第二話
レナードとアランは街に戻るとお互い別れた。
デラの酒場を出てから大分時間が経っていたのかすでに日は暮れている。
まだまだ食欲が盛んな年頃であるレナードの腹の虫が自己主張を始めたのでレナードは再びデラの酒場へと足を運んだ。
昼間とは違い、一日の仕事を終えた労働者達が気の合う仲間とともに酒を片手に大いに盛り上がっている。商売繁盛で何よりだ。吟遊詩人が明るい音楽を奏でて、踊り子がステージで踊っている。
そんな中カウンター席へと向かい、レナードは食事を注文した。
「マジで一つ目をやったのかよ……」
なんとも言えない声がデラの口から洩れる。
童顔な顔をしかめてやれやれといった様子だ。
「けけけ。これを見ろ!」
レナードはそういって懐から革袋を取り外し中身をばら撒く。
一つ目を倒した報酬である金貨13枚と回収した他の傭兵の武器などの儲けを含めて銀貨数枚。
レナードにとっては世界一の大金持ちになった気分であろう。
「あいかわずでたらめな奴だな。まってろ。今日いい肉が手に入ったからお前にくれてやるよ。銀貨4枚だ。つけも合わせると銀貨10枚と銅貨8枚きっちり払えよ」
「ぐはははは! 任せろ! なんでも払っちゃうよ! なんでも頼んじゃうよ! もうね俺超金持ちだしー」
有頂天になっているレナードに苦笑しながら、デラはレナードの料理のために奥へと引っ込んだ。
人の多いところで金を見せるのはよくないというのは古今東西どこでも一緒である。
そしてそれは今回も例外ではなかった。
「兄ちゃん。ずいぶんと景気がいいなあ……ちっとわけてくれよ」
酒に酔っているのか、顔を赤らめたがたいのいい男がなれなれしくレナードの肩を抱き、酒臭い息を向けてきた。
ギラリとレナードの目に危険な光が灯る。
「おい。息がくせーよ。貧乏人がなれなれしく近寄ってくんな。てめえにやる金なんてねーよ」
カウンターにばら撒いた金を素早くまとめて革袋に入れ懐にしまう。
「クソガキには金の使い方なんぞわかんねえから俺が有効に使ってやるって言ってんだよ! おとなしくだせや」
相手も気が大きくなっているのか、言葉使いが荒くなってくる。
どうして汗水たらして働くということをせずに甘い蜜だけ吸おうとするのか、少しは地道な労働というものに喜びを感じたらどうなのだ? とレナードは思いながらも顔を近づけている男の顔面に裏軒を一発かました。
男はそれだけで大きく後ろに吹き飛び、ほかの客が食事していたテーブルなどを巻き込みながら床に転げる。
「バカだねーよりにもよってレナードに絡むなんて」
「もぐりなのか? あいつ」
などとほかの客は慣れたものだといわんばかりに騒ぐことなく自分たちは自分たちで楽しんでいる。
「小僧が! てめえ大人をなめんじゃねえぞこら!」
口元をぬぐいながら怒声を放ち、男が立ち上がる。
「あん? てめえこそ人様の金をたかろうなんざ100年はええんだよ! “血まみれのレナード”舐めてんのか!?」
酒場の客が一気に凍りついた。吟遊詩人も思わず音楽の手を止めて、踊り子までも目が点になっている。
『血まみれのレナード』なんて聞いたこともない。
ここにいる常連はレナードの強さをよく知っているので特に何も言わないが、それにしても『血まみれのレナード』はないと心を一つにしたのだ。
「な、なあ……前は“全殺しのレナード”じゃなかったか?」
客の一人がレナードに聞こえないようにボソッと一緒に食事していた男に問いかけた。
「いや俺が知っているのは“ひき肉のレナード”なんだが……」
「俺が前に聞いたのは“滅殺のレナード”だったけどな……」
……一同思わず顔を伏せてしまう。
笑っていいのか、それとも痛いと同情してしまうべきか悩みどころだ。
そんな客の何とも言えない雰囲気をよそに、レナードに絡んだ男は勢いよく立ち上がる。
口元から血がにじみ出ており、それを拭き、レナードを睨みつける。
「クソガキが! よくもやりやがったな! こっちゃあ幻狼傭兵団だぞ! こらあ」
「あ? 幻狼だあ? 上等だよ! 誰でも連れてこいや!」
まるっきり不良のケンカである。
とはいえ、このままでは収まりがつかず、お互いの空気が張りつめていく。
武器を手にしていないところを見ると、さすがに殺し合いまではする気はないらしい。
そして素手の殴り合いが開始された。
客たちは巻き込まれないように素早く二人から距離を取り、吟遊詩人は戦いにふさわしい曲を奏で、踊り子はそれに合わせて踊る。
男の拳が風を切りレナードの顔に迫るが、レナードは半身になりつつ、相手の外側へと回り込み、その拳を軽くいなす。
拳をいなされたことにより、男の体が前方へと大きく流れ、レナードは相手の後頭部に掌手を叩きつけ脳を揺らす。酔っぱらってたこともあり、その勢いで男はさらに前へとつんのめり、酒場のカウンターに額を思いっきり叩きつけることとなった。
「ぐげ! こ、このガキ! ぶっ殺してやる」
「くだくだ吠えてんじゃねえよ!」
相当頭に来ていたのか、ここでついに男は腰から剣を抜き放つが、レナードはすでに間合いを詰めており、相手の顎に拳を叩き込む。
脳を揺らされ、がくんと男の体から力が抜けて前のめりに倒れてくる。
危険な倒れ方だが、レナードは相手の体を受け止めようともせずに距離を置いて後方に飛び退く。
ズシンという音と主に男は白目をむいて、そのまま意識を失った。
「“血まみれのレナード”忘れんじゃねえぞ!」
倒れた相手に唾を吐き、騒ぎは収まった。
奥から店主であるデラが出てきてカウンターにレナードの料理を置く。
「ったく……うちの酒場で騒いでんじゃねえよ。出禁にすっぞ? クソガキ」
「あ? てめこら? “血まみれのレナード”に文句あんのか?」
先ほどの余韻が残っているのだろう。怒気を収めず、デラにまで牙をむくレナード。
「壊されたテーブル、ほかの客の料理をダメにした分、床の修理代、つけの分、そしてこの料理も含めてしめて金貨5枚なちゃんと払えよ? 懐にまだあんだろ?」
「デラ……お前っていい男だよな! なあみんな? そう思わないか?」
いきなり態度が180度変わる。
「おだててもまけねえぞ? ほら早く出せこら!」
「待って下せえよ! お代官様。家には病気の父が」
「あいつならさっき来て、おまえが稼ぐ分を担保にラティルのとこに行ったぞ?」
「あ゛あ゛?」
目を目いっぱいに見開き、口をあんぐりと開けて間抜け面を隠そうともせずにどこから出したかわからないような声を発するレナード。
ラティルとはこの辺の賭場を取り仕切っており、金貸しも営んでいる人物だ。
レナードもそして父親であるルレンも親子そろって仲良くお世話になっている人物でもある。
もちろん悪い意味でだ。
自分の稼ぎをいきなり質にとられて、レナードは怒りに燃えてしまう。
この金は今までの負け分を取り返すための大切な資金源なのに、あのバカ親父のことだ。スカピンになって帰ってくるのは目に見えている。
素早く踵を返して、外に向かおうとしたが、襟首を掴まれた。
「放してくれ! デラ! あの糞親父今日という今日は息の根を止めてやらにゃダメなんだ!」
「おつちけ。お前が親父を殺そうが逆に殺されようが、んなこたどーでもいいんだよ。ちゃっかり無銭飲食しようとしてんじゃねえ! おら金貨五枚あんだろ? ちゃりんちゃりん音が聞こえてんだよ!」
「かつあげなんて大人げないよ。デラ」
ポカリとレナードの頭に拳骨が炸裂する。
「いいから早くだせや! クソガキ! 三枚におろすぞ?」
「いや……金貨5枚は高すぎね?」
「迷惑料こみの値段だ。良心的だろ?」
「ぼったくりだよ! この店」
「心配すんな。ぼったくるのはてめえだけって決まってるからな。いつもいつもなにかしらの騒ぎを起こしやがって、客がドン引きしてんじゃねえか!」
「いや……喜んでるぜ?」
見渡すとみんな現金のやり取りをしている。
先ほどのレナードとチンピラのやり取りをかけていたのだ。本命はレナードだったが、一発大穴狙いでチンピラにかけていた客もいたのだ。
「客質悪いよな。この店……」
しみじみとレナードが言うと、再びポカリと小突かれた。
「ほとんどてめえのせいだろ! おかげでこの帝都でいろんな意味で有名になったよ!」
「商売繁盛で何より」
なんとか金を払わずに済ませようとあの手この手で話題を変えようとレナードは必死だが、あいにくとそうはいかなかった。
レナードに泣かされ続けている、デラだ。
ちょっとやそっとじゃごまかすことなど無理である。
「はよ払え!」
「こんど貴族のお嬢さんを紹介してやるよ。きれいどころ満載。より取り見取りだぞ?」
「没落貴族に、んな人脈あるはずねえだろ! 払え!」
これ以上は時間の無駄である。
レナードとしては一刻も早く、ラティルのとこに向かいルレンを止めなければならないのだ。
しぶしぶ懐に手をやり、革袋から金貨5枚を取り出しカウンターに置く。
「毎度ありー。またのお越しをお待ちしておりますー」
わざとらしい笑みをレナードに向けてデラは彼を見送った。
「くそっ! まったくどいつもこいつも金の亡者め! 人が少し儲けたくらいで目の色を変えやがって!」
自分のことをまったく省みずにぶつくさと文句を言いながら帝都の大通りを走り抜け、少しさびれた路地に出る。
その路地の中において、違和感がある建物がレナードの視界に入る。
さびれた路地に構えるには少し立派すぎる建物だ。
間取りはかなり広く作られていて、ちょっとした貴族のお屋敷にも匹敵する。
その建物の入り口には武装した強面の人物が何人か配置されており、見張りをしている。
その中をレナードは足早に突っ切っていく。
すでに顔パス状態ということだ。
入り口で武器を預けて、中に入ると、にぎやかな喧騒が聞こえてくる。
貴族たちにもよく利用されている賭場なので、正体を隠したい貴族は仮面をつけて思い思いに楽しんでいた。
別にギャンブルはこの国では違法ではないが、あくまで庶民の遊びという意識があり、プライドの高い貴族は興味があっても世間体を気にして中々こういった場で公に楽しむことができないのだ。ゆえに身分と顔を隠して密かに興じているというわけである。
もちろんそんな事情は没落貴族のレナードには何の関係もないし、その父であるルレンも同じだ。
忙しく目線を動かし自分の親の姿を探すレナード。
隅のテーブルで呆けたように力なくうずくまっている親を発見し勢いよく近づいていく。
「くぉら! 糞親父! 風邪ひいていたんじゃねえのかよ!」
胸倉をひっつかみ座っているルレンを無理やり立たせる。
「おお! よく来たな愛する息子よ! いくらある?」
開口一番このセリフだ。これだけで自分の父がどういう状況か把握してしまったのだ。
「おい……てめえ人の稼ぎを勝手に質に入れてんじゃねえよ!」
「……倍にしてやろうと思っただけなんだなー」
「でっけえお世話だ! いくら負けたんだよ?」
まだ懐には金貨8枚が残っている。これだけあればちょっとやそっとの支払い程度問題ない。そう思って負け金を聞いたが直後に後悔した。
「金貨3枚と銀貨20枚。ごめんね」
てへっと舌を出す。
中年の男がこんな行為しても気色悪いだけだ。
あっという間に愕然とした表情を隠そうともせずレナードはうなだれた。
なぜこうなった? と自問自答しているのだ。
先ほど一つ目を退治して役人に報告し金貨20枚を受け取り、アランと分配して世界一の金持ちになった気分を味わったのに、すでに残っているのは金貨5枚だけというとんでもなく悲しい出来事に彼は泣きたくなった。
役人から金貨を受け取ったのは夕暮れ時。そして今はようやく夜になりつつある状態だ。
ほんの数刻しか経っていないのに何かの運命かとすら思う。
「……なにで負けたんだよ?」
「セブンポーカー……いやーあれ絶対ブラフだと思ったのにAのフォーカードとかおかしいだろ?」
セブンポーカーとはトランプを使った遊戯の一種で多くの賭け事に使われているポピュラーなゲームの一つである。
場所によってはルールが少しずつ変わってくるが基本的には普通のポーカーをさらにややこしくしたゲームであるが普通のポーカーと違うのは、役が出来ていなくてもはったりによって勝つことができるという一種の心理ゲームも含まれている。
「お前の人生そのものがおかしいだろ! もうこれ以上は傷口を広げるだけだから帰れよ! あとは俺に任せろ。ぜってえ取り返すから!」
「いやここは負け分を払って普通帰るべきだろ?」
ルレンが思わず意見してしまう。レナードはルレン以上にギャンブル好きで、ルレン以上にギャンブルに弱い。
「いいから親父は黙ってみておけ! “血まみれのレナード”の恐ろしさを叩きつけてやるぜ」
「この前は“八つ裂きのレナード”じゃなかったか?」
「気にすんな!」
そう言って店員のいるテーブルへと足を運んだ。




