第十九話
街道をそれて、助けた男性の言うとおりの方向へと進むと、開けた草原の真ん中に石が組まれていて、地下へと続く穴らしきものがあるのを発見する。
入り口の左右には見張りらしきゴブリンがいて、醜悪な目つきをそのままに周囲に目線を巡らせて油断はしていないようだ。
下位のゴブリンみたいで、手にはさびた槍やこん棒などを持っている。
ぼろきれを纏い茶色い肌で、醜く曲がった鼻。人から見ると生理的嫌悪をもよおすような外見である。
レナード達は近くの茂みに身を伏せて巣の様子をうかがっている。
「あの規模からすると、それほど大したことはないみたいですね。僕一人でも充分すぎるほどです」
ベルネットが勝ち誇った笑みをエリザに向ける。
実際この程度であるならばプリンセスガードの実力を持つ彼なら簡単に駆逐することが出来る。決して自惚れなどからくる発言ではない。
「あれペットにできない?」
エリザはゴブリンを食い入るように見つめている。
「しようと思えばできるだろうけど……やめとけ」
呆れた声を出したのはレナードである。
ゴブリンは決して人にはなつかず、無理に捕まえれば発狂して気が狂ってしまうような存在だ。
労働力として何とか使役できないものかとかつて国の様々な研究機関が取り組んだのだがすべてが失敗に終わっている。
ゆえに、ゴブリンは決して使役できるものではないというのが、今の研究機関の答えである。
「うーん。残念」
残念そうな表情にはとても見えない。
どこまで本気なのか、どこから冗談なのか相変わらずわかりにくいお姫様だ。
レナードはこの期に及んでもなお、何とかゴブリンを育てる方法はないものかと必死で無い知恵を振り絞り考えている。
このままでは確実に目の前のお宝が消えてしまうのだ。
「さて、ここでこうしていてもらちが明かない。レナード行くぞ」
ベルネットが立ち上がりレナードを促す。
「行ってらっしゃい。頑張れ」
「貴様も行くんだ!」
無理やり立たされて、ここまでかと諦める。ただ働きの上に余計な仕事。胃が痛いなんてものではない。今までレナードにとって何かをするという行為に関しては何かしらの金銭的なものが必ず発生していた。それがプラスになるものなのか、マイナスになるものなのかは別として、彼にとってはボランティアなんぞこの世の毒だとすら考えている。
皇家からの借金という名目で、今は従事しているが、給料は発生していない。唯一の救いは立派な部屋と三食の食事が確実につくということだけである。
それだけでも今までの生活から見ればかなりのものだが、やはり金銭が絡まない仕事というのは、はっきり言ってやる気が出ないのだ。
そんなレナードの心境をよそに、大胆不敵にも堂々と正面からベルネットはゴブリンの巣へと近づいていく。エリザにいいところを見せるまたとないチャンスでもあるのだ。
そして正面の見張りのゴブリンに向かって剣を突き付ける。
「やあやあ、我こそはこの国に仕えるプリンセスガード。ベルネット・レスター! 天に代わって貴様らを討伐しに来たものだ。さあこの僕の刃の餌食となるがよい!」
ふ、決まった。見ていてくださいましたか? エリザ様。この醜悪なモンスターに立ち向かう僕の姿を。
などと悦に浸り、チラリと後ろを振り返る。
「ゴブリンをペットにする方法を考えて」
「無理だ」
「今日は添い寝してあげるから」
「貴方の立場がもっと下ならその提案に乗りますがね」
「私、魅力ない?」
上目にづかいにレナードを見やるエリザ。思わずどきりとしてしまうレナード。
「何をやっておるんだ! レナード! 僕の雄姿に注目する場面だろうが!」
「あのな……ベルネット」
「なんだ?」
「危ないぞ」
瞬間、ベルネットの後頭部に激痛が走る。
見張りのゴブリンが、ベルネットの後頭部にこん棒を叩きつけたのだ。
「だから、言ったのに」
呆れた声を出して、せっかく忠告してやったのになんてざまだよと言わんばかりに肩をすくめて首を振るレナード。
「こ、この! もっと早く教えんか!」
「いや、あんだけ前口上を切っておいて、よそ見するお前が悪いだろ」
ゴブリン二匹はすぐそばで攻撃が成功したことを喜ぶように手を叩いて喜んでいる。
おまけにベルネットを指さして笑っていた。
「受けたみたいだな。やったねベルネット」
「モンスター相手に笑いを取ってどうするんだ!」
怒り心頭である。ゴブリンごときの攻撃をもろに受けて、エリザの前で醜態を見せるなど、プリンセスガードに着任して以来、初めての出来事だ。
成績優秀、将来性あり、身分も高く侯爵家の出のエリートであり、顔は言うまでもなく絶世の美男子、性格も最高で、まさに完璧な自分が、ゴブリンの攻撃を受けた上にゴブリン笑われるなど恥辱の極みを通り越している。
あまりの怒りに顔を真っ赤にするどころか、酸欠気味で真っ青になりつつある。
笑っているゴブリンに向き直り、頬をヒクヒクとひきつらせている。
「モンスターごときが……か、覚悟は出来ているんだろうな?」
すさまじい殺気だ。ゴブリン達もそれを感じ取ったのか、思わず後ずさる。
ベルネットはゆらりと一歩近づき、ゴブリン達に詰め寄る。
「ギーギャ、ギャ、ギー」
何やらあわてたような声をベルネットに向けるゴブリン。
ベルネットから見ると命乞いをしているようにも思えた。
「今更、遅いわ! このまま切り捨ててくれる!」
そして、剣を振り上げゴブリン達にその凶刃が襲いかかろうとした、その瞬間。
「危ない! ベルネット!」
いきなり背中から突き出され前に倒れこみ、大地にうつぶせになってしまう。
レナードが背中から彼を押したのだ。
そして倒れたベルネットをここぞとばかりにこん棒でタコ殴りにするゴブリン達。
「いやー不幸な事故だったな。草を結んで転ばせるような罠が設置されていたとは……やるなゴブリン」
「ギーギャ! ギャ!」
いやあ、そうでもないっすよ旦那。とでも言っているように照れるゴブリン達。
「アホかーーーー!」
怒声とともに爆発するように起き上がったベルネットの頭にはいくつもコブがこしらえられていた。
ついでに右目の周りを囲むような痣もできている。
「おや? どうしたんだイ? ベルネット君」
「何が罠だ! 貴様が背中を急に押すからこうなったんだろう!」
「違うよ罠だよ。ゴブリンの罠だよ。汚いさすがゴブリン汚い」
「ギーギャ! ギャ!」
そりゃないっすよ旦那。俺たちに責任を押し付けないでください。そんな感じである。
レナードとしてはなんとかいい案が浮かぶまで時間を稼ぎたいのである。このままでは純真無垢なゴブリン達がこの悪党の手によって虐殺されてしまう。ここはモンスター愛護精神を発揮してなんとかゴブリン達を救わねばと正義の心をメラメラと燃やしているのだ。
そしてうまく育て上げ……うんうん。親心とはきっとこういうことを言うんだろうなと何やらわけのわからないことを考えている。
「そうか……レナード。どうやら僕と君は相性が悪いようだな。僕としては仲良くやっていきたかったんだが、君がそういう態度に出るのであれば僕としても考えることがある。レスター侯爵家を敵に回すということなのだな?」
「あのな? ベルネット……」
「いまさら何を言おうが、もう遅い。この任務が終わったら覚悟しておけよ?」
「危ないぞ?」
再び後頭部から激痛が走る。
「あ……あが……」
「学ばんやっちゃなー……お前アホだろ?」
ゴブリン達も同情するようにうんうんとうなずく。
「貴様にだけは言われたくないわ!」
「案外丈夫だな……つうか早く気絶しろよ」
「何が目的だ……?」
ゴブリンに向けるはずの殺気をレナードのむけてついでに剣を突き付ける。
「いやだなあ、ベルネット君。同じ汗水を流して働く仲間じゃないか。そんな仲間に剣を突き付けるなんて……俺を信じてくれよ」
キラキラと瞳を輝かせて純真無垢な光を目から放つレナード。
そしてその横でゴブリン達も一緒になって綺麗な? 瞳を潤ましている。
「お前らは兄弟か何かか!」
意気投合しているモンスターとレナードを見れば、そう思うのも無理はない。
その後ろでエリザが尊敬のまなざしでレナードを見つめている。
なぜかモンスターと意気投合をしているレナードに面を食らったのだ。
「ええい! 埒があかん。もう漫才は充分だ! そろそろ覚悟を決めてもらおうか」
「ひどいよ! ベルネット! 生きとし生けるものはみんな仲間じゃないか! ゴブリンだって一生懸命生きようとしているのに……それの何がいけないんだよ! 彼らだって……彼らだって……俺のためにお宝……じゃなくて……そのなんだ……えーと……ほらあれだ……生き物の命は大事だろ?」
「な・る・ほ・ど……さっきから妙だ妙だと思っていたが……それが目的だったのか? え? レナード君?」
幽鬼のような顔つきになり、両目は血走っている。すでに怒りを通り越して何らかの悟りを開いたような面持ちだ。
彼の体から赤い燐光が吹き上がり、魔力が練られていく。
すでにゴブリンごとこの悪党を消し去る算段だ。
基本ゴブリンが巣を構える場所は、宝石の原石や金塊がとれる場所でもあるが、場所によってはまったく取れない場所に巣を作る場合もある。その場合はどこからお宝を集めるかというと旅人から奪うのである。
街道を行く商人や、裕福そうな貴族の乗った馬車。そうしたものから奪っていくのだ。
となると国に仕える身分であるガードがこのことを知って放っておくわけにはいかない。つまりレナードのやっていることはある意味犯罪の助長であり、正しいのはベルネットということになる。
それを考えるとベルネットの怒りも当然だ。
ましてや、今回は街道のそばに巣が作られている。つまり、この巣のゴブリン達が集めるお宝は善良な民たちから巻き上げられたお宝なのだ。
ベルネットはこれでもガードの仕事に誇りを持っている。このようなことを見過ごせる性格ではないのだ。
怒りをそのままにジリジリと間合いを詰めるベルネット。
まともに戦えばレナードが勝つだろうが、同じガードであるがやはり皇家の紋章を掲げた相手に直接剣を向けるというのは彼にとっては長年しみついた習性なのか、ためらわれる部分があり、思わずゴブリンの背中に隠れてしまう。
「な、何のことだイ? ベルネット君! お、落ち着きたまえ短気はよくないぞ!」
「ギーギャァ! ギャァ! ギギャ!」
旦那! 俺達を盾にしないでください! お、おれたちには八歳の娘がいるんです! け、喧嘩ならよそでやってください!
と抗議しているようだ。
「ほら、こ、こいつらの退治が目的だろ? も、目的をはき違えちゃいけないよ!」
そういって、盾にしたゴブリンを突き出す。
「ギーギー! ギギ? ギギギ!?」
そりゃないっすぜ旦那! こうなったら一蓮托生! ゴブリンのために一緒にがんばりましょうや。
そんな感じで必死にアピールするゴブリン達。
「問答無用!」
ベルネットが聞く耳を持たず、剣を振りかぶり一気に間合いを詰めようとした瞬間。彼の体が大きく吹き飛び、ピクピクと動きながら草むらに倒れこみ、完全に白目をむいた。
何が起きたんだレナードが視線を巡らせると、そこにはボロいローブをたなびかせて、これまたボロい布きれとズボンに身を包んだ、蝶型のマスクをした人物が腕を組んでそこにいた。
「やあ、大丈夫だったかい!? 危ないところだったね。いやなに。私は通りすがりのゴブリン愛好家のものだ。ゴブリンのゴブリンによるゴブリンのために私は日々頑張っている。人呼んで愛のゴブリン戦士とでも呼んでくれたまえ。何お礼はいらんさ。無欲からくる善意の証だ。ささ、君たちは先を急ぐのだろう? ゴブリン達のことは任せてそこの男を担いでこの場から離れるがよい。彼らはモンスターで一歩間違えると命を落とす可能性がある。私のことは心配いらない。これでもゴブリン博士と呼ばれているからね」
一気にまくしたて、いかにも恩を売ったように口上を述べレナード達をここかた立ち去るように促すどう見ても怪しげな人物。
しかも、言っていることがゴブリン戦士からゴブリン博士になっている。おまけにこんな真昼間から蝶型のマスクをしているなど胡散臭いにもほどがある人物だ。
見張りのゴブリン二匹もジト目で当の人物を見ているほどである。
そして、レナードから先ほどのベルネットに負けないほどの殺気が漏れ、良かったはずの天気がにわかに曇り始める。
「……ナニヲシテイルンダ? クソオヤジ?」




