第十五話
一度部屋に戻るレナード。
なぜなら食堂の場所がわからないからである。
クレアに聞くのは何かもやもやするものがあるが、背に腹は代えられない。ゆえに部屋に戻りクレアがいないか確かめるが、部屋には誰もいない。
さて困ったなと、腹に手をやる。考えてみれば、デラの酒場を出て以来、まともな食事にありついていない。
若いレナードにとって空腹は最大の敵の一つでもある。
あのバカアマはちゃんと食事を用意してくれるのかわずかな不安がある。
こうなったら皇宮を適当にうろついて、自分で食いもんでも探すか、適当に人を見つけてそいつから無理やり場所を聞くのもいいし、もしそいつが食糧を持っているようなら力づくで奪うのもよい。ついでになんか高そうなものでも奪って街で売りさばけば最高じゃんと物騒な考えが頭をよぎる。
ストレスにストレスを重ね、あげく空腹だ。思考能力を停止させ、皇宮ということを忘れ、半ばやけになりつつある。
貧民街にいたころは、なんだかんだ言ってデラの酒場などで世話になっていたので、飯に困ることはあまりなかった。といってもよくて一日二食。悪けりゃ一食のみではあるが、それでも充分満足していた。
帝都の富裕層であれば一日三食が基本だが、そうでない人たちは二食が基本である。
ゆえに貧乏なレナードは一食ありつければ御の字だ。食べる量も食いだめをしてかなりのものだ。
ほとんどつけで食っていたのでデラはあまりいい顔をしなかったが、何か儲けた時にはなんだかんだ言って金をまとめて払っていたので、その辺は暗黙の了解になっていたのである。
まだ皇宮へきてほとんど時間が経っていないが、慣れていないせいもあり、まるで別世界だなと感じ、遠くへ来た気分になる。
なんとなく、貧民街が懐かしく感じたのだ。
レナードの腹がぐうーっと音を鳴らす。
とりあえず、部屋を出て、その辺を歩いているやつをとっつかまえて、飯の場所を聞き出すと同時に懐の物でもいただくかと口元を釣り上げ部屋から出ようと、扉に向かう。
「ま、いざとなりゃ親父に責任押し付けて逃げりゃいいか……けけけ、“ライトニング・レナード”が皇宮でその名を高めてやる」
そのような行為でこの皇宮において名を高めてしまえば、あっという間に手配をされてしまい、帝都から出るのすら一苦労になる。
レナードの実力を考えればギルフォードが怪我から復帰していない以上、まともに取り押さえられるものは皆無だし、レナード自身の立場は下手をすれば帝都どころか帝国にすら居場所がなくなってしまう。
ストレス、空腹、思考能力の停止の三拍子がそろってレナードは物騒な気配を漂わせながら扉のノブに手をかけた。
がその前に扉が開かれ、クレアが食事を運んできた。
「なんだその山賊みたいな餓えた顔は?」
あまりにも物騒な気配を漂わせているレナードに不思議そうに問いかける。
さすがにここまでの雰囲気を醸し出されれば、クレアとて警戒してしまう。
猫のような瞳を大きくし、一歩後ずさる。
レナードに対してあけすけな態度をとっていた自覚はあるが、なぜかこの男は下手に堅苦しい気遣いは無用だとクレアの直感が告げていたのだ。
事実先ほどのやり取りに関して、本来であればかなりの叱責を受ける行為を働いた自覚はある。
けど、この男からそれほどの怒りを感じずに、自分の直感は正しかったと認識された。
事実レナード本人も先ほどのやり取りは特に気にせずに、むしろ貧民街ではあれ以上のことが多々あったのでそれほど腹を立てているわけではないし、むしろすでに忘れている。
クレア自身、宮中の仕事を嫌っているわけではないが、まだ15歳の少女である。街に出ると、たまに自分と似たような年頃の女性が楽しそうに買い物などしている姿などを見ると羨ましくなってくるのだ。
また宮中では常に礼儀礼節などを求められ、息抜きする暇すらない。
そういった意味では、レナードを相手にするというのは彼女にとって年頃の遊び相手が出来たという若干本人が聞いたら嫌そうな顔をする思いを持っている。
しかし、今、目の前にいる男からは、山賊や盗賊よりもたちの悪い物騒な感じがして、やりすぎたかと警戒していたのだ。
「腹減ってんだよ!」
お腹がすけば機嫌が悪くなる。それはどこでも一緒だ。
レナードの一言に内心胸をなでおろしつつ、緊張をとき、食事を手際よくテーブルへと運んでいく。
「子供みたいなやつだな。ほれ食え。うめえぞ」
「うう、いつもすまないねえ……」
いきなり、うまそうな匂いにつられて、思わず涙を流してしまうレナード。
貧民街では食事するのすら命がけの行為の時もあったのだ。
いきなり現れて人の食事をむさぼるバカ親父といつも格闘したり、アランなどの傭兵相手に食事を守ったりと落ち着いて食事した記憶などあまりない。
それが誰にも邪魔されず、おまけに一人でゆっくり食えるなど何年振りだろうか。
涙を流すのに充分すぎる理由だ。
「おとっちゃん。それは言わない約束でしょ? ほら、たんとお食べ」
いきなり涙を流すレナードに少し怪訝な顔をするが、特に気にせずにレナードのノリに乗っかるクレア。
スプーンでスープを救いレナードの口元へと運ぶ。
「あーん」
レナードは口を大きく上げてそのスープを一口飲みそのうまさに顔をほころばせる。
「ほら、まだあるから……って何をさせるか!」
自分のやっていることに気付いてレナードの顔にスプーンで救ったスープを思わず鼻のあたりにかけてしまう。これに関してはわざとではない。
「あちっ! こら! やるなら最後まで付き合え!」
「アホか! なぜ私がお前に食事を食べさせなきゃならんのだ。は、恥ずかしいではないか!」
「……公衆の面前でいきなり脱ぎだしたお前の口からいう言葉じゃねえだろ」
「ククク、あれは全て計算された角度で脱いでいたから誰の目にも止まっておらん!」
「俺の目に止まっていたが?」
「……しまった!」
しばらく固まったまま動かなくなるクレア。
レナードは不思議そうに手の平を彼女の前でひらひらとさせるが反応はまったくない。
少しだけ面白い奴だな思ってしまった。
まだ固まったままである。
最近女に触れていないし、この馬鹿には結構な目にあっているのでこのくらいの役得はありだろ、うへへへへなどと考えながらニヤリと笑みを深めてレナードは彼女の胸元へと手を伸ばす。
「どさくさに紛れて何をしようとしているのか!?」
女の直感なのか危機意識が最大限に働いたのか定かではないが、すさまじい謎のスピードで手首をつかまれて力を込められる。
「ちょ! どっからそんな力が出てんだよ! 痛い痛い!」
「女性は身の危険を感じるとその力は13倍くらいに膨れ上がるのだよ。レナード君」
「すっげえ中途半端なうえにすごいのすごくないのかわからんぞ! いいから触らせろ! 最後までいかなければ問題はねえだろ!」
「……お前結構エロいんだな」
「足りめえだろ! ほらせっかくだからいい声聞かせろ」
「あんあん」
クレアは手首をつかみながらまるっきり棒読みのままそれらしい声を出す。
まったくもって何も感じない。
「少しは努力しろよ!」
「ちっ! わがままな奴だな。私の裸を見といて」
「お前にだけは言われてたくねえ! っていうかお前が勝手に見せたんだろうが!」
「ちなみに私の裸は街へ行けば金貨10枚になる」
「よし、今度デートしよう。たっぷり可愛がってやるぜ! 俺、前から思っていたんだがお前のその素敵な黒い髪………」
言葉が出てこない。プレイボーイというわけではないので、口説き文句が浮かばないのだ。
しばらく沈黙……。
「無理するな。レナード……ちょっとだけかわいそうと思ったじゃないか」
「助け船をありがとう……なんだろうこの敗北感……」
などとお互いアホなことをしている間に、食事を終えて、レナードは部屋を出る。
クレアから北東の門でエリザと待ち合わせということを聞いて、そのまま向かったのだ。




