は本気でこの少年を処刑する気があるのかどうかはともかく、多少は痛めつけろと命令されている。年端もいかない少年を相手にそのような行為をするのは多少良心が痛むが、皇帝の命令となれば拒否などできない。痛みやダメージは大したことはないが、見た目を派手に怪我させたように見せることもできるので、その方法を使ってすぐに終わらせようと考えていたのだが、この少年と相対して彼はレナードが手加減して勝てる相手ではないことを悟ってしまった。
「……驚いたな……君のような少年がどうやってそこまで実力を身につけたんだい?」
「……幼少期にモンスターの巣に放り込まれて、少し成長した後に死霊の洞窟でゴースト相手に戦って生き延びたらこれくらい誰でも身に付くと思うぞ? 思いますよ」
「……それが本当なら君は幼少期の時点でこの世にいないはずなんだがな」
ギルフォードは思わず笑みがこぼれてしまう。別に疑っているわけではない。むしろ納得してしまった。それぐらいの経験を積んでいないと彼から感じ取れる底知れぬ実力の説明がつかないからである。
「一応試験だから使うのは模擬剣だよ。腰の剣は使わないでくれ」
彼はそういって一本の大剣をレナードに放り込む。
レナードはそれを受け止めて二、三度具合を確かめるように振る。
模擬剣と言っても刃をつぶしただけの剣であり、その他の材質は普通の剣と変わりない。
当たり所が悪ければ骨は折れるし、目に当たれば失明だってするし、命すら落としかねない。
「大剣は使い慣れてないんだけどな……」
レナードは感触を確かめて思わずぼやいてしまう。
「ま、なんとかなるか……んじゃ始めようか? お客様をいつまでも待たせるわけにはいかないし」
お客様とは皇族ご一行とこの噂を聞きつけて見物に来た暇な貴族たちのことだ。いつの間にかちらほらと人影が見え始めている。
「そうだな……悪いが手加減できる余裕はない。死んでも恨むなよ」
瞬時にギルフォードから圧力が放たれて、物理的なものは一切放たれていないにも関わらず、レナードの体を何かが突き抜けた。
額から汗がしたたり落ちる。一つ目なんかよりよほど強敵だと認識し、彼も戦闘準備を整えた。




