二十話
雷がとどろき、周囲がどんよりとして暗くなっていく、先ほどまで良かった天気は鳴りを潜めている。
レナードの体からは白い燐光があふれ出ていて、すでに最大戦力で目の前の人物を討ち果たす心づもりだ。手加減など無用、二度とよみがえらぬように魂すらも打ち砕いてやると言わんばかりである。
目の前の人物は怪しげな仮面をつけたまま腕を組み微動だにしていない。
「何のことだね? 未来ある若者よ。私は生涯独身を貫いているナイスガイだ。君のような息子を持った覚えはないのだがな」
あくまでも親ではないと白を切る謎の人物に、レナードの怒りのボルテージはさらに上がっていく。
「そうかそうか……まあいいさ。お前が誰であろうと皇家の紋章を掲げた人物に手を挙げたんだ。その時点でお前をどうしようがこちらの勝手だよな?」
ククク、と悪辣な笑みを漏らし、剣を抜き相手に突き付ける。
仮面をつけた人物から一筋の汗が額から流れ落ちてきた。ゴブリンを守るために勢いで出てきたのはいいが。それがまさかエンペラーガードご一行とは誤算であった。
たかがゴブリンごときにエンペラーガードが来るなんて予定と違うではないかと心の中で大いに嘆く。
先の冒険者たちを気絶させたようにはいかない。こうなったら正体をばらすわけにもいかず、なんとかごまかさなければと必死である。
「落ち着きたまえ、若者よ。短気はよくないぞ?」
「死ね」
一瞬の躊躇もなく、加速して間合いを詰め剣を振り下ろす。
その殺意の凶刃を仮面の男は同じように白い燐光を発してなんとか受け止める。
剣と剣がぶつかり合う轟音があたり一帯に響き、剣がぶつかり合った衝撃で、それを見物していたエリザの髪が後ろにたなびく。
仮面の男は冷や汗ものである。一瞬でも力を緩めればあっという間に五体が切り裂かれるほどの力が込められていると感じたからだ。
「相変わらずしぶとさだけはゴキブリ並みだな!」
「わ、若者よ! 私に何の恨みがあるかわからないが……ひ、人殺しはよくないと思うぞ?」
「ほう……あくまで他人を装うか? まあいい任務遂行の邪魔だからとにかく死んでおけ」
このままではまずい、確実に殺されてしまう。予定とは違うが仕方あるまいと仮面の男は懐から素早く何かを取り出し地面に叩きつける。
あたり一帯から煙が吹き上がり、レナードの視界が奪われてしまった。
「ふはははは! 私はここで殺されるわけにはいかんのでね! さらばだ!」
捨て台詞を残してそのまま逃げようと画策する。
「……あんの野郎!」
煙が収まりあたり一帯を見渡すと仮面の男はすでにいなくなっていた。
レナードは相手の男を追いかけるべくゴブリンの巣へと突っ込んでいく。
やつのことだ。巣のあるお宝で妥協するに違いないと予測したのだ。
「そう、貴方達も大変なのね」
「ギーギャ……ギャギャ」
姉御……俺達だって頑張っているのにいつもいつも住処を奪われて悲しいんです。
見た目が醜悪ってだけで害獣扱いされて……。
「じゃあ人を襲わなければいいんじゃない?」
「ギーギー」
そうはいかないんですよ。なぜか金目の物を見るとこう……我を忘れてしまうというかなんというか……本能ってやつなんです。
「難儀ね」
「ギー」
まったくですよ。
いつの間にか敷物を地面に引きゴブリンとお茶を楽しんでいるエリザ。
ゴブリンも一緒になって、そのお茶を楽しんでいる。
「く……僕としたことが不意を突かれて気絶するなど」
「待ちやがれ! クソオヤジ!」
「ふぎゃ!」
ようやく目を覚ましたベルネットが立ち上がろうとした瞬間に、レナードに思いっきり踏みつけられて再び気絶してしまう。
レナードはそんなことに気付かず、ゴブリンの巣の中へと入っていった。
巣の中は光がないので暗闇に等しい状態である。
しかしレナードには闘気術のほかにも簡単な魔法が使える。
使える魔法は「暗視」「同化」「音消し」などと言った盗賊が使うような魔法ばかりである。あまり魔法の才能はないのだが、なぜかこの手の魔法だけには特化していた。
さっそく暗視の魔法を使い周囲を見渡す。
ゴブリンの巣は基本アリの巣構造になっている。
出口へと続く緩やかに地下へと続いている大きな道のあちこちに横穴があり、それぞれの役目を果たしているのだ。
一番奥にはおそらくゴブリンの上位腫などがいる。そしてお宝のありかはその近くである。すでに仮面の男が奥へと向かっている負けるわけにはいかない。
そう考えてエリザを守るという任務すら忘れて走り出す。
突然の襲撃者にゴブリン達はにわかにあわただしく叫び声をあげ、危機を伝える。
出てくるわ出てくるわ、どこにこれだけのゴブリン達がいるのかと思うほどの人数だ。
「邪魔だ! てめえら!」
瞬時に加速し、闘気を刃にまとわせ一閃。剣から放たれた闘気が刃となって離れて様子をうかがっていたゴブリン達を一気に切り裂く。
けたたましい叫び声とともに絶命していくゴブリン達。その死体を一瞥すらせずに踏み越え一気に奥へと走っていく。
だが、本来であればここで違和感に気付くべきであった。
仮面の男が先を行っているならば、ゴブリン達はその男に集中しているはずである。なのに、ゴブリン達はレナードのみを襲撃者として認識していたのだ。
レナードはそのことに気付かずに群がるゴブリンを徹底的に切り裂いていく。
「クソ! 宝! 宝はどこだよ!」
奥へと進むたびに横穴が目につき思わず確認してしまう。ここか? いやこっちかもと誘惑に駆られ中々宝の部屋にたどり着けない。
「ギーギ?」
「ギャギャ!」
今夜いいだろ? ゴブ子さん。
ええ、もちろんよゴブ男さん。
とある横穴でゴブリン同士がいちゃついてた。ゴブリンの言語は分からないがなぜか腹の立つ思いをしてレナードはその二匹を切り裂く。
「こんなところで余計なことしてんじゃねえ!」
そしてそのまま走り去っていく。
「ギーギー……ギギ……」
「ギャギイ」
う、生まれ変わったら一緒になろうね。ゴブ子さん
あ、あたし急所外れているみたいだからほかのゴブリンと幸せになるわ……。
「ギャーギー!?」
そ、そんな……。
ゴブ男はそのまま息絶えた。
中々宝が見つからず焦るレナード。
奥へ奥へと進んでいき、ひときわ立派な衣装に身を包んだゴブリンを発見する。
おそらくこの巣のボスなのであろうとあたりをつけ思いっきり胸倉をつかむ。
「よー……お前たちがため込んだ宝ってのはどこにある?」
凶悪な眼差しと口調をそのままにボスに脅しをかける。
「ギギャギギャギャァ」
ふん、人間の侵入者ごときが、我らの宝を盗もうなど片腹痛いわ。例え命を引き換えにしても教えるわけにはいかんな。
「ならば死ね!」
「ギギギ」
誰が喋らんと言った。あっちにある。
そういって指をさすゴブリンボス。
瞬時に指のさされた方向へと走り去るレナード。
襟を正してボスはこの巣はもうだめだからさっさと避難しようと生きている仲間に呼びかけていく。
ボスに教えられた穴へと飛び込むと、そこには金貨や銀貨が山盛りというほどではないがそれなりに用意されていてレナードは目を輝かせる。
「おおおおお! く……もう少し育てておけば……おのれ! クソオヤジ! 何の罪もない、いたいけなゴブリン達を殺しおって」
「人のことを責められる立場にあんのかお前は!」
背中からけりが入りレナードは思わず前のめりにつんのめる。
「なぜおれの後ろから出てくるんだ?」
ゆらりと向き直り、レナードは仮面の男に剣を向けた。
「ふはははは、宝の部屋まで案内ご苦労だったな。わが息子よ! ゴブリン博士とは仮の姿。しかしてその真の姿は貴様の愛する親であるルレン・ハルヴァートその人である!」
仮面を取り外し、ここで正体をあらわにするルレンだが、レナードはまったく驚かない。それどころか思いっきり剣を振り下ろす。
「こ、こらレナードよ! 父だというのがわからんのか!」
「ゴブリン博士なんだろ? 巣ととも死ぬことが出来るんだ本望だろう?」
「貴様! 父に……この父に……剣を向けるというのか!?」
「宝を懐にしまいながら言っても説得力がねえんだよ! 往生しろや!」
紙一重でレナードの剣を何とかかわしていくルレン。
懐からぼろぼろと金貨や銀貨が落ちていく。
そしてついにレナードの剣がルレンの腕をとらえたが、ギインと甲高い音を発しただけで切り裂くことは出来なかった。
ルレンの闘気術は防御特化の闘気術である。ゆえに刃物をそのまま素手で受け止めることが出来るのだが、痛覚がないわけではないので、痛みがそのまま体を襲う。
「今までの恨みを晴らしてくれるわ!」
ここぞとばかり神速の速さを持ってルレンの体をぼこぼこにしていく。
息つく暇もない連続攻撃で、ルレンの体や顔は見る見る間に青痣だらけとなっていく。
闘気術をやめてしまえばそのまま切り裂かれ命はなくなるのでルレンは気絶しないように意思をつなぎとめるだけで精いっぱいだ。
「ええい! 俺が何をしたというのだ!」
「目に涙を浮かべながら抗議できる立場にあるのか! おのれは! 金貨2000枚耳揃えて返してもらおうか!」
「ふん、このルレン・ハルヴァートにかかれば金貨2000枚ごとき一日も持たんわ」
剣がルレンの脳天を直撃する。一体どんな使い方をすれば金貨2000枚がこの短期間でなくなるのか……。今この場で息の根を止めてくれると改めて誓う。
「このままなぐり殺してやる!」
「お、おちつけレナード! ここは引き分けにしようじゃないか!」
「どこが引き分けだ! 親父の闘気はもう尽きそうじゃないか……殴り殺されるか、斬り殺されるか選べ!」
そういって、とどめだといわんばかりに剣を振り上げる。
突如巣全体が揺れ始め天井が崩れ始めていく。
「なんだあ?」
「いかん! レナードよ。ゴブリンどもは最後の手段として巣を破壊するつもりだ! やつらの常套手段だ」
ゴブリンの巣は自爆用として、巣のとある場所に柱を作ってある。そしてその柱を崩せば、巣全体が崩れて侵入者ごと生き埋めにするという罠が最終手段として残されているのだ。
「ここは、俺に任せてレナードよ……お前だけでも生き延びてくれ」
まさに綺麗な瞳で純真無垢そのものである。
ただし、その瞳は宝に向かっていて、その手は宝を漁っている。
「……」
無言のままルレンに近寄り、後ろから剣を思いっきり叩きつけると、ルレンは白目をむいて気絶した。
このまま最後の一突きを突き入れようとしたが、巣の崩落が本格的に始まり、レナードは一掴みだけ金貨を取って脱出を選んだ。
崩落する前に巣から脱出し、ようやく一息つくレナード。
「ああ……くそったれ……あのバカの邪魔が入らなければ……」
手に持った金貨を見つめながら涙を流す。
心底悲しんでいる。
「ギーギヤ」
旦那、悲しむことはありません。ボスも生きているしまた近いうちにどっかに巣を作りますよ。
エリザとお茶をしていた見張りのゴブリンがレナードを慰めると、巣から脱出していたゴブリン達とともにどこかへと去って行った。
「終わったの?」
エリザが聞いてきた。
「まあな……とりあえず悪は滅びたみたいだ」
「そう……ゴブリンと友達になれてあたしは幸せ」
「よかったな……ハァ……それじゃ任務に戻るか」
「そうだね」
そうして二人の男女は北東の漁村へと向かっていく。
「僕を忘れるなーーーーー!」
ベルネットが叫びながら二人の後を追いかけて行った。
そして全員がいなくなったゴブリンの巣の近くの地面からルレンが顔を出す。
「クソ……宝が地中深くに沈んじまったよ……あのバカ息子が! 空気読めってんだよ……ハァ」
本気で涙を流し、彼は街へと戻っていった。




