第十三話
光が部屋の中をゆっくりと照らし出す。生まれてこの方包まれたことのないような感触に違和感を感じてレナードはゆっくりと瞼を開けた。
見慣れない光景がレナードの目に入る。灰色の大理石でできている天井。はて? とわずかに疑問に思い、目線を横へと移動させる。
決して広いとは言えないが、綺麗に整理された四角の部屋。天井から壁にかけて灰色の大理石でできている。そして柔らかな感触は羽毛の掛布団に、柔らかなベッドである。これが違和感の正体だ。
状況がいまいち飲み込めずに、体を横にしたまま少しだけ考え込む。
そしてようやく思い出す。
自分がここにいる経緯をだ。
皇子の部屋を出た後に使用人に案内されるがままこの部屋にたどり着き、そのままベッドに倒れこみすぐに眠りに落ちたのだ。
昨日のことを思い出すと頭が痛くなる。
特に親父に対しては、怒りがふつふつと沸いてきた。
今日やることは、あの親父の息の根を確実にとめること。せっかく皇宮にいるのだから薬師の一人から毒を貰い受け、それを使ってでも仕留めてやると物騒な考えが頭をよぎる。
今日から皇族のガードである。しかし。いきなりそう言われてもいまいちピンとこない。
ぶっちゃけ何をしていいのかわからないのだ。
皇宮にいる限り、基本的には皇族に害など滅多に起きない。
暗殺など物騒なことをたくらんでいる輩がいるのであれば別であるが、あの皇子たちの様子を見る限りおそらくそういった類のことはないだろうと根拠もなく彼は思い込んだ。
さて、取りあえず起きた。このまま勝手に街に出て目的を果たすかと気合を入れて脳を覚醒させる。
「おっはよーございます☆! あらあ、もうお目覚めだったんですか? ふん、冴えない感じの男の割には中々朝早いお目覚めですね」
「……」
「おや? どうしました? 私はおはよーございますと言ったんですよ? ここは挨拶を返すのが礼儀なんじゃないでしょうか?」
いきなり部屋に勢いよく飛びこまれ、「冴えない男」と言われた挙句、礼儀を強要されるって、俺なんか昨日から人間関係にすごく恵まれてない感じがするのは気のせいだろうかと考えながら相手の人物に視線を向ける。
黒髪をポニーテールにまとめ子供っぽい顔つきだ。服装は完全にメイド姿。つまりこの城で働く使用人の一人ということだと推察される。
メイド特有の前掛けなどゴテゴテした服装なのでスタイルのほうはいまいちよくわからないが、なんとなくそれほど悪いとは思えない。
ニコニコと笑顔のままレナードに視線を向けている。
「あんまり聞きたくないけど、お前誰だよ」
「ふふふふ、よくぞ聞いてくれました。私は今日から貴方様専属の使用人兼メイドのクレアちゃんどぇーす」
ピースサインを目にかぶせるようにしてウィンクをしポーズを決めるクレア。
「チェンジで」
「いきなり!? もう少し考えてからチェンジを要求してくださいよ!」
「考えなくてもわかるわ! なんで? なんでお前のような奴が俺の専属になるの!? なに皇家は俺に恨みでもあるの!?」
「それは私のセリフです! 貴方のような年中発情男の専属になるなんていつ体を汚されるか……うう……お父さんお母さん……クレアはこの男に色々と開発されとんでもない女にされてしまいます。不幸をお許しください」
顔をうつむかせ、器用に涙目になりながら、目頭を手で押さえるクレア。
「くぉら! いつ誰が発情した! つうかてめえに俺のなにがわかるってんだよ!」
「ふふふ、メイド歴1週間のあたしにかかれば何でもお見通し」
「短かっ! 説得力ねえ!」
「すでにレナードは私の魅力に参っているようだ。ふふふ私って罪な女」
何がしたいんだこの女は! レナードの額にピキリと青筋が浮かぶ。
相手は顔を赤らめて悦に入っているようだ。皇家だけかと思ったら使用人までこのノリとは……皇宮って魔窟すぎるなあ……と改めて思い知らされた。
いやむしろ皇家があのノリだからこそ、使用人もこんなんなのかと逆説的な考えも浮かんでしまう。
「参ってねーよ! 自惚れるにも大概にしろ! クソアマ!」
「私はクソアマではない! むしろビッチだ」
「余計悪くなってるよ!」
「レナードは私のこと尻軽と思い、これならすぐにやれると勘違いする」
「しねえからな! どう見てもお前処女だろ!」
「ふふふふ、私はゆるゆるだ」
「何がだよ!」
「そりゃもちろんま」
「やめろーーーーー!! マジでやめて! ほんとにお願い!」
レナードは自分でもびっくりするぐらいの大声で、相手の言葉を遮る。
生まれてから感じ取ったことのないような危険を感じとり、これ以上相手に喋らせてはとんでもないことになるとなぜか思った。
「ち」
舌打ちをするクレア。どうやら言葉の続きを言いたかったようである。
「まあいい、お互い自己紹介が済んだところでこれに着替えろ。ほれ、私が丹精込めてむかつくメイド長から受け取ったお前の制服だ」
ものすごい毒が含まれている言葉をさらりといってのけ、手にしていた服をレナードに渡す。
「制服?」
「そうだ。今日からお前は皇家のガード。それにふさわしい服を用意しろと皇子様からの仰せだ」
「ああ、そゆこと……つか、てめえなんでそんなに偉そうなんだよ。たかがメイドの分際で」
「えっ……やだー……レナードったら……べ、別に偉そうにしているわけじゃないんだからね! か、勘違いしないでよね!」
「なんか使い方色々と間違っている!?」
「ともかく、それを着たら皇子の部屋まで行け。それじゃ」
そういって部屋から出ていくクレア。
あとに残されたレナードはハトが豆鉄砲を食らったような顔をしたまましばらくその場でたたずんでいた。
我に返り、ともかく受け取った制服に袖を通して、部屋を出るレナード。
部屋の扉を開けた途端……。
「わっ!」
心臓が跳ね上がり、思わず戦闘態勢を整えてしまう。
が、すぐにそれはとかれた。
メイドのクレアが、通路で待機していて、レナードを驚かせたのだ。
「て、てめえは……」
怒りでわなわなと体が震える。ここまで他人に怒りを覚えるのは親父くらいなものだ。
このメイドの性格、ぜってえ親父に引けはとらないと確信してしまった。
「ふふふ、驚いたか? メイド秘技、必殺ドアの前で待機して驚かせよう作戦」
「秘技と必殺が混ざってる上に、作戦ってなんだよ! 秘技でも必殺でもねえよ! ついでに長いわ!」
容赦なく相手の頭をなぐりつける。もちろん手加減してだ。
「い、痛い。女性に手を挙げるとは騎士の風上にも置けぬやつ」
「うるせーよ! あんま人をおちょくるのも大概にしろよ? こっちがその気になりゃあな」
相手の胸ぐらをひっつかみぐいっと引き寄せ、クレアの顎に手をやり、顔を近づけていく。
「ちょっと……レナード様……す、すいません。調子に乗りました……」
「はん、もう遅いぜ! もう一度部屋まで付き合ってもらおうか?」
皇子の部屋に行けだ? そんなもんどうでもいい。今はこのバカアマに俺の怖さをきっちり教えて立場を思い知らせるのが最優先だ。多少抵抗はされるが、それほど時間はかかるまいと無理やりクレアを自分の部屋へ連れ込もうとする。
「レ、レナード様……そ、そのあたし……ここでお願いしたいです」
「へ?」
「やっぱり、誰かに見られてないと、興奮しないんで……あ、でも初めてなので優しくしてくださいね?」
「ちょっと待て」
「じゃあ脱ぎますから」
そういって、器用にレナードの手からすり抜けて、いきなりスカートを下ろすクレア。
さらに何の躊躇もなく下着にも手をかける。
そしてここは、多くの人が利用する皇宮の通路である。
「待て! 待て!」
「いえ、レナード様とこうなるのが夢だったので」
「俺たち今日あったばかりだよね!?」
わいわい、がやがや、ひそひそ。
この通路を利用していた多くの人から注目が集まる。
「いや、あの……こ、これは違う……違うぞ?」
「さあ、レナード様! カモオン」
「俺が悪かったよ! 服を着てくれ!」
「ふふふ、勝った」
クレアはニヤリと笑みを深めると素早く服を元の戻し、ピースサインをレナードに向けた。
悪いのは最初に驚かせたクレアのはずなのに、なぜか加害者扱いということになってしまったレナード。
やるせない気持ちが心を支配する。
「お祓いでも頼むかな……」
神の存在など信じてはいないが、本気でそう思った。
「それで? お前がここで待機していたのは、俺を驚かせるためなのか?」
「それはついでだ。皇宮初心者のレナード君は、どうせ皇子の部屋にたどり着く前に迷子になるから、優しい私が案内してやろうと待っていたのだよ。感謝しろ」
もう一度小突く。それくらいは許されるべきだ。
「二度も小突いたな!」
「早く案内しろよ!」
そうしてクレアに案内されながら皇子の部屋へと彼は向かった。




