第十一話
ギルフォードが闘技場から運ばれていく様子をみて、レナードもようやく一息つく。
手にしていた模擬剣はあちこちにひびが入っており、今ままでよくもったなと感心してしまう。
中心部の石壁を大きく跳躍して、観客席へと戻ると、皇族ご一行が目を丸くしながらレナードのほうを見ている。
「……えっと……まあ、これでお役御免ということで……失礼します」
レナードは変ないちゃもんをつけられる前に早々に退散しようと軽く一礼して足早に出口へと向かおうとする。
これ以上この無茶ぶりをするような皇家とあまり関わりたくないのだ。
しかし、帝国一の剣士を破った人間をそのまま行かせるほどこの場にいる人間は甘くはない。
「では、明日から早速勤務に励めよ」
「……皇子様? ワタクシめは失礼しますと言った記憶があるのですが?」
嫌な予感がする。唯一の良心とも思えた皇子から不吉な言葉が聞こえたからだ。
「今の戦いがまぐれにせよ、お前ほどの逸材を見逃すと思うか? 我が国のために働いてもらうぞ」
迷いなく毅然とした態度で、レナードの身の振り方を命令するかのようにしっかりと言い放つラスティ。
レナードとしては皇宮で働くのにそこまで嫌悪感を抱いているわけではないが、今まで生まれてから貧民街で過ごしてきたということもあり、少々腰が引けてしまう。
そんなレナードを無視して、ラスティは言葉を紡ぐ。
「それにだ、我が国の最高峰の騎士に怪我をさせておいて、そのまま逃げるのか……いい度胸だな」
「戦えって言ったのはあんたらだろ!」
「僕じゃない! 父上だ!」
「この年ですでに責任転嫁するすべを心得ていらっしゃる!?」
「ともかく、すでにお前は注目の的だ。見てみろ」
そう言われて周りを見渡すと、いつの間にか見物人として来ていた貴族たちがレナードのほうを見て何かを言い合っている雰囲気がつかめた。
帝国一の騎士に怪我を負わせた謎の少年が非常に気になっているということだ。
うまく自分の手駒にしようと考えているものもいれば、純粋に好奇心から気にしているもの、あるいは危険視するもの様々だが、ともかく注目されている。
「このまま帰ってもいいが、多分今日のうちにお前のところに色々な客が押し寄せることになるぞ? ちなみに貴様の名と家の場所は、なぜかバレることになる」
ラスティは「なぜか」の部分をわざとらしく強調してニヤりと笑みを深める。
こいつも食わせ物だよと心の中で思いっきり悪態をつくレナード。
「いや、でもですね、ワタクシ皇帝陛下に嫌われているみたいですし」
「父上ぇ……レナードを皇宮に召し上げたいのですが……お願いできませんか?」
瞬間、皇帝に向き直り、目をうるうるとさせ、両手を胸の前で握りしめ懇願する。
ただでさえ可愛らしい顔に拍車がかかり、その手の趣味のお姉さんや男がいればその場で気絶してしまうほどの魅力である。
「ふぉおおおおおおお、こ、これは……ラ、ラスティちゃんがお願いだと! もう聞いちゃうよ! パパ何でも聞いちゃうよ! アルムナント王国に出兵だってしちゃうよ! 兵を集めろ! 出征の準備だ!」
皇帝の膝にラスティの放った蹴りが入る。
「……レナードをガードにするだけでいいのに、いきなり戦争を起こさないでください!」
「ラ、ラスティよ……多くの人の目のあるところで皇帝の威厳をなくすような真似はしないでくれ」
「父上が勝手に自滅しているんでしょーが! やりすぎたか……お願いするだけで戦争になるとは」
そのやり取りを見てレナードは引いてしまう。皇帝のアホさ加減にではなく、ラスティのやり方にである。
こいつ自分の可愛さをわかってやがる……思わずそう思ってしまった。
ちなみに、アルムナント王国とはコーネリア帝国に匹敵する国土と軍事力を兼ね備えた、長年の友好国であり敵対国でもある。
何度か刃を交えた歴史もある。今は表向き友好的だが、お互い隙を窺っているという国だ。
途中、いくつかの小国が間に挟まれていて、それらの国は帝国か王国かどちらの庇護を受けるか毎回頭を悩ましている。
そんな王国と戦争になってしまえば一年や二年じゃ終わらないし、なにより戦争を起こす理由がこんなのでは泥沼化するのが目に見えている。
それがわからない皇帝ではないのだが、自分の子供のことになると周りが見えなくなってしまうのだ。
「兄上? お待ちになってください。レナードは私が最初に見出してここまで連れてきたのですよ? 兄上のおっしゃりようですと、まるで自分のガードにするようなおっしゃりようですね?」
ここで本来レナードを皇宮に連れてくるよう頼んだ第二皇女であるグローリアが口を挟んできた。
「僕はこの国の後継者だぞ? 何事においても僕に優先されるに決まっているだろ?」
「いつもいつもいつも! どーして兄上は人のものをそうやって取り上げるのですか! 今日という今日は許しませんからね!」
「グローリア。お前の物は兄の物、兄の物は兄の物。一緒に生まれた時にそう決めただろ?」
とんでもない言い分である。生まれた時の記憶を持っている人間など、存在するはずがない。いや、もしかしたらいるかもしれないが、普通はいない。
それをあたかも当たり前のように言ってのけ、おまけに完全にわがままな言い分である。
この皇子は結構まともだと思っていたが、考えを改めなけばならないとレナードは思ってしまう。
「大体な、いきなりこいつをガードにするなんてどうせろくでもない理由なんだろ?」
「ろ、ろくでもない理由ではありません! ちゃんとした理由があります!」
「じゃあ言ってみろよ! 僕を納得させることが出来たら譲ってやる」
レナードを巡って言い争う二人の姿は、まるでおもちゃを取り合う子供の姿と大して変わらない。
いや、むしろこっちのほうがレナードの知っている子供に近いものがあり、納得してしまう部分があるが、自分の処遇を勝手に決められているのには辟易する。
「そ、それは……あ、兄上には関係ありません!」
グローリアは顔を赤らめてモジモジしながら、レナードのほうをチラリと見やる。
「惚れっぽいのは相変わらずか」
あっという間に正解を当てられてしまい、グローリアの顔が凍りつく。
自分が惚れているわけではなく、レナードが自分に惚れているのだ。彼女はあくまでそう思い込んでいた。
ゆえに、認められるはずがなく、羞恥心もあって、つい言い返してしまう。
「違います! レナードが私に惚れているんです!」
びっくりしたのはレナードである。女は好きだが少女趣味などまったくない。おまけに惚れているなんてことはありえず、相手は皇家の人間だ。そんな人間から、自分がグローリアに恋心を持っていると言われてしまえば身の危険を感じるどころではない。
グローリアの叫びを聞いた貴族たちの間からどよめきが起こる。
「すっげえ身に覚えのないことなんですが! ちょっと皇女様!?」
グローリアは顔を赤らめながらも開き直ったのか、レナードの腕を自分の腕に絡め、ぐいっと引き寄せる。
10歳の子供ということもあり、背が低いので兄妹にしか見えないが、皇女はそんなことは気にしていない。
「照れなくてもいいぞ。レナード! 確かに許されることではないが、想いは自由だ! ましてや私のためにギルフォードと戦う羽目になったのだからな。何があっても私が守ってやる」
「照れてねえよ! 惚れてもいねえよ! ギルフォードと戦ったのはあんたを含めた天然バカ家族のせいだろ!」
完全に不敬罪が適用される言葉づかいである。
ラスティの一撃から立ち直った皇帝が修羅の顔を見せ、剣に手をかけた。
「くくく、やはりそういうことぶべらっ!」
「父上は引っ込んでいてください!」
跳躍して、綺麗に体を回転させ、皇帝の顔に回し蹴りを放つラスティ。
レナードは喋らせてもらえず、自分の息子に回し蹴りをされる皇帝にわずかながら同情してしまった。
「レナードは否定しているぞ? グローリア」
「当たり前です。肯定してしまえば、問題が出てきてしまいますからね!」
「強情な奴だな」
「兄上こそ」
バチバチと火花を散らしている皇子と皇女。
そこへ、レナードの父と、その従兄弟であるクノッサス公ロスが、やってきた。
「大モテだな。わが息子よ」
「嬉しくねえモテ方だけどな。とりあえず何とかしてくれ」
「けけけ、いくら出す?」
「てめえ……この状況でそれを言うか?」
「たりめえだ。ただで人様が動くと思うな。散々教えてきただろ?」
頭を抱えたのはロスである。
いったい自分のはとこはどんな教育を受けてきたのか非常に心配になってしまった。
レナードの隣では皇女と皇子が火花を散らしており、レナードとルレンもお互い火花を散らしている。
皇帝はラスティに蹴られた場所を恍惚の表情を浮かべながらさすっている。
それを見てロスは領地に帰って兵をまとめ上げ反乱でもおこしてやろうかと思ってしまった。
そんなことをするつもりはないが、思わずには入られなかった。
「取りあえず皆さん落ち着いてください!」
ロスの掛け声に全員が注目する。
「クノッサス公ではないか……そういえば宮中に在中しておったな。領地のほうはいいのか?」
グローリアがロスの姿を認めて挨拶をする。
「ええ、おかげさまで領地経営はうまくいっていますよ」
ロスもニコリと微笑みグローリアに挨拶を返す。そしてそのままレナードに言葉をかけた。
「久しぶりだね。レナード。覚えているか?」
レナードは少し考え込むが、記憶にはない。赤黒く長い髪に、品がありそうな人物だ。
顔にはいくつかの皺が刻まれているが、雰囲気は若々しい。
「いや、知らん」
従甥であるレナードから一言で切ってすてられ少し傷つくが、会ったことがあるのは、まだ彼が三歳くらいの時だけなので仕方ないだろう。
「一応君の親戚筋で君から見て、いとこ伯父に当たるんだがね……」
「おおおお? なに? 俺、まともな貴族が親戚だったの!?」
思わず驚いてしまう。自分達も一応貴族なのだが、いかにも貴族らしい貴族が自分の親戚とはわかってはいても実感を持てずにいたのだ。
まあ、貴族間の婚姻はよく行われているので、そういった意味では、顔も知らない人間が自分の親戚なんて話はよくあるし、ロスの血筋と、皇家の血筋も遠い親せき筋に当たるので、本来であればそれほど驚く事柄ではない。
「まあいい。皇子様、皇女様。ここは人目がありますので、兄妹喧嘩をなさるのであれば別の場所に移動しましょう」
ロスのいうことはもっともであったので、二人は角をつつき合わせながらもしぶしぶ了承して場所を移動する。
移動している間に、皇女と皇子二人の間に挟まれて、レナードは早く解放されたい気持ちでいっぱいになる。
ルレンは、皇子と二、三やり取りをした後、ロスと一緒に皇宮を後にする。
「わ、わしの立場は!」
闘技場に残された皇帝の悲痛な叫びだけが衛兵の耳に届いた。




