第十四話
皇子の部屋まで案内されて、扉をノックする。
しばらくして、部屋から皇子のお付きの使用人が顔を出し、中に入るように促された。
クレアと一緒に皇子の部屋の入ると、すでに皇子は着替えを終えていて、私服に身を包んでいる。
使われている素材は、一流のものであるが、ゴテゴテした飾りなどなく、むしろ動きやすい装いだ。
皇子はレナードに視線を向けると、レナードの制服姿を上から下までゆっくりと見る。
白地を基調とした、丈夫で軽い革の素材で作られたロングコートジャケットに、黒のインナー。ブーツは茶色。
ロングコートの縁の部分は茶色で、コートの留め金部分はは左の腰のあたりについている。
左胸には皇家で使われている薔薇と剣が交差した刺繍が施されていて、身分が一目でわかるつくりになっている。
また、白いコートというのは騎士の中でもガードにしか使われない色だ。
レナードの黒い瞳と、黒い髪の色に白いコートはよく栄えている。
「馬子にも衣装だな」
思わず苦笑して、感想を述べる。
思ったより似合っているが、目つきの悪さはどうにかならんものかなと、悩むが、こればっかりは仕方ないだろう。
「はあ、なんか今までと着慣れない感触で落ち着きませんよ」
「すぐに慣れるさ、それより寝心地はどうだった? お前の個室にはそれなりの物を用意しておいたが不備はなかったか?」
「俺に付いたメイドに不備を感じますよ!」
レナードはここぞとばかりに全力で不満を申し立てる。その横で済ました表情のままのクレア。まるでわれ関せずと言った様子だ。
それを聞いた皇子はわずかに眉をひそめる。なぜならば、クレアは宮中において最高峰の質を誇るメイドであり、時には他国の使者などをもてなすことをする人材だ。
15歳という若い年齢でありながら、教育がしっかりと行き届いていて、まさに完璧なスキルを持ったメイドである。
なぜに、そのような人材を当てたにもかかわらず不満を言うのか……レナードの冗談なのだろうかと首をかしげる。
「……クレアは最高の人材だぞ? 不満があるはずがなかろう?」
「え゛?」
「なんだその? 引きつぶされる寸前のカエルみたいな声は」
「いえ、今とんでもない空耳が聞こえたような気がするんですが?」
「皇子の言葉を疑うのか?」
「いえいえ……そうではなくてですね」
「ともかく、不満がないなら文句は言うな」
「だからメイドに不満があると言っているだろーが!」
ついにタメ口になってしまった。だが、皇子はレナードの性格をわかっているのか、咎めることは特にしない。
レナードの隣では済ました表情のまま静かにたたずんでいるクレア。
レナードが、視線を向けると、皇子から見えない角度で口元を釣り上げるのが見えた。
……な、なぐりてえ、先ほどのように手加減した小突きではなく闘気術を使って全力で殴りたい。
何こいつ、もしかして俺にだけあんな態度とっているの?
再び怒りで体が震えてしまう。
「ちなみ、身分などに物を言わせて、メイドに力づくで迫るのは宮中では禁止されているからな。自由恋愛なら口をはさむことはないが、もしそういった行為が発覚した場合、それ相応の罰を受けてもらう」
「はっはっはっ! ワタクシがメイドごときに手を出すとお思いですか?」
ラスティの言葉に少しだけ恐怖を感じわざとらしく、そのような無様で破廉恥極まりない行為などするはずがないと胸を張るレナード。
「さっき、身の危険を感じた」
ボソっとか細い声で、隣から発せられた声に、レナードはどきりとした。
「ん? クレア? どうした? 何かあったのか?」
ラスティが、優しくクレアに問いかける。
「先ほどレナード様が無理やり」
「待て待て待て!! クレアちゃん最高! もう素敵! 完璧! あははは、ワタクシめにはもったいない人材すぎますです。はい」
「食事をくれとおっしゃったので、私は朝食の用意をしてきますね」
ニコリと15歳の女の子らしい笑みを皇子に向けて、一礼をしてそのままクレアは部屋を出て行った。
ラスティはレナードの大声に少しびっくりしてきょとんと目を見張らせる。
「お前が元気いいのは分かったから、いきなり大声で叫ぶな」
「スイマセン」
レナードの顔は謝りながらも憮然とした表情である。まるで反省の色がないが、レナードからしてみれば理不尽だらけでストレスが相当溜まっている。
貧民街にいたころは、自分の感情を素直に出し、ケンカしたり、酒を飲んで騒いだりと様々なことでストレスなどほとんど感じなかったが、皇宮では自重しなければならない。
おまけにまわりに人間はやることなすことめちゃくちゃで、権力もある。厄介なことこの上ない。
「まあいい。お前を呼んだのはガードについて少し説明しておこうと思ってな」
「はあ」
「基本的には皇宮で、若手の騎士達の訓練や、皇宮の警備などの指揮、そういった事柄に従事するのがガードの仕事だ。とはいえ、お前は指揮をした経験もないし、まだ若い。騎士達のお前が先生だとか指揮権をお前に渡したところで素直にいうことを聞くやつなどほとんどいないだろう」
まあ確かにと心の中で肯定する。ラスティの言うとおり、自分は大人から見れば若造であり、しかも新人と言ってもいい人間だ。おまけにいきなりガードに抜擢され嫉妬の目もある。
そんな奴の言うことを聞けと言われて素直に言うことを聞く人間がどれだけいるのか……口では「はいわかりました」などと言っても、手抜きなどされて責任を押し付けられてしまえばたまったものではない。
ゆえに、ラスティの言い分に納得してしまった。
「じゃあ、俺は何すりゃいいんですか?」
「他の仕事をしてもらうことになる。例えば帝都近隣の村で、手に負えないモンスターが出没した時などだな。お前であれば大抵のモンスターなど大した相手ではあるまい。そういった陳情は結構来ているからな。他には僕らが城を出た際の警護など、あとはほかの貴族の領地に出向いての視察。やるべきことはたくさんある」
「うへえ……それらが全部タダ働き……い、胃が痛い」
そういいながら皇子の部屋に飾られている水晶玉に手を伸ばす。
「ここに飾られているのは全てイミテーションだ。街へ持って行って売りさばいても二束三文にしかならんぞ?」
「……な、ナンノコトデスカ?」
「あと制服を勝手に売った際には、皇家を汚したものとして裁くことになっているからな。無くした。盗まれたなどという言い訳は通用せん」
「……HAHAHA。そんな真似するはずないじゃないですか」
女の子のようなかわいらしい顔から厳しい言葉が吐かれて、レナードは背筋から汗がダラダラと流れていく。完全にお見通しである。この子ほんとに10歳なの? と疑ってしまうが、見た目は完全に子供である。
「それで、俺は今日は何をしてればいいんですか? 用事がなければ街へ出かけて……ちょっと野暮用を済ませておかなければならないので」
「物騒な気配を漂わせる野暮用というのが何か非常に気になるが、お前には今日は北東にある漁村に出向いてもらいたい。何、往復で2日ほどの距離だ」
そして皇子はその理由を説明した。
海からモンスターが現れて、魚が取れなくなってしまったので、それを退治してほしいとのこと。そのモンスターはまだ陸地には上がっておらず、村そのものには被害はないが、漁村の生命線である魚が取れなくなってしまっては村人の生活が困難になっていくのは目に見えている。できるだけ早いうちに対処せねばならないというわけだ。
「海の中に潜って退治はさすがにできませんよ?」
いくらレナードと言えども、さすがに潜ったまま戦うのは無理がありすぎる。水中で呼吸できるほど人間離れはしていないのだ。
「だいじょーぶ」
後ろから声をかけられて、振り向くとそこには膝裏まで届くような長い紫色の髪と紫水晶の瞳を持った女性がたたずんでいた。
「姉上……部屋に入ってくるならノックくらいしてください」
「弟の部屋は私の部屋。私の部屋は私の部屋」
「そんな理不尽がありますか!」
かつてグローリアに言い放ったセリフを棚上げして、エリザに食って掛かるラスティ。
全力で突っ込みたいが我慢するレナード。
「それよりもレナードは、私とデート」
「父上の許可は?」
ラスティが問いかける。
「バッチリ」
「というわけだレナード。大変だろうが頑張れよ」
「全然説明になっていませんけど!?」
「私は空間魔法の使い手。テレポートはできないが、海に空間を作ることは出来る」
「つまり、貴方様と一緒に行くと? この国の第一皇女様が魔物退治に?」
レナードの疑問はもっともだ。皇女が魔物退治に出かける……そんな話など聞いたこともない。
しかも、帝都ではなく二日の距離のある漁村へ出向く……お忍びなんてレベルではない。
「二人の子が楽しみ」
「目的がいきなり変わってるよ! 色々身の危険を感じるんですけど!?」
「愛の逃避行もまたいいかも」
「余計に悪くなってるからな!」
子供のように目をキラキラと輝かせて、何やら張り切っているエリザ。
レナードはいくらなんでも皇女を相手にことに及ぶ度胸など持ち合わせてはいない。それをしてしまえばどうなるかくらいわかっているので、この皇女の言動に思わず身震いする。
表情からはどこまで本気かわからず、余計に不安が募る。
「まあ……そういうわけだからあとは頼んだ。それと理性だけは保ってくれよ……この年で叔父になるのはさすがにごめんだからな」
「姉上も皇女として、レナードに迷惑かけないでくれ」
「わかっている。ふふふ」
こえええ、マジこええ……。
大丈夫なのだろうか……不安を感じずにはいられないが、ともかく仕事である。やらなければならないので準備する前に朝食のため、皇子の部屋を出て食堂へと向かった。




