第十話
レナードとギルフォードの間合いがジリジリと縮まっていく。それこそ見ているものには、いつの間に距離を縮めたのかわからないほどのわずかな動きだ。
8メートルの距離から、7メートルへ、7メートルから6メートルへと確実に縮まっていく。
そして5メートルほどの距離に達したとき、お互いの足元から土ぼこりが爆発するかのように舞い上がった。
原因は踏み込むためにお互いが下半身に力を入れた結果、その力が強すぎてあたかも爆発するように粉塵が巻き上げられたのである。
お互いの間合いを一瞬で零距離にして、轟音が鳴り響いた。
土ぼこりが収まった先に、お互い大剣をぶつけあい、つばぜり合いをしている姿が見えてくる。
驚いたのは観客のほうだ。
帝国の中でも一位、二位を争う剣士が、ポっと出の若者相手に全くの互角である。
いつもなら一合さえ交えず、見ているほうも何が起きたかわからずに、相手がいつの間にか倒れている。そして今日もそれは起こると考えていただけにその驚きたるやかなりのものだ。
「ちっ……やっぱ無理か!」
剣に力を込めながら、レナードは悪態をつく。
「お互い決め手に欠けていたようだな……こっちもぎりぎりだよ!」
ギルフォードのほうも一合しか交えていないのに、すでに汗だくの状態だ。
お互いの力がまったくの互角で、ぶつかり合った起点から微動だにしない。
ここでレナードは戦術を変える。相手の力を利用して大きく後方へと飛び退いたのだ。
再び、間合いがとられ、静寂が包むと思われたが、着地した途端、再びレナードの足元から爆発が起きる。すさまじいスピードでギルフォードに肉薄し、大剣を小枝のように振り回し上下左右から連撃の嵐を間断なく行う。
それを予測していたのか、ギルフォードのほうもその剣戟に合わせて、上下左右に打ち分けていく。
お互い足を止めてのインファイトだ。
一秒にも満たぬ時間で、4度の音が鳴り響き、2秒に満たぬ時間でいつの間にかお互いの体の位置が入れ替わる。
踏み込み、打ち下ろし、受け流し、受け止め、かわし、いなし、弾き返す。
上段から真向に振りおろし、返す刀で斬り上げ、再び袈裟型に剣を振り下ろす。
横一文字に薙ぎ払い、斬りつけ、その勢いをそのままに遠心力を使って相手の銅を何度も狙う。
お互いの剣をお互いが受け止めるたびに、火花が散り、火の粉が舞う。
見ている側のほうにも、剣圧が届き思わず身震いしてしまう。
それでも、剣戟はいつまでも終わらない。
足をめまぐるしく動かし、下半身の移動を細かく繰り返し、お互いの隙をうかがうが、突破口は見いだされずにいる。
「す、すごい……」
ラスティの口から思わず感嘆の吐息が漏れる。目の前で行われている攻防は、まるでお互いがあらかじめ決められていた動きをなぞるかのような演武にも似た、まさに究極の芸術の一つともいえるほどの美しさを放っている。
何と表現していいのか、あまりにもめまぐるしい攻防についていけるわけでもないが、我を忘れて魅入るには充分すぎるほどだ。
皇帝は目を大きく見開き、瞬き一つしない。
グローリアは両手を胸の前で握りしめ、ラスティと同じように瞳を輝かせて完全に二人の戦いに魅入っている。
「老人のくせに体力ありすぎだろうが!」
レナードの悪態が叫びとなって闘技場に響き渡る
「君こそ若造のくせに私の技巧についてくるなど!」
こちらもかなり言葉が荒くなってきているが、喋ることが出来るというのは、お互いに体力にはまだ余裕がある証拠だ。
しかし戦いは平行線のまま進んでいく。まるでチェスの千日手のようにお互いの繰り出す技を予測し、交わし、受け止め、反撃する。
剣を交える前に散々予測していた軌道だ。
イメージでは決着がつかなかったので、出たとこ勝負で決めに来たのだが、こうも予測通りとはギルフォードもレナードもお互い泣きたい気分である。
なぜならこのままでは夜になっても決着がつかないということがわかってしまったからだ。
ゆえに、レナードは切り札を使うことにする。
そしてそれはギルフォードも同じだった。
剣を動かす以外にギルフォードは集中をする。
「土よ! 鉾となり盾となり我が怨敵を打て!」
途端にレナードの足元から土の槍が突き出されていく。
「冗談でしょ! あんた魔法使いだったのかよ!」
舌打ちを漏らし、魔法力の流れを読み取り、コンマの単位で土の槍から逃げおおせるが、当然互角の戦いをしていた以上、その余計な動きは均衡を崩すのに十分すぎるほどの隙となる。
「もらったぞ! 少年!」
ギルフォードが笑みを浮かべて、勝ちを確信しレナードに肉薄する。
「にゃろう! させっか!」
そして、レナードのほうも切り札をここで切った。
ギルフォードの上段から襲いかかった大剣は空を切る。
ほんのわずかのだけだが、彼は驚愕に心を支配されたが、すぐに建て直し、上半身をかがめた。
自分の頭上すぐ上を、真横に大剣が通るのを感じて、相手が後ろにいることを把握する。
右足を引き、そこを軸に、体を反転させその勢いとともに剣をなぐりつけるが、予想された場所に相手はいない。
再び空を切る自分の武器。危険だと感じて、魔法の力を集中させ砂埃を巻き上げ自らの体を覆い隠す。
これに舌打ちしたのはレナードだ。
先の一撃は完全にとらえたと確信したのに、あれを交わすなどどれだけの反射神経を持っているのか……帝国一は伊達じゃないなと感心してしまう。
闘技場の中心部は全てギルフォードの魔法の効果によって砂埃が舞い、観客はもちろん、戦っている当人も視界が閉ざされる。
「ざけんな!」
レナードの叫びとともに大剣が大きく振られて、巻き起こった風により、砂埃が一気に消えていく。
その風は観客席も襲い、皇族たちの髪がそれに合わせてたなびく。
砂埃のなくなった闘技場の中心部で、レナードは素早く相手の位置を確かめるために、視線を巡らせたが相手の姿が見えない。
ゾクリと背筋から寒気が走り、根拠はないが上空をを確認する。
太陽を背に一筋の影が自分に向かってくるのを把握したが、逆光で思わず目をそむけてしまう。
が、ぎりぎりで後方へ飛び退き、相手の攻撃を回避する。
「これもダメか……」
感嘆の声とも取れるが、呆れた声にも聞こえる。
ギルフォードはこの攻撃で完全に決めるつもりだったのにそれすら回避してしまうレナードの勘に少々焦りを見せ始める。
「色々と手を変え、品を変え、よくやるよ」
レナードのほうも似たような心境だ。今のは予測し回避できたのではなく、明らかに運が良かっただけに過ぎない。一歩間違えばやられていたと確信できてしまうほどの攻撃だ。
「防戦一方ってのは性に合わないからな……行くぜ」
そういうとレナードの体から白い燐光が放たれ、輝きを持つ。
「先ほどから攻撃が当たらないのはそれが原因か……」
その正体を知って、ギルフォードは天を仰ぎたい気分に駆られた。
闘気術。
自らの生命を力として、様々な効果を発揮するその力は、魔法とは似て非なる代物である。
基本的な効果としては身体能力の引き上げ、これに尽きるだろう。
しかし、生命力を力とする反面、効果は絶大だが、危険な代物で一歩間違えば、自らの寿命を縮めることにもなりかねない力だ。
またこの力に目覚められるものはほとんどいない。なぜなら、生命の危機に陥って、なお生き残る意思のある人間だけがこの力を手にすることが出来るのだ。
さらにこの力を手にしたとしても、扱いが難しく、それこそ自滅する人間のほうが多い。
傭兵など常に命の危険にさらされている人間がごくたまに目覚めることがあるが、大抵は目覚めた時に自滅するか、その場を切り抜けても二度と使えなくなることが多い。
無意識の中で目覚め、それを意識化の中で制御し、操らなければならない稀な力である。
ギルフォードも何度かこの力に目覚めたときはあるが、それをどうやって行ったのかいまだにとっかかりがつかめずにいる代物だ。
魔法にも身体能力を上げる力は存在しているが、闘気術とは性能が全然違う。
また闘気の使い方にもいくつか種類があり、大まかに分けて、防御に特化した闘気術、攻撃に特化した闘気術、そして速さに特化した闘気術の三つに分かれている。
おそらくレナードの闘気術は三つ目……多分速さに特化した闘気術だとギルフォードはあたりを付けた。
そしてそれは正解であるが、正解だからと言って、なんの気休めにもならない。
相手の攻撃を予測できたとしても、その速さに反応する力がなければ、わかっていても相手の攻撃を受けてしまうからだ。
今の自分の彼の速さに反応できるか……あらゆる修羅場をくぐってきた帝国一と呼ばれた男の心境は戦いという局面に対して初めて迷いを見せる。
そしてその迷いは相対している相手であるレナードにも充分伝わった。
「ここに来て迷うなよ……せっかく久々に……一文にもならないことに楽しんでいるんだぜ?」
レナードにしては本当にこんな気持ちで戦うというのは、久々である。
いつも尻に火がついて、金のために焦りながら戦うという余分な気持ちがない分、純粋に楽しめているのだ。
その辺はやはり男の子である。
強制されて戦っているにもかかわらずそれを忘れて、この戦いに没頭しているのだ。
「そうだな……迷いは全力を尽くしている相手にも失礼なことだ。すまない」
レナードの口から思わず笑みがこぼれた。
さすがは騎士を……皇族のガードを任されるだけある。半分程度の歳でしかない年少である自分に謝罪を入れるなど、よほど人間が出来ていないと無理な話だ。
レナードは自分であれば間違いなく謝罪など入れることなどできないと考えてしまい、相手の人格に内心敬意を表す。別にそれを伝える必要はない、むしろ伝わってしまえば逆に恥ずかしい。
訳の分からない照れがあるのだ。ゆえに笑みをこぼすだけに留めた。
最初のようにお互いが間合いを取っている状態だ。
最初と違うのは、レナードの体からは白く淡く輝いている燐光が発せられている。
そして、ギルフォードの体の周りには砂塵が渦巻いている状態だ。
お互い試験ということで剣技のみでの決着を望んでいたが、切り札を切ることになってしまった。
ここから先はお互い本当に手加減が出来ない。
下手をすればどちらかの死を持っての決着となる。
深くゆっくりとお互いの口から呼吸が漏れる。
そして、レナードの体が残像を残し消えた。
ギルフォードの反応もかなりのものだ。
タイミングを予測していたのか音速すら突破しかねない相手のスピードに合わせて砂塵を竜巻のように一気に巻き上げ周囲にそれをぶつけていく。
姿は見えない。だからどうした! ならば全周囲に向かって攻撃を放てばいいだけの話だ。
相手の速さが武器だからと言って恐れることない。なぜならば、その速さが弱点となりかねないからだ。
ここが外であれば、ギルフォードとてこの方法は取れなかった。しかしここは、闘技場の中心部で、四方は高い石壁に阻まれている限定された空間だ。
この砂塵の中をあの速さで突っ切ってくれば、むしろダメージを負うのはレナードのほうである。
音速に近いスピードで障害物にぶつかってしまえばぶつかるほうもただでは済まない。
一粒一粒は砂粒に等しいが、それが万を超えて円形状に広がりを見せれば、千を超える砂粒がレナードの体を襲うことになる。
「これで! おしまいだよ! 少年!」
心の中で死ぬなよと一言付け加える。
だが、その心配は無用だったようだ。
闘気を纏ったレナードは体にまとった闘気を音速を突破する勢いで走りながら剣にすら纏わせたのだ。
一つ目の鋼鉄の皮膚を切り裂いた時と同じ要領であるが、収束させた密度が段違いだ。
ただ一点のみに力を纏わせ、タイミングを計り一気にそれを切り裂いた。
「勝つのは俺だああああ!」
レナードの咆哮が闘技場を揺るがす。
砂塵の一角がその部分を起点に紙のように切り裂かれ、そしてその場所からレナードは一筋の光となり、ギルフォードの体を一気に突き抜けた。
砂塵が収束していき力をなくし収まっていく。
闘技場の真ん中でたたずむ男と、石壁を前にして剣を突き立てている男。
一瞬の静寂ののち、真ん中の男の体がぐらりと揺れそのまま倒れこんだ。
ここで勝負は決した。
勝ったのは突き抜けた男のほうであり、年少の少年であった。
誰も声を発しようとはしない。
今までの戦いの喧騒が嘘のように静かになる。
目の前で起きたことをにわかに理解できなかったからだ。
エンペラーガード筆頭ギルフォード・マグダス。
裕福とは言い難い男爵家の出身で、幼少のころより父に剣を叩き込まれ12歳の時にその才能の片鱗はすでに見え始めていた。
国が行った闘技大会に出場。周りの人は心配と嘲笑どちらかの感情を向けるだけで誰もギルフォードが勝ち抜くなど予想にしていなかった。
周りの予想に反して、ギルフォードは勝ち続けついに決勝まで上がる。
しかし、幼い体が災いして、準優勝に終わってしまった。
周りの人はそれでも驚愕に揺れる。わずか12歳でしかない少年が百戦錬磨の大人を相手に準優勝するなど一体だれが予想できたか、彼の父すらも言葉をなくした。
そしてギルフォードの名は一躍帝国中に轟くことになったが、彼自信は納得していなかった。
負けた……ただその事実のみが彼の心を曇らせていたのだ。
充分すぎるほどの戦果にもかかわらず、少年ギルフォードは人知れず悔し涙を流し、前にもまして剣の修行に明け暮れた。
やがて、その修行の合間に魔法の才能をも開花させる。
剣と魔法二つの才能に恵まれたギルフォードは16の時念願の闘技大会初優勝を飾り、そして一気に皇家の目の止まり、エンペラーガードに任命される。
たった16歳の男爵という低い身分でありながら、宮中の皇家に最も近い人物として抜擢されたのだ。
異例のことであり、その情報も帝国内を駆け巡る。
人々からは英雄視され、若い婦人は目の色を変える。もちろん嫉妬の目もあり、嫌がらせなども受けてきたが、そんな状況にも自惚れることなく、積極的にモンスター討伐など行い出来るだけ最前線で常に戦い、剣と魔法の腕を磨きあげてきた。
それは今なお続けられていて、嫁を貰い、二児の子供に恵まれても、さらなる高みを目指していたのだ。
そしてそれらのことは、彼を見出した皇帝自身がよくわかっているし、この場にいる年配の貴族たちも充分承知の上である。
年少組……すなわち、皇女と皇子はそのことを聞かされているし、ギルフォードの強さを間近で見たこともある。
だからこそ、信じられないのだ。
鬼神のごとき強さを誇る帝国最高峰の人物が大地に体を投げ出しているということが。
最後に何が起きたかわからずに混乱している。
わかっているのは、砂塵が竜巻のごとく吹き荒れ中心部を支配していたこと、突如それが切り裂かれ、一条の光がギルフォードの体を突き抜けたこと、そしてギルフォードが地に伏せて、レナードが両の足で大地を踏みしめていることだ。
ただ一人のんきにあくびをしている人物がいた。
レナードの父親であるルレンだ。
「おい、早いとこ救護班を呼ばねえとマジで手遅れになるぜ?」
ルレンは隣にいるロスに救護班を呼ぶように促す。
その言葉にようやく我に返るロス。
そして大声で叫ぶ。
「救護班を呼べ! 急げ! 衛兵何を呆けている!」
そしてそれらを機に見ていた全員が自分を取り戻した。




