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第十二話

「いい加減にしろ!」

「兄上こそ!」


 場所を移して皇宮の一室。ここはラスティの部屋である。

 広さだけでもレナードの家の数倍はあり、そこかしこに絵画や高そうな調度品などがインテリアとしておかれていて、いかにも皇子様の部屋という部屋だ。


 そんな部屋で、幼い兄弟の争いはいまだに収まらずラスティとグローリアは言い争っている。

 言い争いの原因であるレナードと言えばソファーに身を沈めてうつらうつらと舟をこいでいる状態だ。

 徹夜でギャンブルで大負けして家に帰り、ようやく眠りについたと思ったらいきなり起こされて、闘技場でギルフォードとの一騎打ちである。


 レナードと言えどさすがにそれはきつく感じたのか、緊張が緩まった途端、眠気が襲ってきたというわけだ。

 敵意がない限り、眠気には勝てず、皇子と皇女の言い争いを子守唄代わりにしている。

 皇宮で、しかも皇子のプライベートの部屋で睡眠をとるレナードの度胸も大したものであるが、ラスティとグローリアは気づいていないのか、あるいは気づかないふりをしているのかともかくレナードを注意することなく、どちらがレナードの所有権を取るかで必死になっている。



「……グローリア。兄はお前の身が心配なんだ。あんな男を傍につけて万が一のことがあったらどうする?」

「物はいいようですね。とてもじゃないですが信じることが出来ません。それにあんな男程度なら私のガードにしてもいいじゃないですか」

「……」

「……」


 二人の間から再び火花が散らされる。グローリアの体からは紫色の淡い光が輝き始め、ラスティの体から青い光が漏れだす。


 お互い魔力を練り、ぶつけ合うつもりだ。


「そこまで」


 第三者の声がこの場に木霊した。

 その声に二人の魔力は霧散して消えていく。


 特に大きい声ではないが、二人の幼い兄妹はその声にビクリと身を震わせて、ゆっくりと声の主に向き直る。

 そこにはいつの間にか一人の女性がたたずんでいた。

 

 エリザベート・コーディ。

 第一皇女であり二人の異母兄妹で姉である人物だ。

 

 歳は18で、背は女性にしてはやや高く、グローリアと同じように紫色の髪で膝裏まで届く長さだ。瞳の色も妹と同じように紫水晶の色だが、どこか眠たげなのんびりした目つきである。

 肌は透き通るような白い肌で、豊満なバストに、ウェストはキュとしまっている。

 背の高さもあり、大人びた印象がある人物だ。


「あ、姉上」

「エリザお姉様……」


 エリザは二人のほうへとゆっくりと歩き、その前に立つ。


「二人ともうるさい……」


「……で、ですが!」


 ラスティが姉に対抗しようとする。


「私はうるさいと言った」


 すぐに口を閉ざされてしまう。

 このやり取りだけで、力関係はよくわかる。

 確かに、ラスティは皇族直系の唯一の男子で、後継者最有力候補で、立場だけで考えればこのメンバーの中で一番上になるのだが、人間関係というものはそれほど単純にはできてはいない。


 この姉には頭が上がらないようである。


「お姉様……どうしてここに?」


 これはグローリアである。


「お前たちがうるさいから眠れない……というのは半分冗談で、噂の男を見に来た」

「半分ですか……」


 エリザはそういうとレナードが座っているソファーへ歩み寄りその隣に腰を下ろす。

 そして、レナードの横顔をじっと見続け、いきなり抱き寄せ自分の胸にうずめた。


 半分寝ていたこともあり、いきなり息苦しい思いと気持ちのいい感触に襲われレナードは一気に眠気が吹き飛ぶ。


「もがっ! ふぎゃ! な、なんだ! ちょっ」


「姉上!?」

「お姉様!?」


 驚きに目を見張る皇子と皇女。


「気に入った……これ貰う」


 シーンと空気が張りつめていく。

 いくらなんでもいきなり出てきて、それはないと幼い兄妹は心を一つにした。

 姉だからと言って自分たちの獲物を黙って取られるのを指をくわえて見ているほど、彼らの気性はおとなしくない。


「姉上! 何を破廉恥な真似をしているのですか! レナードが困っています!」

「お姉様! その者は私の物です! 勝手に触らないでください!」


 幼い兄妹はソファーに座ってもがいているレナードとエリザに向かって飛びかかろうとしたが、体が動かなくなりその場でへたり込む。


 わずかに空間が揺らいでいる。

 正体は重力だ。

 エリザの魔法は重力制御を主とする空間魔法であり、これまた貴重な魔法である。


「邪魔。これ以上騒ぐようなら潰す」


 弟たちに対して容赦のかけらもない冷たい言葉を静かに発するエリザ。

 欲しいと思ったものは力づくで自分のものにする、相当な自己中心娘。その辺はラスティやグローリアと大して変わらないが、二人とは実力が違う。



「……あ、姉上……」

「お、お姉様……」


 二人も魔法で対抗しようとするが、重力に抗うだけで精一杯であり集中できない。


「ぐふ……ちょっと……息が!」

 

 エリザの胸の中でもがくレナード。

 体勢的に力の入りづらい体制ということもあり抜け出すことがなかなか出来ない。

 もがくということは体を動かすということで、密着した状態から体を動かすということだ。レナードの手の平にふにゃりとした柔らかい感触が伝わる。


「あん……大胆」


 まるっきり棒読みのセリフを発するエリザ。表情も無表情そのもので、本当にそういう思いをしているのかすらわからない。


「大胆って! いいから! もがっ」

「離れちゃダメ。もっと触って」

 再び顔に胸を押し付けられる。


「ちょっあんた誰だよ!」


 レナードは寝ていたこともあり、もがくのに必死で、女性の正体が把握できていなかった。

 何とか顔を離した瞬間に、問いかけるが、再び胸にうずまることになる。


「私はエリザ。チョー美人」


 しらねーよ! 自分でチョー美人とかなんだよ! と突っ込みたいが、胸を押し付けられている状態ではそんな声を上げることもできない。

 それでもレナードは男で、エリザは女性だ。

 単純な力ではレナードに分がある。ゆえにレナードは力づくで相手の腕を振りほどき、ソファーから勢いよく立ち上がり、ようやくまともに息が吸えるようになった。

 大きく深呼吸をして、自分の呼吸を奪った原因を見やる。


 眠たげな眼をした豊満なバストをもった、紫色の髪の女性。

 

「残念。もっと楽しみたかった」


 無表情から少しだけつまらなさそうに口を尖がらせるエリザ。

 何を楽しみたかったのかは怖いので聞かないでおこうとレナードは思い、重力に対抗している顔見知りに視線を向けた。


「皇子様……あんまり聞きたくないですけど……こちらの女性はもしかして貴方様と近しい関係の方ですか?」

「あ、姉上だ」


 もう嫌だこの一家。貧民街に帰りたい。心底レナードはそう思った。


「偉いんだぞ! エッヘン」

「……帰らせてください! お願いします。僕は無実なんです!」

「ダメ。だってレナード。借金ある」


 いきなり訳の分からないことを言われて思わず言葉をなくす。

 確かに借金はある。ラティルからいくらか借りている。それは事実だ。だが、それと皇家は関係ないはずである。

 なぜか頭に親父の顔が浮かんだ。


「そ、その通りだ」


 ようやく重力の重さから解放されたラスティが息切れとともに姉の言葉を肯定する。

 

「……ワタクシめは貴方様たちに借金をした覚えはありませんが?」

「これを見ろ」


 ラスティは懐から丸まった紙を取り出しレナードに見せつける。


 それにはルレンの名前と皇家を代表してラスティの名前。そして皇家の印が押されていた。

 書いてあることは簡単だ。


 『皇家は金貨2000枚をハルヴァート家に貸すものとする。子息であるレナードが皇宮で勤務に励むことを条件とし、その給料からこれは差し引かれるものなり』


 ……怒りがレナードの心のうちから湧き上がる。

 金貨2000枚……どれだけの大金なのか実際に手にしたことはないが、金に関しては鋭いので想像が出来てしまった。

 奥歯を噛み締める。


「レナード。怖い」

 エリザは無表情のまま少し焦りながら、レナードをなだめようとする。

 言葉は足りていないが……。


 幼い兄妹も思わず後ずさる。


「つまり、俺は売られたってことですか?」


「ま、待て待て。落ち着け。これはハルヴァート家再興の資金にすると、伯は言っていた」

 グローリアが早口でまくしたてる。


「なわけあるかあーーーーーー!」


 思いっきり爆発を起こす。


「あんの糞親父! マジで? 息子を売るか? ふつう?」

 

 売るだろう。あいつは平然とそういうことをできるやつだと知っている。

 そして自分が逆の立場でも同じことをした。

 だがそんなことはお構いなしに、レナードは自分が売られるのはもちろん了承できるわけがない。

 おのれ、人の皮をかぶった鬼畜が! と復讐の念に燃え上がる。



「いや、皇宮で働けるんだから……売るとかじゃなくてだな」

「……俺には一銭も入らない?」

「……まあ、借金だし」


 グローリアの最後の一言で気が抜けてきた。というより、金に関しては鋭い部分があり金貨2000枚がどれだけの物なのかわかるだけに、むしろ心を折られたと言ってもいいかもしれない。一種のパニックに近いものがある。

 頭を抱えながらソファーへとへたり込む。


 どのみち皇家がここまでレナードに興味を持ってしまっては、何をどうしようがレナードは皇宮で働くことになる。レナードも皇宮で働くこと自体に否定的ではないが、このとんでも家族と関わるということに少しだけ嫌悪感を持っているので、無駄な抵抗と分かりつつ、身を引こうとしていた。


 ルレンもその辺の事情をわきまえていて、どうせ自分の息子が皇宮で働くことになるなら、出来るだけ高く売ってやろうと画策し、城を出る前に皇子と密約を交わして、財務を担当する部署で金を受け取り街へと戻っていったのだ。

 その辺のことを考慮していなかったレナードはなぜ気づかなかったと凄まじく後悔する。年の功ともいうべきか、ルレンのほうが一枚上手だったというわけだ。


「レナード。かわいそう」


 へたり込んだレナードをちゃっかり抱き寄せるエリザ。


「ちなみに、この条件を無視すると皇家に対しての詐欺の罪に問われるからな。金を返さずにここから抜けるなど許されん」


 皇家から借金、それを返さずにのほほんと今までのような生活ができるわけがない。たった一人で権力に抗うほどレナードもバカじゃないし、犯罪者になるなどごめんである。


「もう、好きにしろよ……」


 今日一日でいろんなことがありすぎて思考を停止させてしまう。

 そして、最終的にレナードは三人のガードということで決着がつき、一日がようやく終わろうとしていた。

 レナードは次にあの親父に会ったら、有無を言わさず斬り殺してくれると心に固く誓ったのである。

 こうしてレナードのガードとしての生活が始まった。



 同時刻。



「フィスカちゃーん。おひょひょひょ」

「きゃあ! ルレン様のバカぁ……もうあ・わ・て・ちゃ・ダメ」

「ルレン様ぁ……フィスカばっかりじゃなくてあたしも可愛がってよー」

「心配しなくてもちゃんと可愛がるからよ。んーどれどれ?」

「いやん。エッチぃ……」

「こら、ちゃんと見せろよ。ほらこの光ってるの欲しいだろ?」

「キャーもう見せちゃう。なんでも見せちゃう! 好きにして!」


 いろんな女性を大きなベットではべらせて楽しんでいるルレンの姿がそこにあった。

 その店の前で、ロスはため息を吐き、自分の屋敷へと帰って行った。

  

 取りあえず一区切りです。次回から皇宮で働くレナード君。

 とっても真面目に働きます。たぶん……。

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