角亀藩の藩主
「寛いでいるところを、お呼び立てして済まぬな。角亀藩藩主、浦子義堂と申す。歓迎しますぞ」
郷の中央にある、ひときわ大きな屋敷。
鬼角の屋敷で時間を持て余していたドルナッヂの翼の面々と勇者タクミは、辰左に連れられて藩主の屋敷へと移動していた。
広間には上座に二人、脇には四人ずつが座っていた。鬼角の言葉を信じるならば、正面の二人が彼の父と兄なのだろう。最初に名乗ったのは藩主の義堂。次に口を開いたのはその隣。
「義堂の長子、義秀と申します。皆さんには鬼角の兄、と名乗った方が分かりやすいでしょうかね?」
「あれのことだ、随分と振り回されたことだろう。何かと粗忽なものでね。ご寛恕いただけると嬉しい」
何とも答えにくい言い方をされるものだ。返答に困っていると、その様子に二人が苦笑を漏らした。なるほど、鬼角のあの突拍子のなさはいつものことらしい。
ドルナッヂの翼の面々とタクミも、礼儀に則って一同に名乗る。互いの自己紹介が済んだところで、義堂が相好を崩した。
「角亀藩としても、外からの客人は随分と久しぶりのことだ。何もない場所ではあるが、滞在中の安全は約束しよう」
「ありがとうございます。……ところでさきほど、オドゥ……オドゥニュ殿がライカンと仰っていましたが」
口火を切ったのは、リーダーのケニッヒ。
安全を約束すると言われても、ただでさえここは魔境なのだ。心配の種をつぶしておきたいと願うのは当然のことと言えた。
「うむ。角亀藩の東側にある荒野に群れで住み着いている。やたらと素早いし色々と悪さを働くが、最近では月の満ちた夜にしか姿を見せん。今日を過ぎれば滞在中に奴らに煩わされることはなかろうよ」
義堂は何事もないかのように言い切る。そうですか、とケニッヒは返すしかなかったが、バムンジーにはケニッヒの言いたいことがよく分かった。
ライカンことライカンスロープは、ダララッツ高地の下では『滅びた』種族だ。同じ特徴を持つセリアンスロープ族に徹底的に滅ぼされたからだ。
亜人種と呼ばれる種族の中には、人間の側とモンスターの側、両方の側面を持つ種族が存在する。ライカンスロープとセリアンスロープがその代表的なひとつだ。両者の間に、生物的な差異はまったくない。満月の夜に血に酔うかどうか、そして悪事に抵抗があるかないか。体格が大きいか小さいか。その程度の違いでしかない。
セリアンスロープの両親の間にライカンスロープが生まれることもあるし、逆もある。にも関わらず、セリアンスロープは自分たちの社会的地位を脅かすライカンスロープを大いに憎んだ。大規模な討伐隊を組織し、執拗にライカンスロープを社会から排除して回ったのである。
今ではライカンという言葉は、セリアンスロープに対する最大級の侮辱表現として扱われていた。
「襲ってくる群れの数は」
「さて、その時によって違うが……百を下回ることはないかな」
「……氏族単位でライカンスロープが生き残っているなんて」
高地の外では、二体以上のライカンスロープが同時に確認されるのは稀だ。発見される事例のほとんどが、セリアンスロープの夫妻の間に突然生まれる場合だからだ。彼らは自身がそうであることを巧妙に隠し続けるが、月の満ちた夜に血に酔う本能に抗えなくなることで発覚する。
満月の夜のライカンスロープには、危険だから近づいてはならないというのがケニッヒの知る常識だ。月の魔力を得た獣人は、生まれ持つ力を数段高めるからだ。だが、この郷では満月の夜に迎え撃つという。しかも、それをおかしいと思っていない。どうにも自分たちの尺度では測れないことばかりだ。
「まあ、狼頭どものことはお気になさるな。鬼角のやつ、久々に暴れられると逸っておるようだ。それほど騒がしくはなるまい」
と、そこで義堂は言葉を切った。呼び出された主題はこれではないからだ。人当たりの良い笑顔が、圧力を帯びる。
「ところで、貴殿らがわざわざこの高地に足を踏み入れたのは何故かな? まさかただの物見遊山とは申されまいな」
「はい。我々はそれぞれに目的があってダララッツ高地に来ました」
ケニッヒたちもまた、来た理由を隠す必要はなかった。
まずはバムンジーが、懐から古びた手帳を取り出す。ドルナッヂの翼が高地を目指した理由は、何よりここに集約されているからだ。
***
「なるほど。剣に宝に英雄譚……そして祖父御の手記。そして山城殿が……魔王?」
「はい。魔王を探し出して、討ち取ること。それがボクに課せられた使命です」
「ふうむ……」
義堂は何となく顎を撫でた。最初の四つは構わない。むしろ手記には心当たりすらある。だが、最後のひとつが問題だった。
魔王。高地に暮らして永いが、そのような王権の持ち主がいるなどといった話は聞いたこともない。一方で、魔王と呼ばれそうな人物に心当たりがないかと言われると、なくもない。
「知っておるか、辰太。辰左」
ひとまず、下座に控える兄弟に声をかける。本来、龍は高地において最上位の生物だ。間違っても人に仕えるような種族ではない。寿命も永く、人よりも幅広い知識を備えてもいる。こういった時の相談相手としては適役だった。
「魔王に関しては、存じております」
「魔王はモンスターに属する生物の中に生まれ、怒りと憎しみを糧に力を増す特殊な個体です」
怒りと憎しみで力を増す。その言葉を聞いた時点で、義堂は心当たりの人物を候補から外した。あれの強さはそういった類ではない。
「己より弱いモンスターを強制的に配下にする能力を持ち、種の強弱・配下であるかないかを問わずモンスターは魔王を殺すことは出来ません」
「これまでに発生した魔王は三名。いずれも配下にしたモンスターを糾合し、人類に敵対したと伝わっています」
辰太と辰左は龍としてはまだまだ年若いと聞いている。これらの知識は、角亀藩に仕える前に身に着けた知恵なのだろう。こういった知識は、いったいどこに集積されているのか。
「魔王とやらが高地で勢力を広げていると思うか?」
「さて。我ら兄弟も角亀藩に仕えて永いですから。外のことになると、とんと疎くございまして」
「それもそうか。まあ、魔王ほど強い者と言われれば、わしらには鬼角くらいしか心当たりがないのだが」
「父上!」
義堂の軽口に、義秀が反発する。万が一にも弟を討つなどと言いだしては困ると言いたげな顔で。
と、タクミが慌てた様子で手を振った。
「あ、鬼月さんは違います! 見たら分かる……って言われてたので。ボクが見た鬼角さんは、魔王じゃありません」
「ほう」
ひとまず、角亀藩が彼らに敵対する理由がひとつ消えた。義秀を始め、同席している者たちからあからさまに緊張が抜けるのが分かる。
と、窓の外からわあ、と鬨の声が聞こえてきた。見ると、窓の外はいつの間にか薄暗くなってきている。随分と話し込んでいたようだ。
「お。どうやら狼頭どもが攻め寄せたようじゃな」
「……まだ日は沈みきっておりませんよ。今回は随分と早い」
「新しい頭目は、どうやら知恵付きのよいヤツらしいのう」
わしも血が騒ぐな。義堂は獰猛な笑みを浮かべて、そんなことを呟くのだった。




