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第一話

 

 コーネリア帝国、帝都コーディア、人口60万人ほどの大都市であり、大陸でも有数の都市に数えられる。

 大国ということもあって、軍事力はかなりのもので、多くの貴族達も住んでいる。

 外敵からの攻撃はここ100年ほど受けておらず、かなり平和な国でもある。また比較的統治もうまくいっているようで、治安も良く人々からは充実した顔色が伺われている。


 平民と貴族の格差はあるものの平民でも中産階級が多く目立ち平民の収入も比較的安定している国でもある。

 これは国の政策によるもので、中産階級を多く増やし、結果税金を多く納めさせるという方針がうまくいったためだ。

 そんな帝都のある一角の今にも崩れそうな家に二人の人物がいた。


 一人は黒い服の上に軽装の革の鎧に身を包み黒いズボンとブーツを履いた、黒髪で黒目の人物で歳は16の若者だ。

 もう一人はベッドの上に横たわっており、40手前の年頃の人物である。


「ち、父上ー! 死なないで下さい! 父上が死んだら……この土地売って大儲けじゃん」


 若者のほうが親不孝とも言える言葉を平然と吐く。


「誰が死ぬか! 俺の目の黒いうちは貴様に一銭足りとも渡す気はないわ!」


 ベッドの上に横たわっておりながらも元気に息子に対応する父。


「ちっデラの野郎……吹かしこきやがったな。いやあ父上生きておられたようで何よりです。早くくたばりやがれこのやろう」


「おいこらレナード! 馬鹿息子! 今最後になんか言っただろ? 絶対言っただろ? 俺を殺す気か? 育ててやった恩も忘れやがって!」


「うるせえよバカ親父! 育ててやっただあ? 6歳の時にモンスターの巣に置き去りにしやがったのはどこのどいつだ? こら? 10歳の時に死霊の洞窟で俺を囮にして自分だけお宝抱えて逃げたのは誰だよ! おまけに宝は全部自分で使いやがって! 13の時に人が命がけで東の遺跡から持ち帰った魔石を勝手に全部換金して賭け事ですったのは誰だよ!」


「……お前ほんと良くここまで育ったよな? 俺もびっくりだわ」

「今ここで息の根を止めてやる!」


 レナードは剣を瞬時に抜き放ち、父が寝ているベッドに向かって一気に振り下ろす。

 ギリギリで身を捻ってかわす父だが、ベッドの半分が見事に切り裂かれて、バランスを失ったベッドは崩れた。


「何をする? 愛する息子よ!」

「ざーとらしいんだよ! ったく倒れたって聞いたから喜んで……じゃなくて慌てて帰ってきてやったのに」


「……もう少し父をいたわってくれてもいいじゃないかー」

「やかましい! あーくそっ! これだったらアランの話しに乗っかってやおきゃよかったよ。死んだんじゃなかったのか?」

「ただの風邪だ」


 不機嫌な表情のままにレナードは顔を覆う。

 ルレン・ハルヴァートこれがこのあばら家の当主であり、伯爵の称号を持っている人物だ。

 しかし、伯爵とは名ばかりであり、皇宮での役職はなく無職に等しい。おまけに領地も四代前に手放されており収入は全くない。

 要するに貧乏貴族というわけである。


 そして親子の関係は会話からも分かる通り、良くはないが、悪くもない……かもしれない。


「明日の飯を食うための金すらないってのにてめえは風邪引いているんじゃねえよ」

「母さんが生きていりゃあなあ……」

「生きてんだろ! この帝都で! 立派に! てめえの浪費癖に嫌気をさして逃げたんだろーが」

「俺だけのせいじゃないぞ! お前だって立派に賭け事に負けまくってるじゃねえか」

「……今までの負け分はいずれ取り返す」


 こういう親子なのである。


「大体な。うちは伯爵だぞ! 伯爵! 分かってんのか? 立派な領地を持って豪華な屋敷でウハウハ暮らせる身分なのになんでうちはこんなんなんだよ!」


 何回言ったか分からないがそれでもレナードは文句を言わずにはいられない。

 四代前の当主が、貿易に手を出して見事に失敗し。三代前の当主がそれを取り返そうと詐欺師の甘言に乗っかり失敗して、二代前つまり祖父が公爵家の娘と結婚したはいいが浮気癖があったので離婚を突きつけられ相手の実家である公爵家を怒らせて仕事をなくされてしまい現在に至っているのだ。


 そして父は遺跡などを巡りお宝を手に入れて換金し、賭け事ですっての繰り返しでここまで落ちぶれたのだ。


「良く母さんがうちに来たよな……」

 レナードがしみじみと言う。


「イリスの実家は伯爵の称号がほしかったみたいだったからな」


 イリスとはレナードの母である。

 帝都でも有数の商家の娘であったが、貴族の称号がほしかった商人が「うちの娘いかがですか?」と売り込んできてお互いが気に入ったということもありそのまま婚姻となった。

 最初は金がなくてもそれほど文句はなかったのだが、ルレンの浪費癖に嫌気がさして結局実家へと逃げてしまったのだ。


「まあいいいや。俺は適当に仕事ないか探してくるから親父は死んで……いや寝てろ」

「今、死んでろって言おうとしただろ? 絶対そうだろ?」

「うるせえよ!」


 そう言ってレナードはそのまま家を出た。


「ベッドを壊されてどうやって寝ろと? 困ったもんだ」


 ルレンは吐息を漏らして床に寝転がり体を毛布で包んだ。



 家を出てから大通りに向かってレナードは歩き出す。

 なんとか稼がなければ、飯を食うための金すらない。ズボンのポケットをまさぐると銅貨一枚とパンくずのみしか出てこなかった。


「マジかよ……」


 わかっていたこととはいえ、精神的に結構来るものがある。

 気を取り直して、目的の場所へと向かった。


 目的の場所は大通りに面しているとある酒場だ。

 昼間にも関わらず、それなりに客は結構入っている。中は広く作られていて、奥には夜に踊るための踊り子のステージが用意されている。

 昼食時ということもあり店員が忙しそうに料理を運んでいる姿も見受けられて賑やかだ。


 レナードはそのままカウンターの席に向かって歩き、腰を下ろす。


「いよおレナード親父さんついにくたばったのかい?」 


 カウンターの中にいる歳の割には小柄な人物が離しかけてきた。

 茶色の髪に口ひげを生やしている。

 童顔なので死ぬほど似合わないとレナードは思っているが、彼にとってはかなりのコンプレックスなので口にはしない。


「デラ……ぬか喜びさせてんじゃねえよ!」


 思わず怒鳴ってしまう。


「ありゃ? ガセだったか……残念だったな。お詫びに昼食まけてやるよ」

「つけもまけてくれ」

「無理な話だ。早いとこ払えよ」


 レナードはカウンターに体を投げ出しうなだれてしまう。


「なんかこう一発ドカンと儲かる仕事ねえ? 伝説の海賊が隠した宝があるとか、ドラゴンの秘宝とか」

「ねーなあ……大概はもう先人どもに発掘されているからな」

「くっ金の亡者どもめ! 未来のことも考えろよ!」

「お前人の事いえんのか? 伯爵家なのにそこまで貧乏ってすごいよな……」

「全部先祖が悪い!」


 やがて、パンとチーズにハムを店員が運んできてレナードは腹を満たす。

 そこへ酒場の扉が開かれ、武装した6人ほどの集団がやってきた。


「伯爵家のお坊ちゃんじゃねえか!? こんな平民のしかも荒くれが集まるような店に高貴なかたが何の用だ?」


 一際体格が立派な20半ばの赤毛の男が豪快にレナードに声をかけてきた。


「見りゃわかんだろ飯を食いにきたんだよ。タダにしてくれたしな。お前のほうこそずいぶん早いご到着だな。モンスター退治はもう終わったのか?」


 アランと呼ばれた男は、そのままカウンターに向かい、レナードの隣の席に座り飯を注文する。


「それがな一つ目が現れてな……いやもうやばいのなんの尻尾を巻いて逃げ帰ってきたわけ」

「げっマジかよ……騎士団クラスの大物じゃねえか。もう役人には報告したのか?」


 騎士団クラスとは国が本腰を挙げて退治しなければならないレベルのモンスターと言う意味だ。




「ああ一応な。ったく帝都周辺のモンスター退治だと思って安請け合いしたけど割りにあわねーわ」


「賞金かけられるかな?」

 カウンターに置かれた水を飲みながら、レナードが何かを期待するように問いかける。

 そんなレナードを見てアランは笑いを噛み殺している。


「すでにかけられているぜ。金貨20枚だ」


 レナードは思い切り水を吹き出した。


「20枚だと? 銀貨や銅貨じゃなくて金貨20枚? いくら一つ目だからって……金だよ? 金ちゃんだよ? ピカピカ光っているんだよ?」


 いくら騎士団クラスだからと言ってこれは少し相場が高い。レナードの驚きも無理はないだろう。 

 帝都の平均年収が金貨2枚と言えば分かりやすいかもしれない。

 その10倍の金が提示されているのだ。


「いったろ帝都周辺……つうかすぐそこにまで迫ってるんだよ。騎士団を動かすにも時間かかるしそれだけ国もやばいって思ってるんじゃねえの?」


 確かにそう考えると、納得できる値段である。

 しかしレナードにとってはそんなことはどうでもいい。金貨20枚で頭が混乱しているのだ。


「に、20枚! 金色が1枚、金色が2枚、金色が3枚……」

「落ち着けよ! まだお前のものって決まっているわけじゃないだろ!」


 瞬間、鬼の形相でレナードはアランを睨み付けた。

 思い切り腰が引けてしまうアラン。

 それほどまでにレナードの雰囲気に気圧とされてしまったのだ。


「俺の金ちゃんを盗む奴はお前か!? ああん? なに? 死ぬの? 死んじゃうの?」

「落ち着けって! いくらお前でも一つ目相手に一人でやりあうのは無謀だろ! 俺にも一枚かませろ」

「やだ」

 レナードは一瞬でアランの提案を切り捨てる。


「やだってガキじゃあるまし」

「分け前減るもん。やだやだあ」

「やめんか気色悪い!」


 ポカリとレナードを軽く小突く。


「分かったよ……その代わりお前だけな。他のお仲間はいらんぞ。それと分け前はお前が5枚で俺が15枚な」

「こら金の亡者。てめえそりゃ欲張りすぎだろ。せめて7はほしい」

「……6枚?」

 レナードが可愛らしく小首をかしげて目を煌かせて相手が提示した枚数を一枚減らす。


「それくらい譲れよ!」


 アランは思わず突っ込んでしまった。

 実際これでもアランはかなり譲歩しているほうだ。二人で事に当たるのであれば本来仲良く半分と言うのが筋なのだが、レナードの実力と家の事を考えてあえて少なめに提示したのだ。

 なのにさらに値切ってくるレナードのがめつさに言わずにいられなかったのだ。


 レナードのほうも仕方なしと了承して、店を出る。 


 人口60万の都市である。街を出るにしてもそれなりに時間がかかる。 

 馬などそんな高級なものを持っているはずがないので、徒歩での移動だ。他の連中に先を越されないようにレナードは足を速めていく。


 良く見ると武装した集団が自分達と同じ方向へと向かっているのが目立つ。

 金貨20枚と聞いて荒くれ者やモンスター退治を生業としている連中が本格的に動き出したようだ。


「くそっこいつら、目の色変えやがって! 世の中には金より大事なものってのがあんだろーが」


 自分の事を棚に上げ競争相手を睨みつけるレナード。


「お前ほんといい性格しているよな……」


 隣を歩くアランは思わずぼやいた。


「それよりアラン北側の入り口周辺に一つ目が現れたんだな? 間違いないな?」

「ああ間違いない」

「よし急ぐぞ!」


 レナードはそういうとさらに足を速めた。


「そんなに急ぐと奴を仕留める前に体力がなくなるだろーが! 待てって」


 そんなレナードをアランは何とか追いかけていく。


 街の北側の入り口の門を抜けると、目の前には草原が一杯に広がっている。

 優しい風が吹きつけてきて、とても気持ちがいいが、いまはその感触に浸っている場合じゃない。


 草原には一匹の巨人がこちらへ向かってゆっくりと歩いてきていたのだ。


「周辺どころかギリギリじゃねえか……」


 すでに戦闘は開始されているみたいで、多くの荒くれ者が手に武器を持ってその巨人に群がっていた。

 魔法が飛び交い、炎や風などの属性魔法が巨人を襲い、弓矢などもそれに加わっている。


 巨人の足元では剣など近接武器を主体とした人達が、次々に武器をふるって巨人の足を攻撃している。

 が、どれもダメージにはなっていないようだ。


 体がでかいということはそれ自体が武器のようなものである。ましてやこの一つ目の皮膚は鋼鉄と同じ硬さで、かなりの防御力を持っている。


 足だけでも大人6人分の太さだ。しかも、止まっているのではなく動く相手だし、荒くれ者の連携が取れているとはいいがたい。


 高さも6メートルほどあるのそれだけでも厄介なのだ。

 顔には口と、顔一杯に広がった目が一つ。それ以外の器官は見当たらない。

 手にはどっかからか引っこ抜いてきたのか巨大な大木を持っており、それが叩きつけられるたびに何人かが吹き飛んでいく。



「こうしてみるとすげえよな……あんだけの手練れがゴミのようだ」


 アランが改めて感心してしまう。


「魅入っている場合かよ! 俺達も行くぞ」


 レナードは腰の剣を抜き放ち、戦闘に参加していく。



                ────────────────── 



 帝都の北門の城壁の上で望遠鏡を構えてみている少女がいた。

 年の頃は10歳ほどでかなり背は低い。


 豪華な服に身を包み、望遠鏡の先には一つ目が映っている。


「おおおおお! 凄いぞ! あれがわが国を悩ましているモンスターなのか?」


 少女は後ろで控えている騎士にそう問いかけた。


「姫様、もう充分です! 城に戻りましょう! ここは危険です!」


「ふん。心配するなここまできたら我が魔法でやつを消し炭に変えてやるわ。安心せい」


 本来守るべき立場であるはずの騎士が守られる。本末転倒とはこのことだが、騎士は何もいえなくなってしまう。


 この少女の名は、グローリア・コーディ第二皇女。

 この国のお姫様の一人である。

 元々皇族は生まれながらにして魔法の素質を持っており、この皇女もご多分にもれずかなりの魔力を秘めている人物である。


 淡い紫色の髪に、紫水晶の瞳。白い肌に血色の良い唇。

 子供ということもあり可愛らしさは随一で、第一皇女と人気を二分するほどの魅力を持つ人物だ。

 そして、子供ということで抑えきれぬ好奇心で一つ目を見物しにきたというわけである。


「姫様ぁ……貴方に傷どころか埃《ほこり》一つついたら私は極刑にされるんですよ!」

「父上は城を出るのを快く承知したのだ。いくらなんでもそれは大げさだろ」


 グローリアは思わず苦笑してしまう。

 しかし、この騎士はグローリアがいない場所で彼女の父である皇帝に直接呼び出され厳命されていたのだ。

 あの親馬鹿で有名な皇帝である。冗談にしては笑えない命令だ。


「大体なお前もプリンセスガードの一員なら『何があっても私が守りますので姫様はご存分にお楽しみ下さい』くらいのことは言えんのか? まったく騎士ともあろう者が情けない。よしお前の根性を鍛えるために近くまで行くぞ」

「姫様ぁ」

 グローリアはマントを翻して城壁を降りていく。

 騎士は泣きながらその背を追って行った。


                 ─────────────────


 凄まじい轟音と共に大地が揺れる。

 一つ目の巨人が手に持った大木を思いっきり叩き付けたのだ。

 その威力で、一つ目に群がっていた荒くれ者の多くが吹き飛び転げまわる。


「てめえらもっと気合入れろよ! 魔術師もこっちと連携取りやがれ!」


 荒くれ者の一人が大きな声で叫ぶ。


「ざけんな! そういって止めを刺して自分だけが賞金にありつこうって腹だろ? 見え透いてんだよ! てめえこそこっちに合わせろや!」

「あん? てめえやんのかこら?」

「上等だ! 一つ目の前にてめえから血祭りに上げてやんよ」


 全く連携がなっていない。

 個人が自分こそが賞金をと目の色を変えてバラバラに戦っているのだ。


 そんなおり、再び一つ目からの攻撃がなされた。

 目のあたりに光が集まっていく。

 それを見た荒くれ者から血の気が引き始めた。


「おいやべえぞ!」


 そして、一つ目は自分の足元に群がる荒くれ者に対して光の線を放った。

 その一条の光は、大地に直撃し大爆発を引き起こす。足元にいた荒くれ者はその爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされいく。中には死んだものもいるだろう。


「だ、だめだありゃ……勝てねえわ。おらてめえら逃げっぞ!」


 その言葉を皮切りに、この場で動けるものは蜘蛛の子を散らすように戦場から離れていく。

 金より命をとったのだ。


 しかし、逃げ惑う人々の前に紫色の髪を持つ少女が立ちふさがった。


「貴様ら、この帝都のすぐそばまであれほど強力なモンスターが来ているというのに逃げるとは何事だ! 命がけで街を守ろうという気は起きないのか? それでも騎士か!」


 荒くれ者はその言葉を聞いて皆いっせいに笑い始める。


「ぎゃはははは……何だこの嬢ちゃん? どっかのお偉い貴族のもんか? 俺らは騎士じゃなくて傭兵だよ。街より自分の命が大事なもんでねえ。悪いなあ。あんたも早く逃げなきゃやばいんじゃないの? 国の騎士団はまだ時間かかるし、城壁で守備兵が食い止めてくれるんだし、街だってそれほど被害は出ねえよ」


 そういって次々と足早に去っていく。


「待て! この! 大の大人があれだけ立派な武器を持って刃を交えておきながら逃げるのか! ライル! お前も何とか言え!」


 グローリアは笑われたことに腹を立て悔し涙を流して、傍にいる騎士二何とかするように懇願した。


「どうしようも出来ませんって。それに彼らの言っていることは正しいです。あと城門の守備兵に任せて我らも引き上げましょう」 


「そ、それでは守備兵に被害が出るじゃないか! あやつらには家族がいるんだぞ!」


「傭兵にも家族がいますよ……守備兵は駄目で傭兵はいいっていうのは少し違うんじゃないですか? ましてやちゃんと彼らと契約しているわけではありませんし」


「うるさいうるさい! ええい情けない奴らめ! もういい。私が消し炭にしてやる!」


 そういうとグローリアは意識を集中し始める。

 淡い紫色の髪がその色に合わせるかのように薄く光を放ち、それが徐々に色の濃さが増していく。


「我が体内に宿る炎よ。全てを紅く染め上げよ」


 グローリアがそうつぶやくと凄まじい熱量を持った二本の火柱が、彼女の足元から顕現する。

 そしてその火柱は、そのまま竜巻となって一つ目に襲い掛かった。


 グローリアの魔法を受けた一つ目から苦しそうな声が吐き出され、そして二本の炎の竜巻はやがて一つとなり大爆発を引き起こす。

 これほどの威力の魔法であれば大抵の魔物はすべて灰燼に帰すことができるのだが今回は相手が悪かった。

 100戦練磨のモンスター退治を生業としている荒くれ者があれだけの人数で戦っておきながら尻尾を巻いて逃げた相手なのだ。

 勝利を確信したグローリアの瞳が驚愕の瞳へと変わる。


 一つ目の体中からぶすぶすと黒い煙がいくつか上がっており、ダメージにはなったみたいなのだが致命傷とまではいかず、爆発の余波で出来た砂埃の中からその巨体を現したのだ。



「お、おい……何故死んでおらん?」

「だから無茶だって言ったじゃないですか! 一つ目を一人で倒すなんて皇帝陛下直属の騎士であるエンペラーガードにしか出来ませんって。これ以上ここに留まられると姫様を守りきる自信がなくなってきますよ。失礼します」


 ライルはそういうとグローリアの小さな体をひょいと持ち上げ、その場から放れようとするが、肝心のグローリアが暴れてうまくいかなかった。


「こ、こら! 貴様皇姫である私に気安く触れるとは何事だ! 変なところを触るな!」


 変なところも何も育っている部分などほとんどないのだが、それを言ってしまうとさらにややこしくなってしまうのでライルはそのまま駆け出そうとしたが、駆け出す先に大爆発が起こり足を止められてしまった。


 一つ目が先ほどはなった光の線を彼らを逃がさぬように、その先に再び放ったのだ。


「やばいですかも……」


 ライルの額から一筋の汗が滴り落ちる。

 見なくても分かる先程まで明るかったはずなのに、なぜか今は太陽が影にさえぎられているのだ。


 それは自分たちの真後ろに一つ目が近づいたことを証明している。


「お、おいライル? 遠慮は要らんぞ? 全力で戦略的撤退をしようではないか!」

「だからさっきからそういっていたじゃないですか!」


 ゆっくりと振り返るとそれは正解だった。

 手に持った大木を大きく振り上げているのだ。そしてそのあと自分達はぺしゃんこにつぶされてしまう。


「逃げんなーーーー! 金貨20枚!」


 凄まじい叫び声が下と思った瞬間、一つ目が思い切り吹き飛ばされた。


 ライルもそしてグローリアも思わず目を疑ってしまう。

 あの巨体が6メートルほど大きく吹き飛んだのだ。


「え?」

「え?」


 ライルとグローリアは二人揃って間抜けな声を発してしまった。


 目の前には黒髪黒目の釣り目がちな少年がその場に立っていたのだ。



「アラン! いきてっかーー?」


 レナードは相棒に声をかける。

 すると遠くから声が聞こえてきた。


「こっちは駄目だわ! 後任せた。俺は逃げた奴らや死んだ奴らの獲物でも拾ってるからよろしくー」

「そっちの分け前もちゃんとよこせよ!?」


「いいけどそんかわりこっちの取り分は6だぞ?」

「3でいいのか! いやあ悪いねえアラン兄ちゃん! ほんと尊敬するわ!」

「気色悪いわ! お前に兄貴なんて呼ばれる筋合いはない! こっちは6だ! ぜってえ譲らんぞ!」

「くっがめつい奴だ」


 レナードはそいうとゆっくり吹き飛んだ相手を見据える。

 今のやり取りの間に一つ目はすでに立ち上がっていたようだ。


「お、おいお前あれに一人で立ち向かうのか?」


 グローリアが心配そうに声をかけてくる。


「……なんでガキがここにいんだよ? あんちゃんがお守りか? さっさと街に逃げとけよ巻き添え食っても知らんぞ?」


 そういうやいなや人間とは思えないほどのスピードで一気に駆け出し、相手の足をざっくりと切り裂いた。


「な?」

「嘘?」

 ライルとグローリアは再び驚愕に目を見張る。

 あれだけの攻撃をしてようやくダメージを与えた自分達に比べて、レナードはまるで布を切り裂くように相手の肉体に傷つけたのだ。


「ほんとでかいってのは厄介だけどよ……それだけ的がでけえってことだろ? ダメージも結構あるみたいだしあいつらに感謝だな」


 レナードが言ったあいつらとは先ほど群がっていた荒くれ者達のことである。

 どうせ倒せるわけないと考えて、戦う振りをして後方で見物していたのだ。

 万が一倒せそうな時は、止めの段階になって躍り出て倒すつもりだったのだが、みんな逃げてしまったので独り占めできるということに心を躍らせていた。


 足を切り裂かれた一つ目は叫び声を上げ怒りに染まり、レナードに対して次々と大木を振るい、拳を大地に叩きつけ、光の線を放出するがそのどれもが全く当たらない。


 足元でちょろちょろと動かれ、そのたびに痛みが襲う。


「はん、図体でけえだけの色物がうっとうしいんだよ!」


 今度は高く跳躍して、その勢いをそのままに右肩の付け根を切り裂いた。

 右肩の付け根を切り裂かれたことによって右腕が吹き飛び、一つ目は痛さのあまり大地に膝をつく。


 着地と同時に駆け出して左腕を伝い、相手の首へと一気に駆け上がる。


「金貨20枚ありがとう!」


 ニヤリと笑って、そのまま相手の首を切り裂き、一つ目はそのまま絶命して上半身も大地に投げ出した。


 その戦いぶりを見ていたライルがポツリと言葉を漏らした。


「闘気術の使い手だと……あんな少年が?」

「す、凄い」


 グローリアは目の前で繰り広げられた戦いに感嘆の吐息を漏らした。

 そしてお礼を言うべく相手に近づいていく。



「おお倒したか?」


 アランがレナードに駆け寄ってきた。


「ま、前半のダメージも溜まっていたんだろ? 結構楽に行けたぜ。役人に報告してこよう! な? 早く」

「落ち着けって……ほんと金が好きなんだな」

「ああ、金貨はいいよ。ちっちゃくて可愛くてほんと大好きだよ」


 ちょうどそこへグローリアが近づいてきた。

 そしてグローリアの耳には「ちっちゃくて可愛くてほんと大好きだよ」という言葉だけが聞こえてきたのだ。


 ボッと顔が赤くなる。

 小さくて可愛いというのはまさに自分のためにある言葉ではないかと思い切り何かを勘違いしてしまう。

 初めて会ったばかりなのに気が早いとは思うが自分を好きと言ってくれるものであれば悪い気はしない。そうかこの男は見も知らぬ私のために戦ってくれたんだなと納得してしまった。

 まあ、自分は立場が立場だし、かなわぬ恋ではあるが、傍においてやるのも悪くはなかろう。

 そう考えて、声をかける。


「こ、こほん。あー平民の身でよくやった。私から父上によく言っておくので……その……なんだったら騎士に取り立ててやってもいいぞ?」


「……?」

「……?」


 レナードとアランは相手の言っている意味が分からず怪訝な表情だ。

 グローリアは相手が照れていると勘違いをさらに深める。


「そ、そう緊張するな。そなたの想いは嬉しいが」

「グローリア様! これ以上ここに留まるわけには行きません! 一応お忍びなのですから! ほら役人もこちらに向かってきています」


 グローリアのことを『姫様』と呼ばなかったのは第三者の事を考慮してのことだ。こんなところに姫がいるなんて事が知れてしまっては騒ぎになってしまう。ゆえにライルは、あえて名前で呼んだのだ。


「そ、そうか、わかった。そなたの名前は?」

「レナード」


 良くわからず聞かれたことに対して素直に答えるレナード。


「いい名だな。では後日な」


 そういってライルと共にグローリアは足早に去っていった。


「なんだありゃ?」


 アランが不思議そうに問いかけてくる。


「知らん。でもいい身なりだったよな……あの服売ったらいくらになんだろ?」

「なんか泣けてきたな……伯爵家のお坊ちゃんが……ハァ」

「ほっとけよ! さあ今日はうまいもんたらふく食えるぞ! そして負け分を取り返す!」

「お前ギャンブルの才能ないからやめとけって」


 そういって二人は街へと歩き出した。


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