若様と刀
鍛冶場についた鬼角を出迎えたのは、鍛冶師の條右衛門ではなくその弟子たちだった。
「おう、手間をかけるの」
「若!」
角亀藩は敵地に囲まれているため、随分前から住民全てが武装している。武器の損耗も激しいから、槌の音が止む暇がない。藩の生命線を担う鍛冶師とその一家は、自然と大きな発言力を有するようになっていた。
「條右衛門は鍛冶場か?」
「はい。赫の月が満ちますので。今は洸次郎どのの金棒かと」
「ほぉか」
鬼角は近づいてきた弟子のひとりに、腰に提げていた山刀を預けた。狩りの際に取りまわしていたもので、刀を新調する間だけ借りていたのだ。
「こちらは如何でしたか」
「切れ味に不足は感じなかった。狩りで樹上に隠れるには重宝したが、普段腰に佩くには軽すぎての」
「左様でしたか」
見ると、作業を終えた刀がいくつも並べられている。今日を見越して得物の手入れや新調を求めていた者が何名もいたようだ。鬼角は中でもひときわ大振りな一振りを躊躇なく手に取った。間違いなくこれが自分の新しい刀だ。
「今回は随分とぶ厚く鍛えたもんじゃな」
「はい。若の剛力に耐えるとなれば、如何にしてもこれくらいのぶ厚さは必要かと。重くはありませんか」
「ん」
促されるまま、軽く振ってみる。手にかかるずしりとした重みは、これまでに手にしたどんな刀よりも馴染んだ。
「良い。……が、まだ軽いの」
「左様ですか。申し訳ありません」
「や、構わん。あとは振っておれば嫌でも慣れるわ」
生まれついての怪力は、今なお順調に成長中だ。自分の我儘に答え続けてくれる鍛冶師の皆には感謝こそあれ、不満などない。
「裏でちと試させてもらうぞ」
「はっ」
刀は抜き身のまま、裏庭へと向かう。案内などはない。互いに勝手の知れた場所だからだ。
裏庭には、建物に比するほどの大きな白骨があった。縦に割られた頭骨の他に、乱雑に積み上げられた骨の山。
「まずは尾骨あたりでええか」
骨の山を掻き分けて、目当ての骨を探し出す。庭に誂えられた台の上に骨を置き据え、刀を無造作に振り下ろす。
乾いた音を立てて、骨が真っ二つに両断される。刃には毀れひとつない。
「ほう」
鬼角は見事な斬れ味に目を細めた。角亀藩では、武器に求められるのはまず丈夫さである。近隣に住まう生物は種に関わらず非常に硬い。並の鋼ではロクに傷もつけられないのだ。折れた刀や槍、倒した猪頭の装備を溶かしては鍛え直し。五代の頃に外よりやってきた旅人が新たな鍛冶の技術を伝えてくれなければ、今頃角亀藩は滅び、この辺りもただの跡地になり果てていたことだろう。
「……そういや、あの不機嫌そうなお客人」
おおせっと、と言ったか。外ではよくある名字なのだろうか。
「どうされました、若?」
「おお、條右衛門。良い刀じゃな。狼頭どもも震え上がるじゃろう」
「ありがとうございます」
鬼角の来訪を弟子が告げたのだろう。鍛冶場の主である條右衛門が顔を覗かせていた。
「洸次郎の金棒はええのか?」
「仕上げは倅に任せております。あれもそろそろ一人前に打たせても良い頃かと」
「條兵衛か。早くわしの佩刀を任せてみたいもんじゃ」
鬼角にとっては、洸次郎と同じく同世代の馴染みだ。職人として一人前になった暁には、腰に提げるはその作刀と約束している。
「礼は狼頭の毛皮で良いか?」
「よろしいのですか?」
「條兵衛にそろそろ戦装束のひとつも仕立ててやらねばなるまいが。一人前なら自分のものを持つが道理じゃ」
「お見通しでございましたか」
角亀藩の者は、生業の有無や貴賤によらず、一人前となれば誰もが外敵と戦うことを求められる。そうでなければ生き残ることが出来なかったからだ。
鍛冶師や農家といった生命線の者たちは後方での支援を中心とするが、それでも揃いの戦装束を身に着けて戦に臨むのは何よりの誉れなのである。
「今宵の戦は気張るとするかの」
勇む鬼角に、條右衛門は黙って頭を下げるのだった。
***
角亀藩三百年の歴史の中で、もんすたあとは敵であると同時に資源であった。
南の猪頭は刀や槍の材料となる鋼を。西の羽人は羽毛を。東の狼頭は毛皮を。北には群れを為す種族は住み着いていないのでその折々に応じた肉などを。
また、時折まったく関係のない種族が思いもよらない方角からやってきたりもするのがダララッツ高地の環境である。
郷の東側には簡単な柵が立てられ、夜に来るだろう狼頭への準備が進められていた。
「洸次郎。届けもんじゃ」
「若! ありがとうございます。大瀬戸の鍛冶場には、後で行くつもりだったんやけど」
鬼角は刀を受け取った足で、東の広場に顔を出した。もののついでと預かってきた洸次郎の金棒を本人に手渡すと、準備に勤しんでいた洸次郎は顔を綻ばせた。
「準備は?」
「万全です」
軽く見回したところ、洸次郎の言う通りに準備はほぼ終わっていた。今すぐ狼頭どもが攻め寄せても、郷に入り込むことは出来ないだろう。
「迂回への対策は?」
「無論」
「頼もしいな」
慣れたものだ。柵の向こうに目をやるが、すぐ見える範囲に狼頭の姿も気配もない。毎度、いったいどの辺りから湧いてくるのやら。
本気で逃げを打つと、馬でも追えないほどに速いのが狼頭の厭らしいところだ。先祖たちも何度か掃討しようと荒野に出たが、ほぼ成果なく帰ったと聞く。
「そうじゃ、洸次郎。そろそろ條兵衛も装束を仕立ててもらえるらしいぞ」
「おお!」
同世代の馴染みがようやく一人前として認められる。一足先に一人前の扱いを受けている二人であるが、それだけに喜びも一入だ。
「折角なんでな。大物を用意してやりたいと思うんじゃが、乗るか?」
「そりゃ逸りますな、若」
手渡された金棒をぱちりと叩いて、洸次郎がにいと笑った。




